まだ東京で起業しているの?/小槻 博文
INSIGHT NOW! / 2014年8月4日 5時56分
小槻博文 / 合同会社VentunicatioN
「まだ東京で起業しているの?」
なんかイケダハヤト氏っぽいタイトルですが(笑)、「日経ビジネス」7月21日発売号でも「起業家が集まる過疎地」として紹介された徳島県美波町。
なぜ美波町には起業家が集まるのか?彼らは一体何をしようとしているのか?
今回はそのヒミツに迫ります。
まだ東京で起業しているの?~なぜ都会のスペシャリストたちが次々に過疎地で起業するのか?~
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徳島県南東部に位置し、海・川・山に囲まれた自然豊かな美波町は、四国遍路の巡礼地・薬王寺も町中心部に位置するなど、古くから漁業・農業・観光で栄えてきた。
一方1970年には約13,000人だった人口は現在約7,500人にまで半減するとともに、若年層の都市部への人口流出によって、生産年齢人口の割合は49.8%(全国平均63.7%)、また高齢者人口の割合も41.1%(同23.1%)と、典型的な地方の課題を抱えた地域でもある。(※2010年国勢調査)
(画像)海・山・川がコンパクトにまとまった自然豊かな美波町(徳島県海部郡)
そんな過疎地の再生に向けて、首都圏で活躍してきたアラフォーのスペシャリストたちが英知を結集すべく、この1年で次々に美波町で起業している。(※文中の年齢は掲載時点)
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「課題が山積する過疎地こそビジネスマインドを刺激する絶好の場所」
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美波町で地域活性の各種プロジェクトをプロデュースする「あわえ」を立ち上げた吉田基晴氏(42歳)は、元々は暗号化技術をつかった情報漏えい対策サービスを開発するサイファー・テックを東京で経営(※現任)していた。
サイファー・テックでは事業拡大に向けて東京で採用活動を進めていたが、知名度がないベンチャー企業には応募がほとんどなく頭を悩ませていた。そこで逆転の発想で、地方で働きたい人材を集めるべく、2012年に故郷である美波町にサテライトオフィス「美波Lab」を設立し、仕事とプライベートを両立させる生き方「半×半IT」を提唱したところ、首都圏からサーフィン好きのエンジニアが移住してきたり、地元の狩猟女子のエンジニアが応募してきたりするなど、人材採用が円滑に回るようになった。
(画像)地元の伝説のサーファーとサーフィンを楽しむ吉田基晴氏(左)
一方で地域になじめばなじむほど、次第に地元の人たちも腹を割って話すようになり、色々と地元の人が抱える課題や悩みを聞くことも多くなっていった。そんな声を聞くにつれて何か役に立てることはないだろうかと考えるようになり、最終的にサイファー・テックとは別に、吉田氏個人として新たにあわえを2013年6月に立ち上げるに至った。
あわえでは「文化資産(コト)」「地域産業(カネ)」「地域コミュニティ(ヒト)」のそれぞれの地域資源を保護・振興し、そして継承していくための事業を展開している。例えば、古い写真を個人宅や行政から預かってデジタル化してアーカイブするとともに、ビューアーやタブレット等にて利活用出来るようにする「GOEN(ごえん)」を開発したり、都会のIT企業と連携して地元の高齢者ガイド団体向けにタブレットを活用した観光ガイドの仕組みを構築したりするほか、“地域ファン”づくりの礎となる地域ポータルサイトを構築するなど、アナログとデジタルを上手く組み合わせながら、各種取り組みを進めている。
(画像)明治時代に建てられた銭湯跡の利活用に向けて地域住民と意見交換する吉田基晴氏(左から2番目)
「課題を解決して対価をいただく、これがビジネスの基本です。その意味ではさまざまな課題が山積している地方は、都会以上にビジネスマインドを刺激するには最適な場所と言えます。都会と地方、両方を見てきた人間だからこその視点で、これら課題に一つひとつ挑んでいきたいと思います。」と吉田氏は語る。
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「自分自身の力を試したい」
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そんな吉田氏に触発されたのが、兵頭デザイン代表の兵頭将勝氏(42歳)だ。兵頭氏と吉田氏は旧知の仲だったが、サイファー・テックの美波Labに関わるデザイン業務を請けたのをきっかけに、美波町に傾倒していくことになる。
(画像)美波町起業組と一緒に田植えに勤しむStudio23 兵頭将勝氏(中央)
1990年代後半に美波町に遊びに来たことがあった兵頭氏。しかし美波Labの業務で15年ぶりに美波町へ訪れると、町の活気がすっかりなくなってしまったことに愕然としたという。
(画像)Studio23で手掛けた地元漁協のロゴマーク
元々兵頭デザインは、首都圏を中心に大手メーカーのロゴやフォントなどブランディングデザインを手掛ける、その業界では第一人者のデザイン会社だ。しかし兵頭氏は美波町の実情を目の当たりにして、大手メーカーではなく、地域に埋もれた名もない産品をデザインの力でどこまで価値向上させられるか、自分自身の実力を試したいという想いが沸々と湧き上がり、2013年7月に地域ブランディング会社「Studio23」を立ち上げた。
現在Studio23ではあわえと連携しながら、地元の漁師が自家消費していた干物や地元産品を使った加工食品などのほか、地鶏「阿波尾鶏」を手掛ける地場大手のロゴ・パッケージデザインを手掛けたり、地元の漁業組合のロゴを制作したりするなど、地元経済の活性化に向けて奮闘している。
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「これから動き出す地域だからこそ」
