児童書に学ぶ、大人が忘れてはいけないこと〜『飛ぶ教室』/永嶋 泰子
INSIGHT NOW! / 2024年9月9日 6時55分
永嶋 泰子 /
どんなに辛くても正直であるべきだ、と思うのだ。
『飛ぶ教室』エーリヒ・ケストナー
生き方を導く、児童書
「児童書は、子ども向けに書かれたものだからこそ、生き方をダイレクトに伝えてくれるものなのです。」
ゲド戦記の訳者・清水真砂子氏から大学生時代に教えられた言葉でした。
20年以上経ちますが、この言葉の意味はいまも色褪せていません。それどころか、児童書を手に取った時に清水氏の言葉が鮮やかに思い浮かぶのです。
大人になったからこそ、より深く感じることがある。
そう思うのです。
エーリヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』もそんな一冊でした。
というのも、ケストナーは子どもが夢を持つことが難しかった時代に、子どもたちのために命懸けで作品を残した人だったのです。
命懸けで書かれた『飛ぶ教室』
児童書作家と聞いて皆さんはどんな人を想像するでしょうか?
さぞかし穏やかで優しい人だと思われるかもしれません。
私も同じように思っていました。しかし、訳者の池田香代子氏によるとドイツ人のケストナーの生きた時代は、ナチスが台頭し、徐々に自由が奪われていく時代に突入していました。
『飛ぶ教室』が書き上げられる1ヶ月前には、反ナチスとみなされた本はナチスによって焚書が行われました。ケストナーの本も例外ではありませんでした。彼は、目の前で自分の本が燃やされるのを群衆に紛れて見たのだといいます。
ナチスに挑んだ作家の勇気
さらにケストナーが大胆なのは、そのエピソードを『飛ぶ教室』に取り入れたことでした。作中には、生徒のノートが目の前で燃やされる描写があります。作家にとって、作品を燃やされるというのはどんなに悲しい出来事だったでしょうか。いや、それよりも自由が奪われ、「統制」の時代へ向かう恐怖を感じていたのかもしれません。
しかし、ケストナーは決してひるみませんでした。「どんなに辛くても正直であるべきだ、と思うのだ。」と『飛ぶ教室』に書いているように彼は自分に正直であることを、ペンを通して貫いたのでした。
彼は『飛ぶ教室』の中でこうも言っています。
「どうしておとなは自分の子どものころをすっかり忘れてしまい、子どもたちには悲しいことやみじめなことだってあることをある日とつぜん、まったく理解できなくなってしまうのだろう。」
子どもたちが感じることを理解する
子どもだって大人と同じようにたくさん感じて、考えています。
ただそれを言葉にして表現することが、できないこともあります。
私は子どもの頃、本当は先生に伝えたいことがあったのにうまく伝えられなくて「泰子ちゃんの言いたいことって、結局これでしょ」と誤解されたことがありました。当時は、大人はすべて正しいと思い込んでいたから弁明することもできず、悔しい思いをしたことがありました。
話すことが苦手だった私にとって、大人に伝えることは容易ではなかったのです。
同じような経験を繰り返すうち、「どうせ言ってもムダ」という諦めに変わっていきました。
未来のために正直である勇気
自由が奪われる瞬間というのは、「どうせ言ってもムダ」という諦めから生じるものです。その諦めは最初はささいなものかもしれません。しかし、その傷口はどんどんと広がりナチスのように国民を戦争の渦に巻き込んでいく方向へ進むこともあり得るのです。
そして、現代日本においては「諦め」が社会に蔓延しているように感じます。
私たち大人が、未来ある子どもたちの笑顔を見守るには、自分の良心にしたがって「どんなにつらくても正直であるべき」ものなのではないでしょうか。
ここまで読んでくださりありがとうございました。あなたの人生の参考になれば幸いです。
▼参考文献
エーリヒ・ケストナー著『飛ぶ教室』
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