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ワタミ復活のために求められる「理念経営」との訣別/川崎 隆夫

INSIGHT NOW! / 2015年9月10日 13時35分


        ワタミ復活のために求められる「理念経営」との訣別/川崎 隆夫

川崎 隆夫 / 株式会社デュアルイノベーション

1か月ほど前のことになりますが、外食チェーン大手のワタミは、2015年4~6月期の連結決算を発表しました。以下の産経ニュースによると、赤字が拡大し、大変厳しい結果となっています。

ワタミ、赤字幅拡大 ブラック批判の影響続く

外食チェーン大手のワタミが11日発表した2015年4~6月期連結決算は、「ブラック企業」批判の影響が続き、売上高が12・5%減の345億円、純損益は15億円の赤字だった。赤字幅は前年同期の9億円から拡大した。

国内外食事業は、既存店の来客数と売上高がいずれも約1割減った。ブランドイメージの悪化による客離れに加え、従業員の労働環境を改善するため主力の総合居酒屋「和民」で休業日を設けたり、メニューを絞り込んだりしたことが響いた。

ワタミは、不採算に陥った店舗の閉鎖や販売促進策の見直しを進めており、中川直洋執行役員は「足元では客数の回復に手応えを感じている」と話した。今後は、稼働率が下がった食品工場の設備売却などで財務面の立て直しも急ぐ方針だ。 <産経ニュース 2015年8月11日> 

改めて財務諸表を確認してみると、売上高は対前年度比約87%と減少する一方で、純損失は約155%の増加となっています。 また財務の安定性を示す指標である自己資本比率は約7%にまで低下し、加えて流動比率も約39%にまで悪化するなど、極めて厳しい経営状況に追い込まれています。

このような状況において、店舗の閉鎖や販売促進策の見直しなどを実行するだけで、ワタミは本当に復活することができるのでしょうか?

■ワタミ流経営の特徴

ワタミグループのHPを見て真っ先に目に飛び込んでくるものは、創業者である渡邊美樹氏関連サイトのバナーです。 しかし渡邊美樹氏は議員活動に専念されるためにワタミの役員を退任され、形式的にはワタミの株主でもありませんので、現在はワタミの経営に直接タッチされていない立場のはずです。(実質的には筆頭株主ですが。) しかしワタミのHPに渡邊氏関連サイトのバナーがいくつか掲出されていることから、渡邊氏が現在でも実質的なオーナーとして、ワタミの経営に強い影響力を持っていることは明らかです。

ワタミの経営の特徴は、「理念経営」というものです。ワタミのスローガンは「地球上で一番たくさんの“ありがとう”を集めるグループになろう」であり、その他「ワタミグループミッション」「経営の基本目的」などについて、様々なスローガンが策定されており、それらが「理念体系」としてまとめられています。

ワタミの経営理念には、顧客満足(CS)の最大化の実現を目的とすることが定められており、その点においては、他企業のものと大きな差異はありません。しかし、CSを理念として掲げている他企業と決定的に異なる点は、ワタミの場合、他社と比較して顧客に提供するサービスの中核を為す料理やメニューなどの品質向上・改善に関する「拘り」がやや弱い、と見受けられる点にあります。

CSを追求している企業に共通する点として、商品やサービスの質に「強い拘り」をもっていることが挙げられます。例えばユニクロを展開するファーストリテイリングは、高品質の商品や素材の開発に、極めて熱心な企業として知られていますし、スターバックスコーヒーも、珈琲やフードの「味」の維持・向上のために、大変な経営努力を重ねています。このように、CSを重視している企業ならばどこでも、自社製品やサービスの品質の向上や改善に「強い拘り」を持っています。

それに比べワタミの場合、「CSを重視した理念」を他社以上に強く訴求している割には、「料理の味覚向上」などの提供サービスの本質に関わる部分に、他社ほどの「強い拘り」が見えてきません。そのせいか、「ワタミ、料理」といったワードで検索を行うと、ワタミを利用したことのある顧客のネガティブなコメントが多数散見されます。理念に基づき、本気で「美味しい料理」の提供などに注力してきたのであれば、これほど多くのネガティブなコメントが散見されることはないだろう、と思います。

このことからワタミでは、理念を「料理の品質向上」といった顧客満足の向上に直結する領域で活用することはせず、従業員のマネジメント領域に限定して活用していたのだろうと考えられます。その結果、顧客満足度を向上させるために有効となる施策の実施がおろそかになり、客離れの加速化に繋がったのだろうと推察されます。

