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売りつけたくない君へ(3)/提案がいつもずれるんです/伊藤 達夫

INSIGHT NOW! / 2015年8月5日 10時32分


        売りつけたくない君へ(3)/提案がいつもずれるんです/伊藤 達夫

伊藤 達夫 / THOUGHT&INSIGHT株式会社

 タイ料理を食べてから半月後。ミュージカルを見てから2ヵ月後。金曜の23時過ぎだったろうか。彼女から電話があった。

「せーんせー。もーいやですー。あたし死にたいですー。」

 彼女は酔っぱらっているのか、すすり泣きながら電話をかけてきた。別件でそれどころではなかったのだが、渋谷にいるというので、事務所を出て、井の頭線の道玄坂口に行く。マークシティーの階段に1人で座って泣いている彼女がいた。

「せーんせー。おーそいーでーすー。なーにやってんですかー。」

 彼女は酔っているのか、泣いているのにだいぶ強気だ・・・。夜中に人を呼び出して言うセリフか・・・。しかし、何があったんだろう。全然アポが取れないのかな・・・。

「どうしたの?」

「どうもしません。」

「そうか、じゃ、帰る。」

 帰ろうとすると、「置いてかないで下さいー。」と足にからみついてくる。子供かよ・・・。

「はいはい。で、どうしたの?」

「高級なものが食べたいです。高級なものを奢ってくれたら教えてあげます。」

 月曜の朝、プレゼンなんだが・・・。まだ、ブランクのチャートが5枚ぐらいあるんだが・・・。ここは大人しく奢って、こいつをとっととつぶして、タクシーに押し込んでから仕事をすればいいか・・・。

 「わかった。セルリアンのバーにでも行こう。」

 「え!セルリアンですか!バーですか!やったー。」

 やっぱりやめようかな、と思いながら相手にするのも面倒なので、とっととセルリアンに向かって歩き始めた。

「待ってくださいよー。」追ってくる彼女は少し元気になっているようだった。まあ、いいか・・・。

「で、何が問題なの?」

 出されたドライフルーツを口に運びながら聞いてみた。金曜の夜だったが、バーは空いていた。まあ、ホテルの上のバーで飲むなんてカルチャーは若者にはないよな・・・、と思いつつ。早く終わらんかな、と思いつつ。

 彼女はモヒートをストローでちゅーちゅーと吸っている。いや、ジュースみたいに飲むとつぶれるからやめたほうがいいのでは・・・。いや、今日は早めにつぶれてもらったほうがいいか・・・。

「もう、やってられないんです。」

「何が?」

「提案書づくりです。アポが取れたのはいいんですが、1日に3つもアポが取れると、提案書づくりが間に合いません。それで提案が甘くなって、全然契約にはならないし・・・。」

「提案を作ってから訪問しているの?」

「はい。うちの会社の基本方針です。ソリューション営業です。それがうちのノウハウの全てなんです!でも、作りきれないんです。時間がないんです。甘くなっちゃうんです。もうダメです・・・。」

「やめたら?」

「は?」

「やってられないなら、提案書を作るのをやめたら?」

「先生、バカにしないで下さい。真面目にやってくれないと怒りますよ。」

「いや、真面目だよ。やめればいいんだよ。」

「じゃあ、お客さんのところに行っても意味ないじゃないですか。アポを取った意味がないじゃないですか。」

「あるよ。」

彼女はこぶしを握って、目の前の机をたたきつけた。

「ありません!せんせーは私が酔っているからバカにしています。」

 威圧的だ・・・。思わず周りを見回す。ちょっと注目を集めている・・・。ここは静かなバーだ。やめて欲しいが、こいつにはそんな理屈は通じないか・・・。でも、これぐらい営業でも強気ならいいんだけどな・・・。彼女を刺激しないように冷静に言った。

「バカにしてないよ。」

 穏やかに言ってみたが、彼女は収まらない。

「私が聞きたいのは、私の提案書のどこがおかしいのかです。今日は提案書も持ってきました。見て下さい。いつもみたいに魔法みたいな解決策を教えてください。」

 彼女の声のボリュームは明らかに大きい・・・。そして、いつも魔法みたいな解決策は提示していないぞ。ごくごく普通のことを言っているだけだ・・・。しかし、彼女は自分の声の大きさなど全く気にせず、鞄から提案書を取り出した。

