ものごとの両面性 ~雨=悪い天気?/村山 昇
INSIGHT NOW! / 2015年8月31日 7時50分
村山 昇 / キャリア・ポートレート コンサルティング
〈じっと考えてみよう〉
ある夏の朝、それぞれの場所で空を見つめる2人がいました。
【智(さとし)の朝】
智は朝5時にはもう目覚めていた。きょうは何カ月も前から楽しみにしていた家族旅行の日です。飛行機に乗って遠くまで行き、山や川で遊ぶ計画です。ところが、天気予報によると、大きな低気圧が近づいていて、全国的に数日間雨が続くという。智は窓を開け、灰色の雲がおおう空をうらめしそうに見上げた。「あぁ、ここ最近ずっと晴れが続いていたのに、よりによって、なんできょうから雨なんだよー」。窓に吊していた“てるてる坊主”が無表情に揺れていた。
【米農家の斉藤さんの朝】
朝5時、米を作っている斉藤さんは祈るような気持ちで灰色の空を見上げた───「ようやく降ってくれそうかな」。この夏は雨がほとんど降らず、水不足で稲の生育がよくありません。田んぼは干し上がってしまいそうな状況です。米の栽培は年1回。稲を死なせてしまえば、農家は来年までやることがなくなり、もちろん収入もなくなります。農家にとっては大打撃です。斉藤さんは天に向かって2回手をたたき、手のひらを合わせた。
□わたしたちはよく、雨が降りそうになると、「天気が悪くなる」と言います。
はたして、「雨=悪いこと」なのでしょうか?
右の二人の朝を読んで考えてみましょう。
□「物が腐る」ことは悪いことでしょうか?
一つのものごとは、けっして一つの解釈ではとらえられません。立場や観点を変えれば、ちがった見え方をしてくるものです。ある一つのものごとが、立場や観点を変えることによって「良い/悪い」のようにまるっきり正反対のものに見えることを、そのものごとには「両面性」があるといいます。今回の設問のように、「雨が降る」ことにも両面性がある。
智にとって、これから降りそうな雨はうらめしい。智だけでなく、ふつうの人たちにとっても、雨はなにかと不便や不快をもたらすので歓迎すべきものではありません。できればいつもさわやかに晴れればいいなと思います。晴れは良であり、雨は悪なのです。だから「天気が良くなる=晴れてくる」となり、「天気が悪くなる=雨になる」と口にするのでしょう。
しかし、農家の斉藤さんにとって、きょうから降り出しそうな雨は恵みの雨です。このまま雨が降らなければ農作物は枯れてしまう。雨こそ良であり、晴れは悪となる。このように同じ空を見上げて、一方は悲しみ、一方は喜ぶ。雨が降ることにはそういった両面性があるのです。
では、設問のもう一つ、「物が腐る」ことを考えてみましょう。食べ物を放置しておくと、やがて腐りはじめる。強いにおいを放ち、それを食べようものなら、下痢を起こしたり、ひどい病気にかかったりする危険があります。だから、たいていの場合、「物が腐る=悪いこと」となる。しかし、これは一面からのとらえ方にすぎません。では、別の一面とはなんでしょう……?
食べ物が腐るとは、化学の授業でも習いますが、微生物が食べ物に付着してその成分を変化させる現象です。その現象に人間は2つの呼び名を与えました───そう、「腐敗」と「発酵」です。
人がふだん食べている味噌やしょうゆ、納豆、チーズ、ヨーグルト、お酒などは、発酵によってつくられます。これらは現象的には、腐敗によってつくられたといってもまちがいではないのです。発酵は食品づくりだけでなく、薬の開発にも幅広く利用されていて、人間社会に大きな貢献をしています。
このことからわかるように、物が腐ることには両面性がある。物が〈人間に益をもたらすように〉腐る場合、それは発酵と呼ばれ、良いこととしてとらえられる。逆に、物が〈人間に害を与えるように〉腐る場合、それは腐敗と呼ばれ、悪いこととしてとらえられる。
発酵にせよ、腐敗にせよ、それは人間が益になるか害になるかの観点でとらえたにすぎません。微生物の立場になってみれば、彼らはただ、生きるために懸命に物を食べているだけなのですね。それがたまたま化学的に物質を分解し、合成する現象を起こしている。そこには良いも悪いもありません。
ほかにもたとえば、空には太陽が照っています。太陽の光は一面では、動植物にとって欠かせない「生」を育む力になります。けれど同時に、太陽光のなかの紫外線には殺菌作用があり、「死」を与える力を持っています。そのように、動植物の立場から見れば、太陽の光は自分たちを「生かす/死なせる」両面の力があるわけですが、太陽自体はただ膨大に燃えているだけです。そこには生かすも死なせるもない。
わたしたちは知らず知らずのうちに、ものごとをとらえる視点が固まったり、かたよったりしてくる傾向性があります。いわゆる「固定観念にとらわれる」「偏見が強くなる」といった状態です。ものごとをある一面だけからながめて、こうだと決めつけるのは簡単なことです。あるものごとに接したとき、もっと違ったながめ方もあるのではないかと考えてみる。場合によっては、良い悪いを度外視して、ものごとを超越的にながめてみる。そんな習慣を身につけることはとても大切です。世の中の奥行きがぐんと広がって見えるとともに、自分の頭のなかの奥行きもぐんと広がるでしょう。
〈発展問題〉
ものごとを両面性でながめる訓練を下の問いでやってみよう。
【問1】
欲が強いことは、悪いことだろうか? それとも良いことだろうか?
欲が強いために、人間がマイナス面におちいることを考えてみよう。
欲が強いために、人間がプラス面に押し上げられることを考えてみよう。
【問2】
ある南の小さな島は、サンゴがきれいな海を持つ。島は農業、漁業以外に特別な産業がなく、財政は豊かではない。そこで島は観光地としてお金を稼ごうと、海を埋め立てて空港を造る計画を立てている。大型旅客機が乗り入れるようになれば、大勢の観光客が来てくれるからだ。さて、自慢のサンゴの海を埋め立てて空港を建設することは、島の「開発」だろうか? それとも、島の「破壊」だろうか?
【問3】
アメリカでは一般市民が銃(ピストルやライフル)を買い、保持することが許されている。銃を「人を殺す道具」にして事件を起こす人間がいるので、「身を守るための道具」として銃が必要だと彼らは考える。さて、銃は「人を殺す道具」だろうか? それとも、「身を守るための道具」だろうか? さらに、銃がこれらどちらの道具にせよ、銃を世の中からなくすために市民ができることはなんだろう?
[文:村山昇|イラスト:サカイシヤスシ]
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