金森流「ビジネスセンスを磨く」 後編/INSIGHT NOW! 編集部
INSIGHT NOW! / 2023年8月28日 9時30分
INSIGHT NOW! 編集部 / インサイトナウ株式会社
インサイトナウ編集長対談
お相手:金森 努様
有限会社金森マーケティング事務所 取締役
前編に引き続き、金森流「ビジネスセンスを磨く」後編をお届けします。前編では、①「自分のキャリアやスキルの定期的な棚卸しとアップデート」②「バランスのとれたプロデュース力」③「人脈をメンテナンスし紹介を得る」を紹介いただきましたが、後編では、ご専門のマーケティングに関する部分についてお話しを伺いました。
ビジネスセンス④「新しいことにチャレンジし、芸域を広げる」
金森 私は新入社員の時から大企業志向がありません。大手の子会社を2社ほど経験しましたが、社員が100人から150人ぐらいの会社がいいと思って、一貫してそれくらいの規模の会社にいます。歯車というか、決められたことだけをやっているのはつまらないと思って、そうならないようにやってきました。3社を経験して独立しましたが、独立を含めて、転職したという意識が私には一度もありません。転職ではなく、同じ職種のまま、転社したという意識なのです。
猪口 よく言われる「就社ではなく就職をしろ」と同じですね。
金森最初がコールセンター、テレマーケティングで、次にコールセンターを中心としたダイレクトマーケティング、セールスプロモーションなど、CRMを中心とした広告コンサルをやってきて、今は何でもコンサルのような感じになっています(笑)。一本の底流としてマーケティングマネジメントが背骨になっていて、そこからだんだん領域を広げてきました。仕事の領域は広げつつも、背骨になる部分はぶれていないと思っているので、そこは自分の強みですね。
猪口 同じダイレクトマーケティングと言っても、手法やスタイル等は大きく変わってはくるものの、根底に流れているものは同じであり、ぶれない自分を持つことは大切です。
金森 当時はカタログショッピングも電話リサーチ業務も伸びていた時代でした。そこでコールセンターの実務を経験して、マーケティングの隅っこの部分だけれども、マーケティングに確実に関われるということで正社員になりました。その頃からわりと方向性は決めていましたね。
私が就職をした当時、大学の就職課でリクルートの方の講演がありました。そこで印象に残ったのが、「3年ごとに考えろ」という話です。3年間はやってみなさい。面白かったらもう3年間続けなさい。まだ面白かったらもう3年間続けなさい。それを10回続けると30年ぐらいになっている、と(笑) 面白くなかったら他を探すように言っていました。それに従って、最初にコールセンターの正社員になってから2年半で辞めました。次のコンサルティング会社は3年間ぴったりで辞めました。どちらも、そこで学べることはすべて吸収したと感じて、これ以上は自分が成長しないと思い、次を探すことにしました。次の電通ワンダーマンには10年7ヶ月いました。
猪口 3年を3回続けたわけですね。
金森 そうです。なぜかというとけっこう面白かった。電通ワンダーマンでは、常に自分が一番新しいことをやろうと決めていました。常に新しいこと、先頭を走らせてもらっていたので飽きなかった。それだけ吸収するものがたくさんあったのです。転石苔むさずで、常に最先端を転がり続けていました。組織の中でも、やりたいと手を挙げて自らやることが大事です。それを実行して、気が付くと10年7カ月が経っていました。
猪口 そのように新しいことにチャレンジし続けるには勇気がいりますね。自分でバリアを作って、「俺はこれだけやる」と言うほうが簡単です。常に違うこと、新しいことをやるためにはセンスも必要です。
金森 形ができあがって運用フェーズに移ったら、すぐ人に渡して、次のことを仕掛け始める。そう心がけていました。この10年7カ月というのは、自分の芸域が広がり、深掘りもできた非常に良い年月だったと思います。
猪口 独立しているとそれがリスクになるし、躊躇してしまいがちです。そういう意味でいうと、金森さんが100人から150人ぐらいの会社をあえて選んできたというのも納得しました。大手だと、それこそ自分が行きたい部署にいけません。