「これが私が今日、お客さんに出した提案書です。『違うんだよなー』って言われて終わりました。」

 少し声のボリュームが落ちた。『違うんだよなー』と言われたのが少しこたえているのだろうか・・・。

「だろうね。」

「見てくださいよ。」

「見る意味はない。」

 思わず反射的に言ってしまい、しまったと思う間もなく、彼女は激高した。

「ムキー。バカにしないで下さい。」

 『ムキー』ってお前のキャラはどうなっているんだ・・・。酔っぱらっているとはいえ、行く末が心配だ・・・。

「バカにしてないよ。」

「は!先生は私を酔わせて押し倒そうとしていますね!それで怒らせて、飲ませて、つぶそうとしているんですね。だから自分はオレンジジュースなんですね!」

「違うよ・・・。」

 面倒になって、窓から夜景を見た。まだ仕事中の人もいるのか、ビルには灯りがちらほらと見えていた。

 しかし、ここまで強固に間違った信念を持てるのも珍しい。『お客さんが必要であれば買う』という原則で考えて欲しいのだが・・・。それでアポも取れるようになったはずなのだが・・・。だから、提案の考え方もその延長で考えるのが自然なはずなのだが・・・。

 それなのに、なぜお客さんの欲しいポイントを決めつけて提案が書けるのかが知りたい・・・。しかし、まだこういったつながりはわかってくれないみたいだ・・・。

「先生、なんで外ばっかり見てるんですか。なんで教えてくれないんですか。うわああああーん。」

 なんと、彼女はホテルのバーで泣き出した。空いているにせよ、これは困る。注目の的だし、女子が泣く時の正しい対処はよくわからない。

「はいはい。泣かないの。本当にしょうがないやつだな・・・。」

 ハンカチで彼女の涙を拭いた。持ってきて良かったな・・・。特にメイクが濃いわけでもないので、パンダみたいにはなっていない。まあまあかわいい。だが、最高に面倒くさい。こんな面倒くさいやつを嫁にもらう男は本当に大変だろう。

「わかった。ちゃんと教えるから泣かないでくれ。」

「うー。本当ですか?」

 彼女はハンカチで鼻をかみながら言った。いや、そのハンカチは俺のだ・・・。まあ、仕方がない。彼女にあげよう。ハンカチで鼻をかみながらも、彼女はうらめしそうな目線だ・・・。いや、その目線はやめて欲しい・・・。本当に・・・。

「本当だよ。」

「じゃあ、提案書を見て下さい。」

「うーん。あのね、見なくてもわかるんだ。」

「え?」

「見なくてもわかる。この提案書じゃお客さんに刺さらない。」

「なんで見なくてもわかるんですかー。おかしいです!」

「おかしい?じゃあ聞くが、俺が君にプレゼントを買ってきたとしよう。」

「買ってきたんですか?」

「買ってないよ・・・。仮定の話だから黙って聞いていてくれるかな。」

「・・・。はーい。」

 一瞬の沈黙の後、彼女は鼻をすすりながら小学生のように手を挙げる・・・。なんだ、この挙動は・・・。

「でね、君が麦わら帽子が好きそうだなって勝手に俺が考えて、麦わら帽子を買ったら、君は麦わら帽子が嫌いだった。」

「好きですよー。」

「いや、あのね、仮定の話だから黙って聞いてくれるかな。」

「・・・。はーい。」

 一瞬の沈黙の後、再び手を挙げる。はー・・・。

「そういうことはありえるよね?」

「うーん。本当の私は麦わら帽子は好きですが、そういうことは確かにありえます。」

 ようやく素直に聞く体勢になったかな・・・。

「同じじゃないか?君の提案と俺のプレゼント。勝手に相手が欲しいものを決めているという点で同じじゃないか?」

「うーん。確かにそう言われてみればそうですね。でも、じゃあ、どうすればいいんですか?せっかくアポが取れても、お客さんが欲しいものがわからないと意味がないじゃないですか。今よりホームページを一生懸命見て調べるなんて無理ですよ。」

「聞けばいいんだよ。」

「はい?」

「聞けばいい。お客さんに何が欲しいか、何が必要かを聞けばいいんだ。聞いた上で、提案を作る。今まで全く契約が取れていない君を何年も置いておける会社だから、1回目はヒアリングに徹しても大丈夫だ。必要なことをお伺いした上で、次の回で提案をすればいい。そうすれば、提案はほぼ外れない。」

