誰のための高校入試改革!?文部科学省VS大阪府/中土井 鉄信
INSIGHT NOW! / 2015年9月3日 11時16分
中土井 鉄信 / 合資会社 マネジメント・ブレイン・アソシエイツ
成績が悪くて「通知表(通信簿)」を親に見せられなかった、
そんな思い出がある人は多いでしょうね。
横浜の下町で育った私も
そんな腕白坊主の一人でした(笑)。
「1」の成績が7%、
「2」が24%、
「3」が38%、
「4」が24%、
「5」が7%
「相対評価」におけるおおまかな振り分けの比率です。
戦前には「甲、乙、丙、丁」の4段階評価、国民学校では「優、良、可」がつけられ、当時は「絶対評価」が主流でした。教師が絶対的な存在でなくなった戦後の日本では、部分的な修正を入れられながらも「相対評価」で通知表が付けられてきました。
35歳以上の人なら、ほとんどが「相対評価」で成績をつけられていたはずです。
それが、現在へと続く「絶対評価」に切り替わったのは、2002年度の学習指導要領の改訂からでした。
絶対評価は、生徒本人の達成度で評価しようとするもので、相対評価は、集団の中での位置を評価の基準とします。
●最後まで残った大阪府の内申点「相対評価」
都道府県により入試制度に違いはありますが、日本ではどの公立高校も中学校での内申点と入試当日の点数によって基本、合否が決まります。
2002年度から学校の成績が「絶対評価」に変わり始めたことで、公立高校入試にも変化が生じました。
2002年度以降、文部科学省からの通知もあって高校入試の内申点も「絶対評価」が選抜資料に使われるようになっていったのです。
2006年度までに、大阪府を除く46都道府県で「相対評価」から「絶対評価」に切り替えられました。
たった一つ残った大阪府でも、現在の中3生が受験する2016年度の公立高校入試から「絶対評価」へ切り替わることが決定しています。
大阪府が、他の都道府県と足並みをそろえた格好ですが、が、しかし、大阪は他の都道府県にはみられないユニーク(!?)な仕組みを「絶対評価」に取り入れました。
「全国学力テスト」の内申点への活用です。
「絶対評価」は、教師の主観に左右されやすく、どうしても高い評価をつけてしまう傾向があるものです。また、中学校間の学力差の違いで、有利・不利が生じてきます。
大阪府ではこうした不公平を是正できるよう、全国学力テストを活用することを決めたのです。
中3生の内申点をつけるときの基準に、全国学力テストでの校内平均点を反映させるもので、これにより、校内平均点が高い学校では、生徒の内申点も高くできるようになり、一方、低い学校では内申点が抑えられるようにして、学校間の学力差を補正しようとしたのです。
これに懸念を示したのが文部科学省でした(2016年度入試は混乱を避けるため容認)。
全国学力テストを進める文部科学省が、なぜ大阪府の入試での活用に「待った!」をかけたか。
その理由を知るには全国学力テストの歴史を遡らなくてはなりません。
●過度の競争、序列化を生む危険を孕んだ全国学力テスト
全国学力テストは、全国的な学力把握などのために2007年からスタートしたもので、小学6年と中学3年生を対象にテストを実施し、8月末に都道府県別の調査結果を公表するのが通例となっています。
都道府県別の調査結果が公表されると、どの都道府県が1位だったとか、どの都道府県が最下位だったとかがニュースになるのはご存知でしょう。
ここ数年は、「秋田」「福井」「石川」」などが、上位の定番になっています。
もし、この全国学力調査が1980年代に文部省(現:文科省)が導入を言いだしたら、教育界を二分した激しい論争になっていたことでしょう。
と言うのも、1961年から1964年まで4年間実施された旧全国学力テストをめぐっては文部省と日教組の間で激しい対決が行われた歴史があるためです。
浦岸英雄氏の論文『全国学力テストはなぜ実施されたのか』によれば「家宅捜査160箇所、任意出頭2000人、逮捕61人、起訴15人、懲戒免職20人、停職63人、減給5252 人、戒告1189人に及ぶ刑事処分と行政処分が行われ、その後おおよそ20年にわたる裁判闘争」へ繋がる闘いがあったのです。
この旧全国学力テストをめぐっては司法の場でも争われ、最高裁大法廷判決で、
「中学校内の各クラス間、各中学校間、更には市町村又は都道府県間における試験成績の比較が行われ、それがはねかえってこれらのものの間の成績競争の風潮を生み、教育上必ずしも好ましくない状況をもたらし、また、教師の真に自由で創造的な教育活動を畏縮させるおそれが絶無であるとはいえず、教育政策上はたして適当な措置であるかどうかについては問題がありう」るとされました。
最高裁は、旧全国学力テストの存在や意義は認めつつも、「成績競争の風潮を生」むものとして、その実施・運用に警鐘をならしたわけです。
実際、1960年代には、本来学ぶべき授業に代わって旧全国学力テストで高得点をとるための授業が行われ、また学力が低い子どもには試験当日に欠席を強いるなど、学校や都道府県単位で上位へ入るための不正行為があったことが報告されています。
国も、この最高裁による司法判断を重いものとして受け止めないわけにはいきません。
1964年以降、2007年まで全国学力調査が実施されなかった要因の一つがここにあります。
●入試とリンクさせれば、大阪府の順位UP!?
