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新宿伊勢丹の業績アップに最も貢献したのは誰?/日沖 博道

INSIGHT NOW! / 2014年8月11日 11時51分

新宿伊勢丹の業績アップに最も貢献したのは誰?/日沖 博道

日沖博道 / パスファインダーズ株式会社

風が吹けば桶屋が儲かる。あいつらを儲けさせるつもりじゃなかったのに、という自嘲の声が…。

消費税の増税を経たこの時期、百貨店業界では業績の差が目立ち始めています。中でも業界首位の三越伊勢丹が好調です。同社が発表した今2月の売り上げ確報によれば、全店合計の売上高が前年比106.2%、12カ月連続で前年を上回るなど順調のようです。

実は、三越伊勢丹の経営自体はそんなに平坦ではありません。激戦区である大阪・梅田に2011年5月にオープンした「JR大阪三越伊勢丹」は不振続きで、本年1月に売り場縮小が発表されています。旗艦店の一つである三越日本橋本店もぱっとしません。それに対し非常に業績に貢献しているのが、もう一つの旗艦店、新宿伊勢丹です。2014年3月期で見ると、前年比で10~15%の伸びで毎月推移しており(増税前の駆け込み需要の顕著な3月を除いても、です)、明らかに全体を引っ張っています。

その要因は何か。アナリストや報道向け資料ではリモデルのパークなどの施策が当たったことと、独自企画商品による品揃え強化で、来店客・買上客数・客単価が増加したことなどが並べられており、経営陣の誇らしげな顔が浮かぶようです。でも、もし本当に同社のマーチャンダイジング能力がずば抜けて優れているのであれば、大阪での苦戦は腑に落ちかねます。

その伊勢丹新宿本店には昨年度、面白い事実が2つ発生しました。2013年3~12月の来店客数は前年同期に比べ約1割増と、高度経済成長期以来の伸び率を記録したそうです。いくら景気回復とはいえ、この人口減社会において、他の小売企業からすれば驚愕・羨望の増率です。そして同じ時期、同店では案内パンフレットを手に取る人が増えたのです。今年度は例年の倍以上の45万部と大増刷したそうです。

これらが意味するのは、三越伊勢丹の経営者が主張するように、既存客が百貨店の施策につられて来店頻度を上げたというのではなさそうです。むしろ、それまであまり新宿伊勢丹に来ていなかった新規客が押し寄せるようになった、ということです。

ではどうしてそんな現象が起きたのでしょう。勘のよい方はもう気付いているでしょう。そう、東急東横線と東京メトロ副都心線が昨年3月に相互直通運転を開始したため、人の流れが大きく変わったのです。

新宿伊勢丹が直結している新宿三丁目駅の1日の平均乗降客数は、東京メトロによると7万9000人(13年4~12月)と、前年同期比約5割増(!)だそうです。新宿三丁目駅で乗り換える人、途中下車する人が一挙に増えたわけです。

ではその人たちはどこから流れてきたのでしょうか。それは渋谷です。同じ時期、JR渋谷駅の乗降客数は激減しました。41万2009人から37万8539人へと約8%も減ったのです。19年連続で3位だったのに、2013年度は一気に5位に転落しています。伊勢丹の新規のカード会員を分析すると、目黒区や品川区、大田区などの住民が目立つそうです。

つまり従来は渋谷の東急や西武、丸井といった店に勤務後に寄っていた東急東横線沿線在住のOLなどが、渋谷の代わりに新宿三丁目駅で乗り換えて、そのついでに伊勢丹に寄るようになったのですね。そして昼間は、東急沿線のマダムたちが渋谷で降りずに、一気に新宿三丁目まで直通で出掛け、お友達とお茶するようになったということでしょう。実際、小生の知人も数人、「以前は渋谷乗り換えだったけど、今は新宿三丁目乗り換えで通勤している」と証言しています。直通運転化によりこれほど人の流れが大きく変わった例は珍しいかも知れません。

でもなぜ渋谷が嫌われて、新宿三丁目に人が流れたのでしょうか。ずばり、渋谷駅が不便になったからです。小生も東急東横線沿線住民ですが、渋谷駅で半蔵門線に乗り換えようとすると、以前より距離的には近いはずなのに通路が狭くなったため、かえって時間を食うようになりました。ましてや地上の離れた位置にあるJRや銀座線もしくは京王井の頭線に乗り換えようとすると、地下5 階から分かりづらい通路を延々と移動させられるため、辟易することになります。JR渋谷駅の乗降客数が激減したのは実感として頷けます。

同様に、東急沿線住民が帰りがけにどこかで友人と待ち合わせをするようなことを考えたら、以前だったら渋谷駅中心に想定したでしょうが、地上との往復は厄介ですし、あの「地下迷宮」駅ではどこをどう行けば目的地に向かえるのか、そして帰り道でまごつかないか、自信が持てない人も多いでしょう。何割かの人は「副都心線沿いのどこか他の駅がいい」となり、それが新宿三丁目なのでしょうね。

ではこうした状況を東急電鉄では予想したのでしょうか?ましてや一部の噂にあるように、「ライバルであるJRの売り上げを減らすために意図して行った改悪だ」との意見は的を得ているのでしょうか?小生はそうは思いません。渋谷という街は「東急村」とも称されるほど東急電鉄とそのグループにとっての本拠地であり、様々な関係施設が集約する宝の地です。その渋谷を利用するお客さんの数が減るということは、JRだけでなく東急グループにとっても大きな痛手のはずです。

ただ、今回の直通化に伴う改造により渋谷駅が恐ろしいほど複雑化することを事前に理解できなかったほど東急電鉄の人々が愚かであったとは、とても思えません。この不便さや、それに対する不評はある程度「織り込み済み」だったのではないでしょうか。

それでも「いずれ人々は慣れ、朝夕には多少ぶつくさ言いながらも同じルートで通勤し、相変わらず渋谷で乗り換えし、渋谷のどこかで待ち合わせしてくれる」と考えたのでしょう。でも彼らの見通しは少々甘かったのではないかと思います。人々は「不便」という苦痛を毎日味わうことを嫌います。それを簡単に逃れるすべがある限り、我慢しません。

周知のように、東急電鉄が中心となっている渋谷駅周辺の再開発はまだ途中段階で、東京五輪の2020年にある程度出来上がり、27年にようやく完了する見込みだそうです。今のような複雑怪奇で動線の悪い駅構造は、途中段階ゆえの「仕掛かり」状態だと思われます。そして最終的には乗り換えももっとスムーズになると聞いています。

きっと経営幹部の方々は「一時的には多少ほかの街に流れる人がいても、『渋谷大改造計画』が完了すれば戻ってくるさ」と考えられているのでしょう。でもそれも甘い見通しかも知れません。一旦、通勤ルートを変え、伊勢丹新宿本店でカードを作り、その周辺に行きつけの店を幾つか持った人たちは、たとえ6年後に渋谷駅周辺がもっと便利で綺麗になっても、素通りするパターンを大きくは変えないでしょう。人間ってよほど不便でなければ、そう簡単に習慣を変えませんから。

東急東横線と副都心線の相互直通は東急沿線住民の全般的な利便性を上げることには成功しましたが、東急グループの売上を減らして三越伊勢丹の中長期的業績向上に貢献するという皮肉な結果に終わりそうです。

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