“大阪都構想”住民投票を決着させたもの/日沖 博道
INSIGHT NOW! / 2015年5月26日 19時8分
日沖 博道 / パスファインダーズ株式会社
"大阪都構想"に関する住民投票が5月17日に行われた。人口270万人の政令指定都市・大阪市を廃止して、東京23区をモデルにした特別区を設けるかどうかということだった。財源と権限を大阪府に集中することで、地域の活性化を図ろうという狙いだった。
我が国初の試みの問い掛けに、大阪市住民が判断を下した。結果は賛成69万票、反対70万票。僅か10,741票差で大阪都構想は否決された。
大阪市長兼「維新の会」最高顧問の橋本氏はこの結果の責任をとって政治家を引退するそうだ。多分、「ここまで言っても分からんのなら、もう知らん」といった感じなのだろうが、なかなか実際にできることではなく、やはり潔い行動だ。
報道で取沙汰されている政界未来予想図は脇に置いといて、この投票結果に関しては、住民の意思を読み解くべく、色々と分析・検証すべきだ。しかし正確に分かっているのは、全体で66.83%と投票率(つまり住民の関心)はかなり高かったことくらいで、その年代別・男女別ブレイクダウンは不明のままだ。
それとは別に、出口調査や事前の投票意向調査のグラフが幾つか出回っている。例えば
http://hbol.jp/40671/%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AA%E...
もしくは
http://twitter.com/setsu_may/status/59993329264584...
これらのグラフが示すのは、30代を中心とする若い世代は大阪都構想に肯定的で、70代以上は反対派が圧倒的に多いということだ。このグラフが正しいとすると、若い生産人口層は相対的に賛成が多かったけれど、高齢者の圧倒的反対により僅差で"大阪都構想"は否決されたということになる。
もし本当にそうなら、これは由々しき事態だ。
事実、そうした主張をする識者は少なくないようで、「大阪の行く末を託す住民投票だったのに、若者の意見より高齢者の意見が優先された」とか、「あとしばらくでこの世を去るような人達に地域の未来を決めさせるべきなのか」という意見がかなりあるそうだ。
大学生のわが娘も「同世代の意見」として似たようなことを述べていたが、これは社会的少数派として若干被害者意識に陥りつつある若者世代のホンネに近い嘆きだろう。
識者によっては、生活保護の受給率の高さと投票結果を結び付けようとする動きがあり、報道各社の事前の世論調査で女性の反対が多かったとのことから「橋本氏の慰安婦問題に関する発言が尾を引いている」との指摘もあった。しかし小生はいずれも無理のある議論だと考える。
こうした議論の厄介な点は、議論の前堤になっているグラフおよび調査に関し、各年代の母数が分からないことを含め、本当に正しいデータに基づいているのかという信頼性に疑問が残ることだ。
このグラフ通りなら、70代以上の総投票数割合が全体の3~4割を占めない限り"大阪都構想"は賛成多数になったはずなので、小生はこれらの世代別分布グラフの元となる調査結果の信ぴょう性自体に疑問を持っている。
そして同時に首をかしげている。一つには、今回の社会的ディベートは非常に非対称的だったためだ。
"大阪都構想"賛成派は、今後の大阪地域の再生のための一つのビジョンとして具体的な改革構想を提示しているのに対し、反対派はNoとしか言わず、大阪再生の代替案を示していない。「"大阪都構想"には反対だけど、もっといい手がある。それは…」というように対案を示すことができて、はじめて政治論争の場に登場する資格があるはずだ。それなしでただ単に反対するだけでは「大阪は今のままでいいんだ」と言っているようなものだ。
本当に今のままでいいのだろうか。バブル崩壊以降の大阪経済の地盤沈下と不振振りを見聞きする限り、決してそうは思えない。
個人的には、維新の会が掲げる新保守主義的な政策には全く賛成しかねるもの(特にカジノ法案)も含まれるが、少なくとも大阪都構想に関しては「大阪を何とかよくしたい」という思いが伝わってくる。
それに対し、反対派の地元政治家たちは「ふるさとがなくなってしまう」などといった情緒的なネガティブキャンペーンに血道を上げ、極めて非建設的な振る舞いに終始していた。維新の会をこれ以上調子づかせては敵わないという極めて政局的発想に基づいてか、自民党と共産党が反対集会で共闘するという異常事態まで生まれていた。
反対派の逆襲を盛り上げたのは、自分たちの肩書が府議会議員から区議会議員に格下げになってしまう(また、下手をすると落選するかも知れない)議員および政党関係者だけではない。クビになるかも知れない大阪市役所職員や、組合関係者といった人達は直接の利害関係者であり、当然ながら躍起になって反対運動を展開していたようだ。でもそれらの事情は大多数の大阪市民にとっては関係ない。