■従業員満足(ES)軽視の経営姿勢

ワタミの経営のもう一つの特徴として、「従業員満足(ES)の軽視」が挙げられます。

CSを重視する企業では、従業員に自社の理念や提供するサービスの品質を理解してもらった上で、自信をもって顧客に自社のサービスを推奨してもらうために、定期的に従業員満足度を測定する「ES調査」を行うケースが増えています。自社の従業員の支持も得られないサービスを顧客に支持してもらうことが、極めて難しくなっている現状があるからです。

2年ほど前のことですが、2013年に、渡邊氏が理事長を務める郁文館夢学園に関する記事が、雑誌に掲載されました。

渡邊氏は2003年、破綻寸前だった郁文館高校・中学の経営再建に名乗りをあげ、理事長に就任。渡邊氏は、「私たちの学校経営は先生が生徒のために死ねる経営です。その経営についてこられない人はどうぞやめてください」と全教職員に話し、教員に携帯電話番号を生徒に教えさせ、「365日24時間電話していい」と伝えるよう求めた。また、給料削減を実施するなどした結果、2003年から2年間で100人弱の教員のうち30人が退職した。
問題を起こした生徒に対しては、400字詰め原稿用紙100枚の反省文を書かせ、提出するまでは授業を受けさせないなどのペナルティを与え、反省文を書きたくなくて転校する生徒もいたという。今年3月に郁文館中学を卒業した生徒によれば、一学年約160人のうち14人が退学している。
 <週刊文春 2013年6月号>

この記事の内容が事実だとすると、生徒からの信頼が厚く、指導力に自信をもつ優秀な教員ほど、他校や学習塾などに転出するリスクが高くなることが予想されるため、一時的には生徒に提供する「教育品質の著しい低下」が起こるはずです。 事実教員総数の3割にも上る教員が退職し、また反省文を書かせる行為などにより、14名の生徒も退学しています。

しかし渡邊氏ほどの人物が、そのような事態に陥ることを、事前に想定していなかったはずがありません。 よって渡邊氏は、意図的に「生徒の“ありがとう”を集める」活動を横に置き、渡邊氏自らが策定した「理念」を、教員や生徒に対して浸透させることを優先した、ということになります。 但し常識的に考えると、生徒や保護者が教員に対して、「生徒のために死ねる」ことや「365日24時間電話できる」「100枚の反省文を書かせる」などといった極端なことを要求するはずがありませんから、生徒や保護者のニーズに基づかない行動を、理事長自らの意思で優先的に行ったということになり、そこに本来の理念との矛盾が生じています。

ある受験機関によると、郁文館中学の2015年の入試倍率は1.5倍程度に留まり、歩留まりなどから推測すると、ほぼ応募者全員が入学できる、実質「全入状態」となっているようです。昔の郁文館はもっと人気のある学校でしたので、渡邊理事長が主導する「改革」は、現時点では受験生や保護者の支持を十分に得られていないもの、と推察されます。

おそらく同様のことが、ワタミでも日常的に行われていたのだろう、と思います。そして経営者が「お客様の“ありがとう”を集める」行動よりも、従業員等に対する「ワタミ理念の浸透活動」を優先させたことにより生じた矛盾が、ESの低下とブラック企業批判を引き起こし、同時に多くの顧客の信頼も失っていったのだろう、と考えられます。

■ワタミ復活のための処方箋

現在ワタミは、不採算店舗の閉鎖や労働環境の改善等に取り組んでいますが、ワタミ復活のためには、それだけでは不十分であると言わざるをえません。前述の点から、ワタミが復活を果たすために必要とされることは、業務の改善レベルの施策ではなく、以下のような抜本的な改革につながる施策の実行になるはずです。

第一の施策は、創業者が策定した現在の「経営理念」を破棄し、従業員の意見を集約した新たな「経営理念」の策定を行うことです。これにより、新生ワタミの生まれ変わった経営姿勢を世間にアピールできると同時に、ブラック批判も払拭でき、ブランドイメージも変わってくるはずです。

第二の施策は、従業員満足(ES)を重視した経営姿勢を明確に打ち出すことです。労働環境や人事制度の改善等はもちろんのこと、店舗運営等に従業員の意見を積極的に取り入れていくことにより、従業員の「やる気」を引き出し、顧客により良いサービスを提供する環境を整備していくことです。

併せて、創業者であり大株主でもある渡邊氏の影響力を、最小限に留める施策も講じなければなりません。そのためには、金融機関や機関投資家等の協力が欠かせません。

現在のワタミは、会社存亡の危機に立たされています。 ワタミの役員会はその状況をよく認識し、勇気をもって上記の施策を実行していく必要があるでしょう。それにより初めて、ブラック企業批判から解き放たれて、「新生ワタミ」として復活できる可能性が見えてくるのだと思います。

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