日本に文系学部が必要か?/純丘曜彰 教授博士
INSIGHT NOW! / 2015年6月14日 12時24分
純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学
日本に大学は782校(2014年度)。大小いろいろながら、全部で2374学部(2008年度)。法学・経済学系を除くいわゆる文系は、およそ700学部。正体不明のキラキラ学部や、心理学・教育学・社会学系も除くと、狭義の文系(文学・人文学・文化学・語学)はおよそ300学部。教員数(助教・助手を含む)は約2万3千名。これらが日本に必要か、という話。
いろいろ弁明すべきところもあるが、内情からすれば、文系大学人も、あまりに強欲すぎた。たとえば、日本シェイクスピア協会512名、日本ゲーテ協会350名、日本カント協会290名。文系300学部、平均教員総数77名(助教・助手を含む)の中に、かならず各1名以上のシェイクスピアとゲーテとカントの専門研究者がいる計算。場末観光地「レストラン」のカレー・ラーメン・キツネうどんのようなもの。どこでも似たり寄ったりの「駅弁大学」と揶揄されるゆえん。
いや、カレー・ラーメン・キツネうどんなみに、しぶしぶにしても、みなに受け入れられるものなら、それもいい。だが、二人親称にthouを使うような、日本の室町時代のシェイクスピア古典英語に、いまどきそれほど需要があるわけがない。ゲーテやカントも同様。そもそも教員にしたって、まして学生にしたって、世界中に汗牛充棟の論文が溢れかえっているシェイクスピアやゲーテ、カントの研究なんか、いまさら取り組みようもない。せいぜい新刊洋書の論評をあちこちから寄せ集めて、論文を数ばかりでっち上げ、学生には昨今の英国映画なんか見せているだけ。
なんでこんなにやる気のない専門分野の教員だらけになってしまっているか、というと、やる気があろうとなかろうと、とりあえず大手有力学会に入っていないと、若手はもちろん定年教授まで、大学での正社員ポストが得られないからだ。文系では、旧帝大を頂点とする学会閥の世襲天下りのシステムががっちりとできあがってしまっている。植民地の私立大学でシェイクスピア専門の老教授が亡くなると、そこに旧帝大から定年間際の教授が移り、旧帝大に地方駅弁大学の准教授を呼び戻し、旧帝大の助手を講師として地方駅弁大学に送り込む。とにかく同一分野の研究者を増やして、日本中の各大学の文学部の中に自分たちが支配管理しているポストの数を増やすことこそ、学会閥の勢力拡大の要諦。
簡単に言うと、文系にだけ、タチの悪い昔のインターナショナル的(大学横断的)な労働組合の仕組みが残ってしまっている。大学ごとのガバナンスを強化して特徴を出そうにも、だれも学長の言うことなんか聞きゃしない。学長にしたって、全国規模の学会閥と対立したら、文系人事が成り立たなくなってしまう。おまけに、こいつらが学内ポストの奪い合いで、相互に反対票を放り込み、教授会による「自治」まで麻痺させる。
だったら、潰してしまえ、となるのも当然。じつは90年代から、駅弁セットが凝縮された「教養部」(一・二年生の一般教養を担当)を解体し、専門各学部に左翼臭のある教員たちを分散異動したのだが、その残党が、名を変え、体を変え、若手を再結集して再肥大してしまってできているのが、いまの文系学部。先述のような古色蒼然とした外の有力出身学会閥への、ばらばらの遠心力が強すぎて、再解体しないと、個々の大学の自律自治も危うい。
とはいえ、どこぞのコピペ学位を濫発しているW大学のように、内部学閥の教員だらけになっても、上下関係に縛られて不正が隠匿され、ろくなことにならないのもまた事実。また、ほっておくと、少子化時代の安直な学生集めで、マンガだのなんだの、どうでもいい、わけのわからない雑学サブカルチャー(シロウトのただの情報収集は研究ではない)まで大学に取り込んで、貴重な研究資源を喰い散らかさせてしまう。語学にしたって、シェイクスピアは論外ながら、直接高次学習の機会は民間や留学を含めて大きく広がっており、もはや並の大学では、民業以下のただの「練習」で、「研究」の水準たりえまい。
文系、洋才翻訳輸入ではなく、本来の意味でのヒューマニズム(人間性)研究としての人文学が大学で必要がないわけがない。だが、現状のまま、屁理屈のみ で世間を煙に巻き、旧態依然たる文系学部の仲間内だけの人事利権を守ろうとするのが正義たりえないことも、真理学究の大学人なら、だれもがみなわかってい るはずだ。自分たち自身で正していく気概がなければ、外から力で潰されるだけだぞ。広き門は滅びの道だ。
昔と違って、いまや新幹線も高速道路もあるのだから、同分野の専門研究者は、各地方ごとに一人で十分だろう。必要に応じて同一教員が非常勤で掛け持ちするなり、学生が他大学で互換単位を修得するなりすればいいだけのこと。各町ごとに駅弁教員をつねにフルセットで揃えておく必要などあるまい。日本の国家的な学術戦略という意味で言えば、いかに多様な専門分野を世界水準でフルカバーしておくか、ということこそ重要であり、また、そのためにも、大学院段階から、ある程度、将来の常勤ポストの目途の立つ、全国的な分野分配をvisibleに提示しておくことが求められるだろう。
研究費よりなにより、職業としての研究者が成り立つためには、安定した地位と収入が保障された常勤ポストこそ、最大で最重要の研究資源。にもかかわらず、無駄な重複だらけ、喫緊の欠落だらけのポスト分配。個々の大学の自律自治は当然ながら、大学を越える総合的調整機関こそが早急に必要だ。具体的な個々の教員の採用と昇格の人事権を、学部や学科に丸投げせず、理事会が直接に握ってチェックすること。大学とアカデミズムの自律自治を外部から蝕む学会閥を排除し、旧来分野を大学間融通で適正教員数に抑え、それによってむしろ新規の分野にポストを開き、引き上げる先人のいない挑戦的な新分野の若手を各大学で分担して迎え育てる人事システムを作っていくこと。日本の大学が、そして、世界の大学が連携して知に総合的に挑む大学の理想と理念を忘れれば、大学が大学たりえないことを、大学人として、もう一度、しっかりと思い出そう。
(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門 は哲学、メディア文化論。著書に『夢見る幽霊:オバカオバケたちのドタバタ本格密室ミステリ』などがある。)
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