では「反対」に票を投じた市民はどんな理由に基づいたのだろう。利害関係者がチラシやHPで訴える反対の論拠はどうも根拠薄弱なのだが、そのどこが市民の多数派を肯かせたのだろう。この疑問が小生の首を傾げさせるのだ。
「今の仕組みの下でも、府と市が連携すれば2重行政は解消できる」というのが反対派の挙げる第一の理由だが、それがずっとできないままで来たから大阪は無駄づかいが多く、ここまで地盤沈下したのだ。
これは国鉄や電電公社が民営化を迫られた際に社内の多数派だった反対派が「国営のままでもよいサービスを提供することはできる」と強弁していたのとそっくりで、全く説得力はない。
また、二つ目の理由としては「特別区設置に伴う庁舎建設・システム改修などの初期コストが600億円以上掛かる」ということだが、毎年の経費削減が大きくて数年で元が取れるなら問題ない。
賛成派は毎年4,000億円の経費削減になるので初年度で軽く元が取れるといい、反対派は1億円しか経費削減にならないと主張していた。このギャップを埋めるべく、客観的・定量的な分析・検証が本当は必要だったはずだ。真実は多分、両者の極端な主張の中間にあると思われる。
反対派の主な理由の第三点は「特別区になると住民サービスが低下する」ということだが、要は大阪市から特別区になると権限も財源も低下するので、自動的に住民サービスが低下するということらしい。
http://blogos.com/article/111381/
この主張は一見、何となく頷けるところがあるのだが、「区だから権限・財源が小さくてサービス低下する」というのは論理的ではない。
区の対象となる地域範囲が狭くなり、住民数も少なくなるのだから、住民1人当たりの予算は本来大して変わらないはずだ。住民に近い行政単位である特別区が住民サービスをするようになることで、むしろ「きめ細やかなサービス提供が可能になる」という賛成派の主張のほうが筋が通っているように思える。
ちょっと視点を変えてみよう。東京府が昭和18年に特別区を抱える東京都になったことで区民に対する住民サービスは明らかに低下したのだろうか。今、東京都では区による住民サービスは都下にある主な市に比べ低レベルにあるのだろうか。いずれも小生にはそうは思えない。
つまり住民サービスを提供する主体が市であろうが、府の下にある特別区であろうが、大きな意味を持つ訳ではないと考えざるを得ない。結局、大阪市および大阪府がどれほど住民サービスに予算を投じようとするか、そしてその財源の当てがあるのか、この2点次第ということではないだろうか。前者は市長もしくは府知事の個々の政策方針と協調次第なので、やや賛成派に分があると思える。
後者、すなわち財源の問題はいかがだろう。実はこれが最大のイシューではないだろうか。
大阪市がなくなって大阪府が直接財源を握ることで、大阪の中心市街区で発生する税金のかなりの部分が大阪市外に流れてしまうのではないか、という懸念が反対派には大きいのではないかと思える。つまり「ワシらの稼ぎから生まれた税金を他の地域の奴らに使われてたまるか」ということだ。
実際、東京都の中心街で発生する膨大な税金の多くが東京都下もしくは東京以外にも使われているから、これは「大阪都」にとっても現実的な問題だ。セコい発想ではあるが、大阪人らしく損得勘定でいえば「損やがな」といった判断になろう。直接の利害関係者を除けば、実は多くの反対派市民にとってはこの財源問題が一番の反対理由だったのではないか。
賛成派が提示する、二重行政の解消による大阪全体の発展のためという「あるべき行政構造=理想論」×「ちゃんとやったら=可能性」の主張に対し、反対派の利害関係者が耳のそばで囁いた「街の先行きのことは知らんけど、すぐに間違いなく起こるのは、ただでさえ足らん財源がさらに減ることやないか」という「勘定論×確実性」を比較して考えてみたら、後者に軍配を上げた、というのが今回の「大阪の陣」の結果だったのではないだろうか。
これだと世論調査の結果が、賛成有利から、やや反対派有利に移っていった理由も肚落ちする。当初は大阪の将来を観念的に考えて賛成の気分が強かった大阪市民の一定割合が、色々な情報に接しているうちに段々と、「他人にワシらの税金を使われてしまうのは我慢ならん」という感情的なところに収束してしまったのではないだろうか。
でもそんなレベルで市民の多数派が地域改革の議論に断を下してしまったのだとしたら、大阪の未来はそんなに明るくないのかも知れない。
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