もしマイクロソフトが車を作ったら/野町 直弘
INSIGHT NOW! / 2014年9月3日 16時15分
野町直弘 / 株式会社アジルアソシエイツ
15-6年前にあるジョークがはやりました。その当時はただ面白いな、と思っていましたが、今考えてみると多くの洞察が含まれています。
私が外資系コンサルに勤務していた時ですから、多分15-6年前のことでしょうか。
面白いジョークが同僚から流れてきました。
題して「もしマイクロソフトが車を作ったら。」
このころはウィンテルと表現され、マイクロソフトとインテルが非常に強い時代でした。
一説によるとマイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツが「もしGMがコンピューター業界のような絶え間ない技術開発競争にさらされていたら,私たちの車は1台25ドルになっていて,燃費は1ガロン1000マイルになっていたでしょう。」と言ったことに対してGMが出したコメントとのことです。
たくさんの項目がありますが、面白いところだと、
「特に理由がなくても,2日に1回はクラッシュする。」
「高速道路を走行中,ときどき動かなくなることもあるが,これは当然のことであり,
淡々とこれをリスタート(再起動)し,運転を続けることになる。」
「エアバッグが動作するときは「本当に動作して良いですか?」という確認がある。」
「取り扱い説明書は1,300ページ以上、重さが3ポンド以上になる。」等々。
この当時は「あるある」とバカウケしておりましたが、今考えてみると「こんなこともあったな」と感じます。
例えば「アカバツ」。我々は2日に1回位この「アカバツ」に悩まされていましたが、今はそんなことはありません。本当に昔のようにクラッシュしなくなりましたね。
そう考えてみるとデジタル系のデバイスの信頼性はこの10数年で格段に上がっています。
このジョークが流れてきた当時は、「パソコンなんてそんなもの」という認識が強く、それに対して同じ消費財組立製品である自動車は格段に信頼性が高いというのが通念だったことも顕しているのです。一昔前と比べ、電子デジタル系産業の製品も信頼性が格段に高くなってきたことは間違いありません。
i-phoneやi-padのようにワンプッシュでスイッチが入り、ツープッシュでメールが読め、様々な情報が誰でも取れる、また様々なアプリが殆ど無料で入手できる。
これはデジタルデバイド(パソコンやインターネットなどの情報技術(IT)を使いこなせる者と使いこなせない者の間に生じる機会の格差)を排除することにつながりました。
その前提となったのは、繰り返しになりますが、技術的な信頼性が高くなったというのが最大の理由です。
このように電子産業がデジタル化し、技術としても産業としても成熟し、自動車の信頼性と変わらなくなってきているのが、昨今の状況と言えます。
しかし一方で、日本の電子産業の衰退には歯止めがかかりません。従来は自動車と並ぶ外貨の稼ぎ頭であった電子産業は2013年に貿易収支がとうとう赤字になりました。
また国内生産額は2000年の26兆円をピークとして2013年には約11兆円と半分以下に落ち込んでいます。生産の海外移転という要因もありますが、その代表的な製品であるテレビ、半導体については海外メーカーとの競争に負けていることは事実です。
手元に日経テクノロジーonlineの記事「電子立国は、なぜ凋落したか」という記事があります。この記事は元日経エレクトロニクス編集長で技術ジャーナリストの西村吉雄氏が書かれたもので、日本の電子産業が何故衰退したのか、を論理的に
分析したものです。
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20131120/317532/
西村氏はこの中で日本の電子産業が衰退した大きな要因をいくつかあげています。
一つ目は2000年後半における日本のテレビ・メーカーの巨額な設備投資です。これはあくまでも国内における地デジ特需による国内需要の急伸を「地デジ移行後に売れなくなったらどうするか」というこを考えずに大型投資を行ったため、供給過多な状況になってしまい現在の収益悪化につながった、ということです。
最近家電量販店に行くと中国、台湾、韓国製のテレビが多く売られています。西村氏はテレビは既に外国から買うものになった、言っています。
大きな要因の二つ目は世界的に進行した水平分業型モデルに乗り遅れたことを上げています。世界の電子産業では1980年代後半から設計と製造の分業が色々な製品分野で進みました。それに対して日本企業は一般的にこの分業を嫌い、「垂直統合」と「自前主義」に固執したと西村氏は分析しています。結果的に進化した水平分業モデルは特にEMS側(製造側)に多額の設備投資を可能とし、結果的には低コスト、高生産性を実現することができました。つまり電子機器の製造は装置産業化したということです。
その典型的な業種が半導体です。1980年代後半には世界生産の半数のシェアを占めていた日本メーカーの半導体生産は専業2社に集約され、その2社も苦戦を強いられています。1980年代後半から半導体産業は水平分業が進みファブレスとファウンドリによる分業が広まりました。今や設計と製造を統合した事業形態である米インテル、韓国サムスン電子ですらファウンドリ事業に積極的に取り組むことで投資負担リスクを低減する方向にあるようです。
特に最近の半導体は製造技術が高度化しているため、製造装置は高額になり、以前より一層装置産業化しつつあります。これに対応するためには、なるべく多数の会社から製造を受注し稼働率を上げられるファウンドリ事業でなければ勝てなくなってしまったのです。
一方で2000年代後半には日本企業の中にも一部のベンチャー企業でファブレスが立上がったものの、日本の半導体メーカーはファウンドリになろうとはしなかったとのことです。その要因の一つとして上げられるのが日本的な「ものづくり礼賛」神話だと、西村氏は指摘しています。
西村氏は「日本の半導体メーカーはファウンドリを見下ろす姿勢を続けるうちに、ファウンドリに製造技術で追い越され、自らファウンドリになることも、ままならなくなってしまった。」と述べています。
これらの分析が正しいかどうか、様々なご意見があることでしょう。しかし、この記事を読んで私は日本企業のガラパゴス的な観点を感じざるをえません。
日本企業が個別企業の枠内で国内企業同士のシェアなどの近視眼的な競争に夢中になっていて、海外メーカーは「あそこは品質が悪いから問題外。」などと高をくくっているうちに新しいルールやビジネスの仕組みが作られてしまい、その新しいルールでやられてしまう。よくあるパターンなのです。
そう、冒頭のマイクロソフトに関するジョークのように、ややもすればこのような電子デジタル業界を見下していた相手が今はその問題を解決し、彼らが作ったルールの元でやられてしまう。私は西村氏のこの執筆を読んで、このような思いを感じ、冒頭のジョークを思い出したのです。
そう、これはどこの業界でも起こり得ること。
次回は電子産業と並ぶもう一つの日本産業の柱である自動車産業の競争力の展望について述べます。
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