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大塚家具の新戦略は理に適っているのか/日沖 博道

INSIGHT NOW! / 2015年4月10日 22時47分


        大塚家具の新戦略は理に適っているのか/日沖 博道

日沖 博道 / パスファインダーズ株式会社

先月末の株主総会をピークに世間を騒がせた大塚家具。ご存知の通り、娘である社長が株主の多数派の信任を得て勝利という決着を見た。実は現社長の久美子氏が小生と同じ大学出身者で、少し前から関心を持って眺めていた。

その過程では茶の間の興味をひくため、「親子喧嘩」「御家騒動」という側面にスポットを当てたTV/週刊誌等の報道が過熱し、同社のブランドを少なからず傷つけたと懸念される。直近の業績悪化も表面化している。今週からは「お詫びセールス」と銘打って巻き返しに掛かるそうで、頑張っていただきたいものだ。

騒動の最中ではそうした三面記事報道にかき消されるのが明らかだったので(それと久美子社長の足を引っ張ることに利用されかねないので)、コラム記事に取り上げるのは控えていた。しかし戦略コンサルタントとしてはとても気になる重要な点がほとんど論点になっていなかったので、ここで採り上げたい。

この権力闘争の本質は、父親である勝久会長が築き上げてきた、従来の「経済的に余裕のある消費者をターゲットとした高級路線」を続けるのか、久美子社長が推進しようとする「より多くの一般大衆に向けた路線」に全面的に切り替えるのか、という「経営の基本路線の選択」だ。決して単なる「世代交代の難しさ」の話でもないし、ましてや「親子喧嘩」という低次元の話ではない。

そして久美子社長の勝利が確定した現時点での隠れた論点は、「本当に『一般大衆路線』への全面切り替えが正しい戦略なのか」というものだ。

もちろん、権力闘争に勝利したばかりの久美子社長側が、今さら錦の御旗を下して、「冷静になって考えてみたらあなた方のいうことのほうが正しいようなので、再度路線変更します」などというわけはない。

その意味で、本稿は他企業の関係者に向けたものだ。特に、今までうまくやってきたが最近は売り上げが伸び悩み、一方で路線の違う同業者が伸びているという状況にある企業において、『路線転換』を検討するにあたって考慮すべき要素を考えてみたいというものだ。大塚家具はそのよいケーススタディになりそうなのだ。決して久美子社長らの新しい門出に水を差そうという意図ではないことをご理解いただきたい。

さて、ちょっと前置きが入ってしまったが、「経営の基本路線の選択」という話に戻ろう。勝久会長(すでに元ですが)の「高級路線」vs久美子社長の「一般大衆路線」という構図だ。

前者のやり方は、欧州のデザイン家具、日本の職人による手作り家具、といった高級な商品を中心に幅広く展示し、来訪時に名前と住所を書いてもらい(これは後ほど顧客データベースに反映される)、広い展示場を担当者が寄り添って案内し、商品説明する。

後者ではイケアやニトリと同じようなやり方になるはずだ。つまり中国や東南アジアで大量規格生産した、割安な普及品を大量に展示(一部はカタログ展示)、大勢の一般客にフリーで(いちいち受付せずに)出入りしてもらい、自由に商品に触れてもらう。たぶん、商品説明も求められた時しかしない。

株主総会でのプロキシーファイト(委任状争奪戦)が決定的になった時点で、焦点の2人の経営者の論点認識は全く違っていた。勝久会長は「考え方の違いは宣伝のやり方だけだ」といい、久美子社長は「経営路線の違いであり、全く相容れない」と語っていたのだ。その意味では久美子社長のほうが現実的な認識を持っていたということだろうか。

この2つの路線の目指すものは全くといっていいほど逆だ。

そして重要なことは、今の同社の調達能力・店舗構造・社員のスキルを最も活かせる可能性が強いのは、ほぼ間違いなく従来の「高級路線」なのだということだ。

例えば(私自身も顧客の一人として経験しているが)同社の販売担当者の提案・説明スキルは他の大量家具販売店のそれとは格段に違うものだ。イケアやニトリのような、お客が勝手に見て回るスタイルの店舗では「宝の持ち腐れ」になってしまいかねない。

また、同社の仕入れ担当者は、ある程度以上の高級家具に関する目利き能力は高いだろうが、コストパフォーマンスを最重要視する若者やファミリー層が魅力を感じるような商品を企画し、大量発注して大幅にコストダウンさせるノウハウも協力工場網も、イケアやニトリに対し格段に劣ることは明白だ。

そもそもこの2強が躍進した原動力であるSPA方式(企画・生産・販売を直結させるやり方)、もしくはカタログ販売方式に本格的に取り組むとしたら、会社の機能と組織体制を大幅に入れ替えないといけない。