「じゃあ、1回目は何が必要なのか、ずっと聞くんですか?」

「そう。でも、聞くのは『何が必要なのか』じゃない。」

「へ?」

「何に困っているか?もしくは何を期待して商品に興味をもってくれたか?そこから提案に関わることを聞き出していけばいいんだ。困っている具体的状況や期待している具体的な効果に関して聞き出せるのがベストだ。少し難しいけどね。」

「うーん。じゃあ、提案書を作るよりは、そういう提案を作るための質問項目を作って行けばいいってことですか?」

「ああ、そうだ。わかってるじゃん。」

 物分りがいい。いつもこうだと助かるんだが・・・。

「提案にお伺いしますって言ってアポが取れたのに提案を作って行かなくて大丈夫なんですかね?心配です。」

「それは、ダメなこともある。ただ、提案の概要というか基本的なことはさらっと説明したうえで、『これより詳細なご提案は御社の状況をお伺いさせていただいてからのほうが、よろしいと思いますので、いくつかお伺いさせていただいてもよろしいでしょうか?』とか言えばいい。それで『ダメだ』とは普通は言わない。」

「そんなもんですか。」

「そう。そんなもんだよ。それで、うまくなってきたら、ヒアリングを終えて、お客さんの状況にあわせて、このプランがいいと思いますという提示の仕方をしてもいい。提案書なんてなくてもいいんだ。」

「えー。そんなわけないですよ。提案営業の時代なんですよ、提案書がなくて契約できるわけがないじゃないですか。」

「いや、できる。提案書はあってもなくてもいいんだ。もしも、お客さんが必要なものを自分の判断で買うとしたら、お客さんから状況をしっかり聞いて差し上げた上で、お客さんが必要なものを提示できれば、お客さんは買ってくれる。完全にお客さんが必要なものを提示できないこともあるから、どれぐらいお客さんが必要とするものに近いものが提示できるかが問題になることもあるけど。」

「でも、それって信じられません。コンサルティング営業とか、ソリューション営業って言うじゃないですか。提案が大事なんだと思うんです。コンサルティングの会社もそうなんじゃないですか?」

「提案は大事だけどさ。提案書は必ずしも要らない。いわゆる戦略ファームと言われるようなコンサルティングの会社は、経営戦略の検討プロジェクト自体を売っている。提案の時に提示するのは『背景と目的』、『検討項目』、『検討の進め方』『検討のためのフレームワーク』ぐらいだ。実際の検討が終わった後、本当の提案が書かれたペーパーが出るが、事前に出る検討の提案と、その会社向けの本当の提案は違う。お金も貰わずにコンサルティングの会社が提案なんてするわけがない。」

「そうなんですか!」

「そうだよ。ビジネスモデルが違うから、コンサルティングの会社と同じことをすればいいわけじゃないけどね。大事なことは、コンサルティング営業とか、提案営業の意味合いだよ。それは、自分の商品がお客さんの問題を解決するならばお客さんは買う、ということだ。これを指して提案営業と言うと思っておいたほうがいい。そうすると、お客さんの問題を正確に知らないといけない。ホームページを適当に見ただけで、お客さんの問題が分かるとでも思うの?」

「確かに、そうです・・・。」

「お客さんに聞きもせずにいろいろわかると思う方が傲慢だと思うよ。お客さんも営業マンも正しい問題を解決したいのだとすれば、お客さんは正しい情報を提供するのは当たり前だろう?」

「はい・・・。」

「ホームページ見ただけで提案をするんじゃなくて、お客さんから正しい情報を聞いたうえで提案したほうが、いい提案ができるだろう?」

「はい・・・。」

「そうだったら、聞くんだよ。お客さんのほうも、仕事だし、あなたも仕事だ。お互いのメリットに向けて一緒に真剣になるとすれば、ヒアリングには付き合ってくれる。」

「でも、お客さんは二回も時間を取って頂けるんですかね?」

「もしも、お客さんが真剣にその問題を解決したいとしたらどうなるか?と考えればいいよ。そうするとお客さんはどう行動する?君に、『お伺いした内容を踏まえたご提案をお持ちしたいので、また来週、お時間頂いてもよろしいでしょうか?』って言われたら?」