私は、学力を測定することと、それを全国一律で実施して、序列を行うことは意味が違うと思っています。その意味で、全国学力調査に1年間で30億円から60億円もの税金が投入されるのは無駄だと思います。それよりは、教員のスキル向上や研修にもっと真剣に取り組むべきだし、その方が日本の教育には効果的だと思います。
ただ、そうした私のような「全国学力テスト無用論」を棚上げしても、今回の大阪府の全国学力テストの活用に違和感を感じざるを得ません。
文部科学省は、旧全国学力テストでの批判の再燃を恐れているのでしょう。高校入試に全国学力テストを活用することは、全国学力テストの本来の意味である学力の測定を逸脱し、過度の競争をあおる選抜試験の一つにしてしまいます。
その意味で文部科学省の大阪府への懸念は、私にとっても首肯できるものです。
だが、私が、違和感を感じたのには、文部科学省とは違ったもう一つの理由があります。
大阪府が、高校入試と全国学力テストをリンクさせた背景には、全国学力調査の全国順位を上げたいという思惑があるかもしれないからです。大阪府は、これまで全国学力調査で全国平均を下回ってきました。はっきり言うと、順位がかなり低かったのです。
この順位の低さの批判を浴びるのは知事でり、教育委員会であり、また、現場レベルでは各校長先生であったりしたでしょう。
もし、入試とリンクさせれば、中3生と先生方の全国学力テストへのモチベーションは格段に向上するはずです。
●誰のための大阪府の高校入試改革か!?
2015年全国学力テストの結果が、8月25日に発表されました。
予想通り、大阪府は、中3生の成績が大幅にアップしました。
中学数学の順位は、基礎力を問うA問題が昨年の42位から21位、応用力をみるB問題は40位から20位に大幅に上がっています
日本経済新聞(8月26日電子版)によれば『府教委は「授業で過去問を使うといった対策の成果が出た」』と語ったそうです。また、『内申点評価に活用する方針がテスト結果に影響したかどうかについては「明確に分からない」と述べるにとどめた』と言います。
一方、読売新聞(8月27日社説)によれば『松井一郎知事は「内申点への反映が決まり、生徒が本気で取り組んだ結果だ」と述べ、入試利用が好結果につながったとの見方を示した』そうです。
入試に直結したテストとなったことが、都道府県順位アップの引き金になったことは確かでしょう。だいたい学校別の平均点により、内申点が左右されるのです。連帯責任のようなもので、それぞれの中学校の先生が、この全国学力テストをがんばらないわけがありません。
読者の中には点数がアップして良いではないかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、全国学力テストの時だけ、点数が上がるに過ぎないのです。本来は、日頃の教育効果を測定するために、全国学力テストがあるのに、その趣旨を逆手にとって、入試とリンクさせ都道府県順位アップを画策しているように私には思えて仕方がないのです。
全国学力テストの順位は、注目度も高く、それぞれの都道府県、市町村、学校別の教育関係者のランク付けになってしまっているからです。
もし、私の危惧が本当であるとするなら、これは政治家の点数稼ぎのために、また教育委員会のメンツの保持のために大阪府の高校入試改革があるようなものです。
私は大阪府の一連の政治主導の教育改革が、間違った方向に進んでいるように感じています。
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