負荷 ~負荷が人を鍛える/村山 昇
INSIGHT NOW! / 2015年8月18日 14時8分
村山 昇 / キャリア・ポートレート コンサルティング
〈じっと考えてみよう〉
宇宙飛行士は、宇宙ステーションや宇宙船で何カ月間も滞在すると、その間に筋力が衰えたり、骨が弱くなったりする。地上に帰ってきたときには、うまく歩けない状態だという。さて、それはなぜだろう?
宇宙飛行士が宇宙滞在中に筋力が衰えたり、骨が弱くなったりすることは、テレビ番組などでも報じられているので、この現象はみなもよく知っているのではないでしょうか。そしてその原因はなんでしょう───そう、重力がない空間にずっといるからです。
地上にいるわたしたちにはつねに重力がかかっている。そのため、肉体はひとときも休まず重力と戦っています。あなたがいまそうして座っているのも、本を手に持っているのも、顔を上げているのも、あなたの筋肉と骨が重力にさからってがんばってくれているのです。重力という負荷があるから筋肉や骨は鍛えられ、その強さが維持される。
ところが無重力の場所では、体は宙にふわふわと浮く状態で、筋肉や骨に負荷がかからない。そんな状態を何カ月間も続けていると、とうぜん、筋肉や骨が弱ってくる。だから宇宙飛行士は、船のなかで筋肉トレーニングをしきりにやって体を鍛えているわけです。
ところで、水のなかで泳ぐクラゲは優雅に舞っているように見えます。水中では浮力がはたらき重力を小さくしてしまうので、無重力に似た状態になるのです。ですからあのようにふわふわと舞うことができる。けれど、クラゲをひとたび陸にあげてしまうとどうなるでしょう。重力によって体がぺたんとつぶれてしまい、どうとも動けなくなる。その姿はなんともかっこうがわるい。宇宙飛行士は地上に帰ってきたとき、クラゲになりたくないのです。そのために、あえて筋肉と骨に負荷を与えていると言ってもよいでしょう
さて、これと同じことは精神的なことにも言えます。つまり、精神的な負荷はわたしたちの心をじょうぶにするということです。
わたしたちはふだんの生活でなんの苦労も挑戦も役割もなければ、精神的にはとてもラクな状態かもしれない。しかしそれは、精神的になんの負荷もない無重力のなかでふわふわ浮いている状態で、それが長くつづくと精神は弱くなる。人間はやはり、問題や悩みを乗り越えようとする、つらいことに耐える、難しいことに取り組む、人のためになにか役割をになっていくなどのことで、心が強くなる。ふんばる根性がつく。他人の悲しみがわかるようになる。ですから、問題解決に向けて苦労することや挑戦することは、いわば、心を鍛えるトレーニングのようなものなのです。そのために、むかしの人は「若いうちの苦労は買ってでもせよ」とよく言った。
図を一つ描いてみましよう。あなたは生きていくうえで、つねに坂に立っていると考えてください。坂の傾斜角度はあなたが直面する問題や挑戦の大きさです。直面する問題や挑戦が大きければ坂はきつい角度になるし、小さければゆるやかな角度になる。
とうぜん、坂に立つあなたには下向きの力がかかる。問題解決や挑戦にともなう困難や危険、わずらわしさ、こわがる心、逃げたい気持ちといったものです。それに対し、あなたは苦労や挑戦を乗り越えていこうという上向きの力をわかすこともできる。
坂を上っていくのはしんどい。けど、鍛えられ、成長できることはわかっている。他方、下るほうはラクです。そして問題や挑戦を避けていった末に自分がどうなってしまうのか、それもわかっている。坂に立ち、あなたは心のなかで、がんばって上にいこうか、それとも、下にころがるにまかせるか、この二つの気持ちの綱引きをやることになる。───さて、どちらを選ぶかです。その選択は、言い換えると、自分の心を鍛えられたアスリートの筋肉のように強いものにしたいか、それとも、陸にあがったクラゲのように弱々しいものにしてもいいのか、という問いでもある。
[文:村山昇|イラスト:サカイシヤスシ]
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