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扇風機とトースター、“変わるはずのないもの”に脚光を浴びさせたバルミューダが提示したこと/神原 サリー

INSIGHT NOW! / 2015年8月21日 18時42分


        扇風機とトースター、“変わるはずのないもの”に脚光を浴びさせたバルミューダが提示したこと/神原 サリー

神原 サリー / 株式会社神原サリー事務所

■“いい体験”を届けたい~毎朝食べるパンをもっとおいしく


 バルミューダといえば、2003年に東京でバルミューダデザインを設立したベンチャー企業。2010年に初代の扇風機「GreenFan」を発売後は、空気清浄機「エアエンジン」、加湿器「Rain」、暖房機「スマートヒーター」などの空調家電で知られる。そんなバルミューダがどうしてキッチン家電に参入したのか。

 同社の代表の寺尾玄氏は、常々「機能や性能よりも、気持ちよさや心地よさなど、数値で測ることのできないものが大切。“いい体験”をしてもらいための裏付けとして、素晴らしい機能がある」ということを言い続けている。食べるというのは五感をフル活用すること、だからこれまで以上に“いい体験”を届けられるに違いないというのが、調理家電へと向かわせたきっかけだという。

 今回の「バルミューダ・ザ・トースター」は、毎朝食べるパンがもっとおいしくなるためのトースターという着想で作られている。トーストしても耳までおいしい食パンや、オーブンから取り出したばかりの焼き立てのクロワッサンやバターロールが再現できるトースターがあったなら、きっといい1日が始まるはずだと。

 そのための熱意は並ではなかった。1年以上の開発期間を経て、小さじ1杯の水による須スチームと、パンの種類によって制御を変えた完璧な温度コントロールによって、究極のトーストや焼き立てパンの再現を可能にしたのだ。

 専用ヒーターによって温められたスチームが庫内に充満し、パンの表面は水の薄い膜で覆われる。その後、パンの表面だけが軽く焼けて、水分を閉じ込める。パンのための4つのモードでは、パンの種類によって、やわらかさと風味を蘇させる60度、きつね色に色づき始める160度、焦げ始める220度という3つの温度帯を絶妙にコントロールして仕上げる。

 誰もが一度食べれば納得する焼き上がり。これまでの平均売価の10倍という高価格であってもパン好きにとって“欲しくてならない”と思わせる魅力がこのトースターにはあるのだ。


■“高級扇風機”市場を作ったバルミューダ

ここで思い出されるのが、バルミューダの飛躍のきっかけとなった扇風機のことだ。

 100年以上も前から私たちの生活になじみ、一家に1台はあったはずの扇風機も平成以降は「エアコンがあるからいらない」という声まで聞かれるようになり、扇風機はホームセンターや家電量販店の片隅に安価で売られているものというイメージが定着していった。

 そうした中で、バルミューダの代表・寺尾玄氏は、「エアコンの冷気が嫌いな人もいる。自然界にある風のように、心地よい風を届ける扇風機を作りたい」という信念のもと、不快さを感じさせない当たり続けられる風を実現させた扇風機を生み出したのだ。

 渦を巻いて不快に感じさせる一般の扇風機の風と異なり、2重構造のファンによって風を1点に集中させ、空気のかたまりと渦を消滅させてから拡散させる“面の風”を編み出し、DCモーターによって羽根の回転数を自在に調節させ、静穏性も高めた。ただし、その価格は3万5000円という高価格に。それでも、シンプルで美しいそのデザインも含め、体感して分かる心地よさから確実にファンを増やしていった。

 その前年秋にダイソンから羽根のない扇風機が発表されたことや、2011年春に起きた震災による節電意識の高まりの中で扇風機が見直されたこともあり、わずか2000円~3000円程度だった従来の価格からは10倍以上という“高級扇風機”という市場が確立されていったのだ。

 扇風機もトースターも、すでに長い間この世の中に存在し、その立ち位置を確立されていたものだ。羽根を回して風が来ればいい、あとは強弱とタイマー機能…その程度だった扇風機に着目。「風の質」という新たな概念を呼び起こし、脚光を浴びさせたあのストーリーが、今回のトースターでも見事に再現されている。


■数々のエピソードが共感を呼ぶ

 もう変わることのないと思われていたものに再び着目をし、揺るぎない信念で開発に情熱を捧げ、付加価値をつけて“高級扇風機”“高級トースター”という新ジャンルを作り上げたバルミューダ。今までにないものをゼロから創造しなくても、当たり前のものを見直すという手法は、家電に限らずともものづくりに生かせるのではないだろうか。

 未知なるものでないだけに、そこに新しい価値が付加されたときのインパクトは大きく、生活者のワクワク感は否応にも高まる。

 最後に、バルミューダがこれまで記者発表会などで提示してきた数々のエピソードや流通へのチャレンジにも触れておきたい。

 1つは、2014年4月に同社の扇風機の5代目モデルとなる「GreenFan Japan」の発表会時に代表の寺尾氏が行なったファイナル宣言だ。日本の家電製品は半年から1年でモデルチェンジをするのが普通だが、代表の寺尾氏は「扇風機のことを誰よりもよく考え、わかっている私自身が本当にいい扇風機だと自信を持っていえる扇風機だから、『GreenFan Japan』はいい扇風機のスタンダード。だから、モデルチェンジせずに同じ価格で5年、10年売っていきたい」と言い切ったのだ。発表会での熱い思いがこもったプレゼンに、最初は静まり返り、やがてざわつき、その後会場が拍手で包まれたことが記憶に残っている。


 今回のトースターでは、おいしいパンの感動の原点は寺尾氏が17歳のときに放浪の旅に出た際に、スペインのロンダの町外れで食べた1個のパンだったこと、トースターにスチーム機能を持たせた理由は、社員の親睦を深めようと企画されたバーベキュー大会の日に雨に降られ、それでも決行したバーベキュー時に焼いた食パンのおいしさに気づいたから…などの数々のエピソードが披露された。

 単なる開発ストーリーとも異なる、聴く人を魅了するエピソード。自分の何かとシンクロし、共感を呼び、心を満たす力。ユニークで真摯なものづくりに加え、それを伝えるコミュニケーション力の高さも顧客獲得の大きな要因に違いない。

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