金森 何かあった時には社長に直訴できる会社に勤めようと思っていました。だから、社長に「やらせてください」とよく直訴していましたよ。
ビジネスセンス⑤「顧客ニーズ視点を持ち続ける」
猪口 金森さんと言えば、マーケティングの本質を丁寧に紹介されている書籍がありますが、次の本も準備されていますか。
金森 今、DXについての本を共著で執筆中です。マーケティングの視点が欠けているために、DXがうまくいかないことがあります。そもそもニーズがないところにシステムを導入して、形ばかりのDXをして、全然成果が出ていないケースもたくさんあります。ニーズを明確にして深掘りすることがマーケティングの第一歩ですが、そこからボタンが掛け違っている例も非常に多かったりします。
猪口 少し前に出たDXのレポートに、「最大の課題は、全体的な戦略とビジョンが明確でない」という笑い話のようなことが書かれていました。日本においては、DXがお粗末なものになってしまっているケースも多く見られます。
金森 手段が目的化しています。ニーズとウォンツの関係でいうと、ウォンツから入ってしまうという一番だめなパターンで、手段と目的が逆転していることがほとんどです。まずは現状を認識し、あるべき姿を描く。そのギャップがニーズであり、そのニーズを明確にする。そんなマーケティングの1年生に教えるようなところから見直してみると、間違っていたことに気づきます。
猪口 社会がそうしろと言っているからというように、基本的な自分たちの業務と社会的な視点が少しずれてしまうことがあります。DXやSDGs、賃上げもそうですね。手段的な話が先に来てしまって、今、経営者の方々はとても苦労されていると思います。
金森 失われた何十年の日本の停滞というのは、けっきょく日本はマーケティングが弱いのですよね。日本はものづくりの国なので、ものから入ってしまう。だから、手段と目的が逆転してしまう。
猪口 「欲しがられるものを作れ」というのも、ウォンツから入ってしまっているということですか。
金森 「欲しがられる」というのは、日本が一番成長した高度成長期の頃の考え方です。皆が同じように同じものを欲しがっているから、ものが足りない。それをいかに迅速に生産して、迅速に供給するかという、未だにマスプロダクト、マスマーケティングの思考から抜け出せていないのです。
例えば、ポジショニングマップの軸は絶対に顧客視点で作らなければなりません。ところが、軸の作り方についてマーケティングの本を見ても、どうやって軸を導き出すか書いてある本は少ないです。するとどうなるかというと、競合商品と自社製品のスペックを表に出して、ここが負けている、ここのスペックなら勝てると、自分たちの優位点をマップにしてポジションを作ってしまう。そんなふうにスペックを打ち出したとしても、けっきょくそれが顧客の求めているものでなければ大失敗します。だから軸はKBF(Key Buying Factor:購買決定要因)で、顧客が購買する理由であるべきです。顧客視点で軸を切る、ということです。KBFの元となるのがそもそもニーズですが、そのような視点が欠けていますよね。
ビジネスセンス⑥「正しいインプットを行う」
猪口 ところが商品開発の時にはまず価格と機能で、自分たちが作りやすいとこから入ってしまう。たまに出るデザイン性というのもやはり作る側の視点です。軸をKBFにするようなセンスを鍛えるにはどうしたらいいでしょうか。
金森 市場を細分化する時に、性別や年齢といった属性で入ってしまいがちですが、セグメンテーションはニーズで括らなければなりません。ニーズに注目して一つの固まりを作って、その固まりはどのような人たちで構成されているかという、つまり属性を付与します。これは顧客視点でニーズから考える癖をつけて、視点を切り替えないとできないことです。ポジショニングは顧客視点で、KBFで軸を切る。このように、徹底して顧客視点に立って、マーケティングの王道のフレームワークの使い方を覚えてもらうようにしています。