「またアポがとれるんですね・・・。でも、大変です。」

「大変?」

「はい、二回もお伺いしないといけないんですよね。大変じゃないですか。」

「君が大変かどうかは問題じゃないよ。会社として、営業マンが2回訪問しても利益が出るなら別にいいんだ。契約ができればいい。君が2回訪問するのは必要経費だ。」

「・・・。」

 彼女は黙っていた。時計は1時を回っている。窓から見えるビルはまだいくつか灯りがともっていた。俺も仕事がしたい。

「先生、ちょっと冷静に考えてもいいですか?」

「ああ、いいよ。俺は帰るから。」

「はい?」

「帰るんだよ。事務所で仕事をするんだよ。土日は仕事をしたくないんだ。あと資料を5枚作れば終わりだ。作ってとっとと寝る。」

「私を置いていくんですかー。」

 彼女はまた涙目になってきている・・・。

「ああ、置いていく。一人のほうが冷静になれるだろう。ここのお金は払っておくから、タクシーで帰れ。」

 そういってタクシー券を渡した。こんなことに使うために持っているんじゃないけどな・・。まあ、しょうがない。

「頑張れよ。」

 そう言って、振り返らずにバーを出た。振り返ると面倒くさそうなので・・・。セルリアンを後にしてオフィスに向かう。本当に面倒くさい女だな・・・。本当に面倒臭い・・・。しんどい・・・。

 でも、営業としては相当なものになりそうな気がしてきた。あの粘り、強引さ、憎めない感じ、教育しにくい要素は自分で持っている。あとは、正しいやり方をわかってもらうだけだ。が、夜中に呼び出してくれるのはやめて欲しい。ビジネスのプライオリティが高い人間にはありがちではあるのだが・・・。


解説:


 さて、いかがでしたでしょうか。提案書をいきなりもっていって、提案する。こういった行動をとっている営業マンは多数います。粗利から考えて、いきなり商品の提案をせざるを得ない場合もありますが、そうであれば提案書をわざわざ作る必要があるケースはほとんどないでしょう。カタログがあるならそれだけを持って話をすればいいだけです。

 残業手当もつけず、深夜まで節電で電気もついていないエアコンも効いていないオフィスで提案書を作らせ続けるのは、ただのハラスメントです。

 ヒアリングするだけの営業工数がかけられるなら、ヒアリングをすればいいのです。そして、大きな提案ができそうなら、持ち帰って提案を作りこめばいいのです。お客さんが必要なものを買うのであれば、お客さんが必要な物は何か?を知らなくてはならない。そして、お客さんはその商品を必要としているなら、正確な情報を教えてもいいと思っている。これは前提としてもいいでしょう。

 確かに怪しいと思われている場合は、それほど情報を教えてくれないケースも考えられますが、そういった事態が頻発するなら、怪しさを乗り越える工夫は常になくてはなりません。

 しかし、普通に信用がある会社でアポが取れたということは、興味はあるということです。興味があるならば、必要なものがあるはずです。買いたいという前提で、情報開示を求めても、別に怒られはしませんし、日本の企業であれば、たいていは聞けばいろいろと教えてくれます。


・お客さんは必要なものを買う。

・必要なものを買うお客さんに売るためには、お客さんが必要な物が何かを正確に知らなくてはならない。

・お客さんが必要な物が何かを知るには、お客さんが何に困っているのか?商品に何を期待するのか?を聞けばいい。

・営業工数をかけることが許されるなら、再度アポを取って一度持ち帰ってもいい。それでお客さんがもう会わないと言ったりするケースは稀である。

・真剣に何かしらの問題の解決をしたくて、営業マンが提供する商品がそれを満たす可能性があると思っているならば、営業マンに情報を開示する、提案の時間を与えるのは当たり前である。


 ここまでの理解があると、ヒアリングをするのも、怖くなくなります。ヒアリングをするのが怖い、聞くのが怖いという営業マンもいます。もう一度アポを取らせてもらえるのか不安に思う営業マンもいます。

 でも、お客さんが真剣にビジネスをしていて、真剣に検討したいと思っているなら、持ち帰ってより良い提案を営業マンが作ってくるなら、お客さんにもメリットがあるはずです。この前提でヒアリングをして、提案を作ってみましょう。決して恐れることはありません。お客さんの事情を聞くのは、迷惑ではなく、お客さんのためになることなのです。


 商品の概要を説明した上で、お客さんにお伺いすることは、例えばですが、


・なぜ、この商品に興味を持ったのか?

・この商品に期待する効果は何か?

・この効果が実現されることで、解決されることは何か?

・購入するとすればどれぐらいの量なのか?

・予算はどれぐらいなのか?

 これぐらいは最低限抑える必要がありますので、ヒアリングをさせていただいて、よりよい提案をさせてもらいましょう。

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