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前述の2社が地域を“元気”にすることを前提・目的に起業したのに対して、地域を“利用”することで価値を高めようと2013年8月に設立されたのが「たからのやま」だ。副社長の本田正浩氏(37歳)は、元々時事通信社でカメラマンやWEBデザイナーとして従事した後、ベンチャー向けメディア「TechWave」や地域の取り組みを発信するメディア「fin.der.jp」の立ち上げなどに参画してきた。しかし「発信するだけではなく、自ら地域に入り込まないと何も変わらない」という想いから、「fin.der.jp」のパートナーだった奥田浩美氏とたからのやまを立ち上げるに至った。
(画像)ITふれあいカフェにて高齢者にタブレットの使い方を教える本田正浩氏(中央)
地方に進出するにあたりさまざまな地域を検討したと言うが、最終的に「fin.der.jp」で取材したことがあった美波Labがある美波町を拠点にすることにした。吉田氏からあわえ設立の話を聴き、「既にある程度取り組みが進んでいる地域ではなく、これから取り組みが始まろうとしている美波町こそ、自分たちの力を試すには最適な場所だと考えた」と本田氏は語る。
たからのやまでは2014年5月に古民家を改修して、地域の人たちがスマートフォンやタブレットに気軽に触れることができる場として「ITふれあいカフェ」を開設した。本田氏は、今後「ITふれあいカフェ」で得られた知見を都会の企業などにフィードバックするなど実証実験の場にするとともに、地域の高齢者とメーカーとが共同で新製品の開発を行う場にしていきたいとしている。
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「故郷を盛り上げたい」という志を持った若者たちを増やすために
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手前味噌ながら、筆者(41歳)はそんな美波町の奮闘ぶりを全国に発信・訴求すべく、現在プロボノ(職業上有している知識・スキルや経験を、公共性が高い活動に対して無償または低報酬にて提供すること)として参画している。元々筆者は10数年にわたり、複数の企業の広報部門にて経験を積んできたが、「せっかく良い取り組みであるにも関わらず、知られていないがために埋もれている取り組み・人を応援したい」と考えるようになり、最終的に独立することを決意。そして“ソーシャルグッド”を世の中に広めるべく、ベンチャー・中小企業やNPO・社会起業家などが広報・PR活動を行う上での担当者育成や仕組みづくりを支援するVentunicatioNを2012年10月に設立した。
そして設立直後にあるご縁がきっかけで美波町にて奮闘する人たちと出会うことになったのだが、彼らと関わるうちに、彼らの想いや奮闘ぶりを全国に発信することで「自分も故郷を元気にしたい」という志を持った若者たちを一人でも増やし、そして全国各地で地域活性の気運を高めることが出来ればと考えるようになり、「払える範囲で」と市価の数分の1の報酬ながら携わることにした。そしてこの1年で在京メディアを含めて100件以上の報道を獲得し、全国に美波町での彼らの取り組みを発信しながら、美波町、さらには地方に対する関心喚起を図ってきた。
【今までの報道(一部)】徳島の過疎の町・美波町に都会のベンチャー が集結するワケ(Naverまとめ) http://matome.naver.jp/odai/2139227230119426901
また最近は全国各地にて地域活性に向けた取り組みが進んできたが、大半の地域が地域外への情報発信に課題を感じているのが実情だ。そこで「広報・PR×地域活性」を主要テーマとして掲げて、地域活性に向けた広報・PR活動の取り組みを紹介・シェアするため、情報サイト「地域活性化のススメ」を開設し、全国各地の地域活性のリーダーたちのインタビュー記事や、地域活性の動向記事などの執筆・配信も手掛けている。
(画像)地域情報発信に関するポータルサイト「地域活性化のススメ」 http://www.pr-startup.com/?cat=20
これら取り組みを中心に、さらには今後もプロボノ支援地域を増やしながら、全国各地への人材の分散化・均等化を図り、そして「東京一極集中」による社会構造の弊害を解消することによって、都会と地方、双方の社会課題の解決につなげていきたいと考えている。
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~日本の地方は世界の最先端のフィールド〜
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都会で専門性を磨いてきたスペシャリストたち。彼らは“アラフォー”という人生の折り返しのタイミングを迎えて、残りの人生を今までの延長線で考えるのではなく、新たな挑戦の場として“地方”に目を向けて、ゼロベースの過疎地で自分の力がどこまで通用するのか試したい、自分の専門性を地方の課題に役立てたいというのが共通した想いだろう。
人口減少や少子化・高齢化など地方が抱えるさまざまな課題は、近い将来日本全体の課題になるとともに、ゆくゆくは世界各国でも同様の課題を抱えることになると言われている。つまり既にこれら課題に直面している日本の地方は、世界の“最先端”の場所と言うことが出来るだろう。そのようななかアラフォー世代は若年層と比較して経験やしっかりとした思慮・判断力が、シニア層と比較して体力と柔軟な発想が、つまりすべてのバランスがとれた世代と言え、そしてそんなアラフォー世代のスペシャリストたちは新たなフィールドを都会から地方へと移し始めている。
さらにはそんな彼らの背中を見て育った地元の子どもたちが、進学や就職で一旦は故郷を離れたとしても、いずれは故郷に戻り、そして都会で身につけたスキルや経験を故郷で生かす、そんな循環が今まさに生まれようとしているのかもしれない。
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