このような視点とフレームワーク思考ができるようになると、考えるのが大分楽になります。ですから、それらをきちんとインプットすることがセンスを磨くことにもなると思います。正しいインプットが頭の中にされていなければ、出てくるのもけっきょくプロダクトアウトや顧客視点が抜けているアウトプットになってしまいます。徹底した顧客視点を持つこと、王道のフレームワークを使ってアウトプットをきちんと出していくこと。そこを基本にするということです。
猪口 たしかにそこがずれていると、ペルソナをやったところでけっきょく属性で括ってしまいますよね。全員の思いが違うので、永遠にかみ合わなかったりします。
金森 「ターゲットは20代女性です」といって、いくら20代女性を生き生きと描いたとしても、それは空想の物語でしかありません。ターゲットのペルソナで一番重要なのは、その人のニーズとその人の購買決定要因、KBFです。ニーズから入って、セグメンテーション、ターゲティングをしていないと、そこがブレブレになってしまいます。
猪口 セグメンテーションとターゲティングの具体的なアウトプットがペルソナですね。
金森 「20代女性」のようなガバガバなセグメンテーション、ターゲティングをしていたら、そこから先はただの妄想の世界で議論することになってしまいます。いかにきちんとニーズを絞り込んで、それに従った属性が付いた締まったターゲット像が作れていて、それに肉付けしていくかがポイントなのです。
「セグメンテーションはニーズで括る」というのは、つまり同質のニーズを持った固まりがセグメントなわけです。20代女性、中高年とするのは、20代女性は全部同じニーズを持っている、中高年は皆ニーズが同じ、と言っているのと一緒です。それがまかり通っているのが大間違いで、今ものが売れない原因にもなっています。フレームワークのきちんとした使い方を覚えることは、きちんとしたアウトプットを出すための磨くべきポイントです。
猪口 BtoBの場合のペルソナは、担当者レベルになってきますか。
金森 BtoBの場合は、ニーズというより課題です。どんな課題を持っているか、どうやってその課題に応えるかが大事です。課題感は組織内のどこの担当者かによって変わってきます。DMU(Decision Making Unit:購買決定関与者)ごとに違うので、きちんと洗い出しをして、担当者ごとの課題、ニーズ、KBFを押さえていくのがBtoBの命です。そこがきちんとできているかどうか。DMUを押さえるために、DMUごとのペルソナを作ったりもします。BtoBは購買の意思決定が合理的かつ計画的にされるので、ある意味分かりやすいですね。
ビジネスセンス⑦「基本に立ち返る」
猪口 マーケティングに失敗はつきものですから、失敗しても基本に立ち戻り、再チャレンジしてほしいものです。効果的なのは、金森さんの本ですね(笑)。基本の勉強をすれば自分の中に筋ができるし、筋ができればやることが明確になります。どんな仕事でもマーケティングは必要ですから。
金森 私は講師として、徹底してマーケティングの王道だけを教えてきました。そして、マーケティングは流れです。環境分析をして戦略立案、それから4Pを設計する。この流れが大事で4Pから考えてはいけません。環境分析では最低限3Cを使えるようにする、戦略立案ではセグメンテーション・ターゲティング・ポジショニングを決める、といった基本的なことを教えます。
やはり、セオリーは持っているべきですね。マーケティング基礎の研修では、私はコトラー先生やポーター先生などが作った基本のポプュラーなフレームワークしか使いません。使い方は少し工夫しますが、まずは基本の型を教えるようにしています。コンサルティングの時にも基本のフレームワークしか使いません。そのほうが、その人が関係する人と共通言語化しやすいからです。つまずいたら、他の人に聞くこともできます。
猪口 ベテランでもプロでも、仕事で何かうまくいかなかった時には基本に立ち返って、今までやってきたことが本当に合っているのか振り返ることも重要ですね。しかし、今は緊急の仕事が多く、基本を省くことも増えています。
金森 そこのフレームがないと根拠がなくなってしまいます。自分の磨き方として、まずは基本の型を身につけるのはマストです。そのためにも、ぜひ私の本を読んでいただければと思います(笑)
猪口 今日はありがとうございました。
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