ビッグモーター事件から無法な人事処遇を検証してみる/増沢 隆太
INSIGHT NOW! / 2023年7月31日 8時3分
増沢 隆太 / 株式会社RMロンドンパートナーズ
・すべて悪の権化、ビッグモーターのせい・・・?
何一つ擁護できる点はありませんが、その実態にはかなり前から問題提起されていたにも関わらず、沈黙を続けてきた大手マスコミまで一斉にビッグモーター叩き一色になりました。ただ、どれだけ違法行為があろうと、極悪人であろうと、「すべて悪い」という思考停止批判ではなく、検証することから学べるものはあると考えます。
ここ数年、上場企業・巨大官庁から中小企業まで、業界や規模を問わずハラスメント研修の依頼をいただくことが激増しました。最近のビッグモーター事件のおかげで、ハラスメント研修のつかみはバッチリ。皆さん、非常に高い関心をもって積極的に研修に参加していただけていると感じます。
一方で、ではビッグモーターの何が問題なのかという問いについて、明確な認識を持つ方は決して多くはありません。他社のことなので、知らないこと自体何も問題はないのですが、せっかくコンプライアンスやハラスメントに関心をもっているなら、こんなリアルでフレッシュでショーストッパーな(←何言ってんだか?)トピックはないと思い、必ず「人事・コンプライアンス的事件考察」を述べています。
「すべては悪の権化である会社と社長の責任」で一括りにしてしまっては、せっかくの学びの機会を失います。
・批判すべき点と批判すべきではない点
危機管理において最悪な組織があります。伝統的巨大組織・大企業や官庁など、目的のために危機対応があるのではなく、危機対応マニュアル実施のために危機対応してしまう組織です。最悪なのは今、ここで起きている危機のさなかに、対応より原因究明や責任追及を始めてしまう愚かな担当者が責任者にいる組織です。
そのような目的意識の無さは論外なのですが、大きくて形骸化が進んだ組織においては、実際にきわめてよくあることでもあります。創業社長がすべて悪であり、悪いのも全部創業社長父子のせいと矮小化して終わるのではなく、「何が問題なのか」を検証することは自らの教訓として生かすことは、非常に有意義なことです。
自動車関係や保険関係の法律は私の専門ではないので、報道ベース以上のことは知りませんし、何より判断できません。一方、創業社長を頂点とする強権独裁的組織体制と、特に批判が集まっている創業社長の長男による傍若無人な人事については専門領域なので取り上げたいと思います。
・クビや降格へのハードル
昭和の映画などではイヤミな上司が「キサマは首だ!」というシーンがありました。報道によれば前副社長の意にそぐわなければ工場長も即日降格になったというものもあります。役員臨検時の対応や予算未達成など理由があるなら、処罰は間違っていないように見えるかも知れませんが、そうなのでしょうか?
実は日本における労働者は労働基準法などの法律で強く保護されており、コンプライアンスに厳しい昨今、簡単に副社長の一存で解雇も降格もできるものではないのです。懲戒処分などの処罰には高いハードルがあり、一般的な業績不振や幹部臨検での低評価一発での降格は限りなく無理といえます。
さらに解雇となれば、そのハードルはさらに上がります。それは「合理性」の存在です。
「副社長の意にそぐわない」「役員が決めた」では何ら合理性の証明にはなりません。それゆえ解雇はもちろん、社員の降格などの人事評価には評価委員会など組織として合理性を持って判断した証拠が必要です。不始末を起こしたことで評価を下げること自体は可能ですが、その不始末のもたらした損害額を合理的に説明する責任が会社にはあります。
今回指摘される幹部による不適切行為が「パワハラ」かどうかも、単に暴言かどうかだけでの判断はできません。パワハラ判定は「パワハラ3要件」や「パワハラ6類型」に該当することで認定されます。個人の印象ではなく、法人組織の経営責任となるため、パワハラ委員会など組織としての検証と意思決定が必要です。
・「管理職なので残業代はつかない」?
よく「自分は管理職なので残業代もつかず、部下社員の分まで作業をしている」という話を聞きます。一見正しいようですが、正確には違います。真の管理職であれば、その通り、残業手当などの対象外ですが、これは経営管理者としての「真の管理職である」ことが必須要件です。単に呼称が課長だの部長だの工場長だから管理職ではありません。
労働基準法の「管理監督者」こそが真の管理職です。それを満たすには「企業全体の経営への高い関与」「出退勤時間拘束からの除外」「管理監督者にふさわしい処遇(給与条件等)」などが必要です。イメージとしては取締役などきわめて高位の役職者であって、規模にもよりますが店長クラスでそこまでの経営関与がある例は少ないように思います。
また暴力は論外で直ちに警察案件。暴言も内容によっては傷害や名誉毀損など刑法犯の可能性があります。
仮に就業規則で上司のさじ加減で人事評価が決まることが明文化されていたとしても、その就業規則が法律に反するものであれば無効。まして就業規則にもない、単なる経営者への忖度などであれば、合理性証明はまず無理です。
・自らを守るために
ウチの会社は有給理由が認められないと取得できない。退職するには上司許可が必要。退勤後でも携帯の連絡に出なければ懲罰・・・・
全部無効です。
今報道されている同社の不適切や違法な行為について、真実はこれから証明されるのでしょうが、私たちは自らを守るためにも最低限の知識は必要です。上司だから、会社の決まりだからという理由にならない理由を鵜呑みにするようでは自らの身は守れません。
パワハラは「パワハラと感じたらパワハラ」なのではありません。ガイドラインに沿った判定と、組織としての責任により認定が必要です。経営者で自らがLINEで暴言を送ったりするのも含め論外な行為です。ただ、それを憤るだけではなく、ぜひ正しい理解とともに対応し、声を上げていくべきだと思います。
ちなみに私のハラスメント研修では、こうした理解の下、どうやって上司は部下に指示命令すべきか、どのように結果を出してもらうかも提言しています。単に上司としての権能を束縛するだけではなく、正しい運用によって成果を出す道も、企業はしっかり明示するべきだと考えます。
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