2つの路線間のギャップは簡単に埋まるようなものではない。仮に強引に進めた場合には多分、オペレーション上は相当な混乱が予想される。仮にそうしたハードルの高さやリスクをよく理解した上で、それでも敢えて思い切った路線転換を図るというのだったら、小生ならば、別のブランドラインの子会社を立ち上げて、別店舗・別人員で全く違うオペレーションにて行うことをお薦めするだろう。でもどうやら、そうしたやり方を採るという話は聞こえてこない。

そんなこんなを考えると、戦略上の観点だけで言えば、権力闘争に敗れた勝久会長派の判断のほうが正しかったように、傍からは見える。しかし客観的かつロジカルな説得をできる方がいなかったのかも知れない。世の中的にも大株主の動向としても、「世代交代の流れに抗しているだけの創業者とその取り巻き」と評されてしまった模様だ。

では、ここまで明らかに不利な条件の路線転換を、なぜ久美子社長はお家騒動を引き起こしてでも進めようとしてきたのだろうか。ご本人に直接尋ねたわけではないので本当のところは不明なのだが、幾つかの記事コメントから多少の推察は可能だ。

その判断には幾つかの要素が絡んでいそうだ。一つには、高級路線を採る自社の業績が近年伸び悩んでいるのに、一般大衆路線を進むイケアやニトリは大幅に業績を伸ばしているという事実だ。もう一つは多分、日本社会の少子高齢化・人口減少による国内市場規模の縮小だろう。

つまりこのまま手を拱いていてはジリ貧に陥りかねない、という危機感だったのではないだろうか。

よく似た思いにとらわれる会社経営者は少なくない。いわば「青い鳥症候群」とでもいうのだろうか。新方式を採用してうまくいっている同業者の後追いをかなり遅れてしてしまうのだが、大抵は痛い目に遭うだけに終わる。グローバル規模やアジア規模の巨大で強力な先行企業がいる土俵に、特別のコストダウン・ノウハウもなくコストパフォーマンス競争を仕掛けようとするのであれば、極めて当然の結果といえるかも知れない。

もし大塚家具が本格的に「一般大衆路線」に切り替えるのであれば、独自に何らかのコストダウン手法もしくは大量販売システムを開発する必要がある。もしかすると我々が知らないだけで、久美子社長はそうしたものを構想し、既にめどを付けているのかも知れない。しかし万一そうではない場合、同社の前途は少なくとも当面、いばらの道とならざるを得ないのではと懸念される。よほど社員が奮起し、一丸となってがむしゃらに取り組む必要がある。

これは、同様の状況にある企業が真剣に考えるべきテーマだ。業績が伸び悩んでいる、もしくは明らかに悪化している状況において、直すべきはターゲット市場(where)なのか、それとも商品(what)やアプローチの仕方なのか(how)という問い掛けだ。もしかすると大塚家具が今最も必要なのは、路線転換ではなく高級路線の徹底であり、新富裕層への積極的・戦略的なアプローチなのかも知れないのだ。

つまり、ますます高齢者に富が集中し二極化する日本社会において、実は高級路線の市場は縮小どころか拡大する可能性が十分ある。子供が独立したのを機会に住みやすい住居環境にリフォームしようとする高齢者世帯が、より自分の嗜好に合った家具に囲まれて定年後の日々を送りたいと考えるのはむしろ自然だ。

あとは彼らにいつどうやってアプローチするのか、という部分に知恵を絞れば、おのずと選択肢は出てくる。大塚家具はこうした顧客層に対するアプローチ戦略を十分検討していなかった可能性が捨てきれない。

ここでは家具市場の場合を例にとってお話ししているが、他の市場でも考え方の基本は同じだ。「隣の芝生が青く」見えるからといって単純にそちらに引っ越そうと考える前に、「さて、我々の今いるこの市場に今後拡大する部分があるとすればどこなのか、そして我々はそれを十分取り込めているのだろうか」というごく当たり前の問い掛けをしてみるべきだということだ。

さて話は戻るが、今回の株主総会でのプロキシーファイトにおいて、金融機関などの大株主の多くは、先の路線転換のハードルの高さを理解した上で社長に賛同したというより、単に「勝ち馬に乗った」のではないかと言われている。

こうした安易な賛同者は、久美子社長が路線転換に手間取った途端に、手のひらを返すように「だから私はあの時『本当に大丈夫か』と聞いたんだ!」とか言い出して、それ以上のサポートをしてくれない懸念が拭え切れない。「前途はいばらの道」とは申し上げたが、久美子社長には何とかこの壁を乗り越えていただきたいものだ。

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