たった一度の選挙が、人生を変える〜『アウシュビッツの小さな厩番』より/永嶋 泰子
INSIGHT NOW! / 2024年10月23日 6時50分
永嶋 泰子 /
ある日のこと、新しく作ったコンタクトレンズを私の目に装着しようとして苦心していた彼の左の前腕に、少し歪んだ、薄れかけた薄青色のタトゥーがあるのに気づいた。
B7648と読めた。
「ヘンリー、そのタトゥーはどこで?」とわたしは尋ねた。
本書は、そのタトゥーがどのようにして彼の前腕に刻まれることになったかについての物語である。
これは、今から80年近く前、第二次世界大戦で生きて帰ることが不可能と言われたアウシュビッツ、ビルケナウ、ブーヘンヴァルトの強制収容所を奇跡的に生きのびた少年の自伝です。
そして、この物語はわたしたちに「恐怖はいつでも、すぐそばにある」ということを教えてくれる本だったのです。
なぜなら、主人公のヘンリーも少なくとも5歳になるまでには何不自由のないドイツに住むユダヤ人の少年として幸せに暮らしていたのだから。
しかし、たったひとつの「選挙」によって、平穏な暮らしは終わりを告げます。
ドイツ国民が投票をした、たったひとつの「選挙」によって。
それは、1932年ナチスが国会で230議席を獲得、第一政党になり政権を取った選挙でした。
これからたった3年の間に、ヘンリーを取り巻くユダヤ人たちのくらしは一変。
ヘンリーはこう述べています。
世界は前よりもずっと暗く、危険な場所になっていた。
その後、私の人生が元通りになることは二度となかった。
翌年の1933年。ヘンリーが6歳になり小学校に入学したときにはさらに状況は悪化しました。
入学式に行く途中に、ヘンリーはヒトラーユーゲント(ナチスの青少年組織)から襲撃されたのです。
その場には、ヘンリーの両親もそしてヒトラーユーゲントの両親も立ち合わせていましたが、大人でさえも止めることができませんでした。
1935年には、ユダヤ人の家の所有も許されないほど厳しい財産没収だけでなく、3〜4人で集まることやビジネスを禁止するニュンデンベルク法が成立。
ヘンリーの家も財産を没収された上、かろうじて見つけた狭くて古いアパートに親戚と11人でくらすという事態になったのです。
この出来事は、ナチスが第一党になってから、たった2〜3年の出来事だっただけでなく、非合法だったものを合法化していったという恐ろしいものでした。
つまり、なんでもありの世界になってしまったのです。
想像してみてください。
ある夜、あなたの家のドアを激しく叩く音が聞こえます。
「こんな時間に、誰だろう・・・」と恐る恐るドアを開けると、そこには警察官が立っていて、乱暴に全ての物を持ち去ってしまったら。
あなたが大切にしまっておいた結婚指輪でさえも。
しかも合法的にそれができる。
そうなれば、誰も太刀打ちすることはできません。
そして真に恐ろしいのは、どの国でもどの時代でも起こりうることだということです。
「日本は平和だから大丈夫。戦争もないし、もう80年も前の出来事でしょう?」と信じたいところですが、果たして自信を持って言い切れるものでしょうか。
かつて日本にも「治安維維持法」という国家にとって都合の悪い人たちを合法的に処刑した法律がありました。
民主主義になった今でも冤罪で投獄される人はいます。
しかも冤罪事件で無罪判決を獲得する確率は0.1%。その理由は検察官が「有罪を証明できる」と判断したものを選りすぐって起訴しているためともいわれているからです。
つまり、平和に思える現代の日本でさえ、国家の力によって人生を狂わされる事態は起こりうることなのです。
10月27日(日)は国政選挙です。
同じ過ちを繰り返さぬために、選挙は義務として行使すべきものです。
ひとつは自分自身のために。
そしてもうひとつは次世代のために。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
あなたの人生の参考になれば幸いです。
▼参考文献
ヘンリー・オースター、デクスター・フォード/著 、
大沢章子/訳
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