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インフレ時代の調達購買/野町 直弘

INSIGHT NOW! / 2024年1月24日 10時0分

インフレ時代の調達購買/野町 直弘

野町 直弘 / 調達購買コンサルタント

昨年の11月29日に公正取引委員会が、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を発表しました。これは、これまでの日本企業の調達購買業務のあり方をひっくり返すほどの内容となっており、多くの企業が対応に苦慮しています。

特に「事業者が取るべき行動 /事業者に求められる行動」としてあげられている12の行動については、その具体性と共に、今までの常識から外れる内容が多く、驚きを隠せません。

一番驚いたのは、受注者が取るべき行動③「労務費上昇分の価格転嫁の交渉は、 (中略)、発注者の業務の繁忙期など受注者の交渉力が比較的優位なタイミング などの機会を活用して行うこと。」です。

発注者が忙しい時を狙って交渉しなさい、と。。どういうことなのでしょうか。今回この指針の発表元として公正取引委員会とともに書かれている「新しい資本主義」を実現したいのでしょうか。(本当に資本主義か?)

色々とツッコミどころはあるものの、政府にとってみると、大企業が賃上げしたものの、それが経済全体に波及してこない状況を懸念してうった手と考えられます。しかし、あまりにも雑なやり方であり、将来的には日本企業の競争力を損することにもつながるのではないかと憂いてしまいます。

今回は労務費の転嫁ですが、値上げの動きは、一昨年前からの様々な市況高騰、円安などによる原材料やエネルギー費用の高騰から始まったものです。そして、昨年から、労務費の高騰へとつながってきました。

考えてみると、今現役世代で仕事をしている人達の殆どは、そもそもインフレ経済というものを経験していません。年次の原価低減やコスト削減は当たり前であり、値上げという言葉を口に出すことも憚れる環境下で育ってきた世代なのです。

実際に、私も現役バイヤーの頃には、値下げの決裁は課長、だったにも関わらず、値上げの決裁は、なんと副社長決裁でした。実質、値上げ決裁は化学製品で原油価格やナフサ価格と連動して、上げる位だったと記憶しています。

つまり、我々はインフレ経済に慣れていないのです。それではインフレ時代には、どのような調達購買をしていけばよいでしょうか。

インフレ時代には適正な値上げをしていく必要があります。そのためには、適正な値上げ幅を見極める必要があるでしょう。また、適正な値上げ幅を見極めるということは、コストアップ計画を予算化する段階でも必要となります。

今までは、バイヤーは毎期コスト削減をこういう戦略で進めていこうと自身で戦略はたてるものの、そのベースとなる数値目標などはサプライヤとの対話の中から、計画に落とし込んでいくのが一般的でした。懇意にしているサプライヤに「来年はどの程度値下げできる?」と聞き、発注量の拡大、MOQ/LTの見直し、生産性の向上、VAVE、などのネタで、どれ位いけるか、相談しながら計画していました。ところが、「来年は、どれくらい値上になりますか?」など、聞くことはできません。

つまりバイヤー自身が市況や値上げ幅、値上げ時期を読み、コストアップの計画を立てて、予算化していかなければならないのです。

一方で、値上げが全て悪か、というとそうでもないでしょう。従来は、便乗した値上げではなく、適正な価格見直しによる値上げについても、一切できませんでした。長い間、定番品を販売しているサプライヤなどは、一度価格を決めると見直しはできず、コスト削減のみ強いられているようなケースも多く見られたのです。

そして、結果的に、サプライヤは設備投資など、コスト削減につながるような再投資もできていませんでした。設備投資をしないと生産性向上によるコスト削減は、とても難しくなります。また増産対応することもできません。

これでは、バイヤー企業が、中長期の需要増のための生産予測情報を共有しても、設備増強ができず、対応のしようがありません。

値上げのメリットはこれだけではないです。

バイヤー企業がサプライヤ企業を評価し、層別管理することは、多くの企業でサプライヤマネジメントの活動といして、やられています。一方で、サプライヤも得意先企業を様々な要素で層別管理しています。

層別する要素は売上、バイヤー企業内でのシェア、収益額、率、成長性、会社間の関係性など、様々ですが、価格が安すぎることで、そのレベルを下げられることもありえるでしょう。

VoSと言って、サプライヤからバイヤー企業の課題やニーズ、期待などをヒアリングする活動を、我々はしていますが、実際の声で、「このバイヤー企業はA顧客だが、特A顧客ではない、なぜなら価格が安いから」、ということもありました。

一方で、最近、日本企業は付加価値が高く、収益性の高い製品にポートフォリオを移しており、カスタマイズ品や収益が悪い製品の生産をやめる方向にあります。結果的に、大きな売上を占める得意先向けの製品の生産を自社の製品戦略に基づいて、中止するなどの事例も多くでてきています。

このような状況に対しても、値上げをすることで、顧客としての重要性を上げ、生産中止による供給ストップといったような状況に陥らないことにもつなげられるのです。

このように、値上げはネガティブな要素だけでなく、生産性向上によるコスト削減や、供給確保にもつなげられます。つまり、値上げというのは、インフレ時代に取りえる購買手法の一つと、いえるでしょう。

一昨年実施した「サプライヤ供給不足対応」セミナーでも話しましたが、今般の好業績企業の共通点は原材料やエネルギー費、人件費などの高騰を、いかに売価に反映できるか、でした。売価への反映ができている企業ほど、業績が良いのです。しかし、売価への反映は経営マネジメントがその説明責任を果たす必要があります。B2Cの商売もそうですが、特にB2Bでは得意先毎に売価反映を要請し、妥当な価格転嫁を行う必要がでてきます。こういう場面では、調達購買部門は営業部門だけでなく、経営トップに対しても値上げの理由と内容をロジカルに説明しなければなりません。また、得意先に対する値上げ交渉の戦略策定にも寄与していく必要があります。

インフレ時代の調達購買は、今まで以上に購入品のコストや自社製品の価値に対する目利き能力を高め、適正な値上げ幅を見極め、値上げという購買手法を活用し、QCDの最適化を実行できる能力や機能が求められてきた、と言えます。

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