『イーロン・マスク 未来を創る男』アシェリー・バンス(講談社) ブックレビューvol.4/竹林 篤実
INSIGHT NOW! / 2015年10月15日 7時0分
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竹林 篤実 / コミュニケーション研究所
イーロン・マスクとは何者か
ひと言で表すなら「現代最高の起業家」である。イーロン・マスクが、これまでに何をしてきたのか。最初はゲームソフトの開発だ。10歳の時から独学でプログラミングをマスターし、12歳でソフトを作り、500ドルで販売した。
次は21歳の時。オンラインコンテンツ出版ソフトを開発し、これを扱うZip2社を立ち上げる。同社は4年後、コンパックに売却され、イーロン・マスクは3億700万ドルを手に入れる。
次は28歳の時。オンライン金融サービスと電子メールによる決済システムを開発し、X.com社の共同設立者となる。同社が1年後、他社と合併してできたのがPayPal社である。これを31歳の時にeBayに15億ドルで売却する。
つまりイーロン・マスクは31歳にして、既に15億ドル(今日のレートで1785億円)もの資産を手に入れた。ハッピー・リタイアメントして何もおかしくない。あるいはエンジェルとなって、将来有望なベンチャーに投資する人生に転じても、まったく不思議ではない。
ところがイーロン・マスクにとって、そんな選択肢はまったく眼中になかった。なぜなら、彼は本気で「人類を救わなければならない」と考えているからだ。
ソフトからハードへ
巨額の資産を手に入れたイーロン・マスクが、次に手がけたこと。それはモノづくりである。それもチンケなものじゃない。宇宙ロケットを作るため、33歳にしてスペースX社を創業する。
宇宙ロケットといえば、日本でも東大阪の中小企業が集まって開発した「まいど1号」が話題を集めたことがあった。けれども、スペースX社は、これとは決定的な違いがある。スケールである。
スペースX社が最終的にめざしているのは、火星への人類の移住だ。そんなアホな、話ではある。一民間企業が、もっといえば一個人が考えて(夢想するだけの人ならいるかもしれない)、実行する規模の話ではない。けれども、イーロン・マスクは本気である。
1基打ち上げるのに240億円かかるロケットを、何度も失敗しながら宇宙に飛ばそうとする。その結果、直近の目標だった、国際宇宙ステーションへの物資補給に成功。次の課題は有人宇宙飛行だ。
アメリカ政府やロシア政府、あるいは中国政府が取り組んでいる話ではない。一企業が宇宙に人を送り込もうとしているのである。ど真剣に本気の話である。
太陽エネルギーで地球を救う
イーロン・マスクが見ている世界は、宇宙だけではない。彼が救いたいのは、人類である。だから、当然、地上にも目を向ける。そこで起業したのがテスラ・モーターズ、電気自動車「ロードスター」を開発、販売する自動車メーカーである。
電気自動車といえば、日本のメーカーも開発している。有名なところでは日産のリーフ、三菱のi-MiEVだろう。けれども、ロードスターはこうしたクルマとは、完全に一線を画している。
走行距離は356km、0-100km/hの加速は4秒未満、最高速度は200km/hを超える。「電気自動車」から想像されるクルマではなく、スポーツカーだ。だから高価だった。けれども、爆発的に売れた。続いてセダンタイプ、SUVタイプを開発し、次には低価格版が登場する予定だ。
しかも、イーロン・マスクは電気自動車を走らせるためのインフラ整備にも取り組んでいる。全米に太陽光発電による充電スタンドを作り、テスラ・モーターズのクルマは無料で充電できるようにする。本気である。
見ている世界が違う
2014年、イーロン・マスクは突如、テスラの全特許をオープンソース化すると発表した。自社の強みの根源を、誰でも使って良いと差し出すのだ。一企業の競争戦略としては、ありえない話である。
けれども、これもイーロン・マスクにとっては、当たり前の話なのだ。なぜなら、彼のテーマは「人類を救う」ことであり、そのためには、みんながもっと電気自動車を作るようになり、みんながもっと電気自動車に乗ることが必要だから。
イーロン・マスクは、毒舌家として誤解されている面もある。つい最近も「うちをクビになった社員を、アップルがせっせと雇っている」などと公言して物議をかもした。だが、彼の発言は悪意によるものではないケースがほとんどだと、本書は指摘している。
彼の発言がときに常軌を逸したようにみえるのも「マスクは、自らに課せられた使命の緊急性を本当に理解しているのは自分だけだと思いつめることがある(同書、P289)]からだ。「世界と何とかしたいという切迫感。マスクが神経をすり減らしている原因がそこにある(同書、P298)」からだ。
誰が、次のイーロン・マスクになれるのか
知性の鋭さとハードワーキングなら、日本にもイーロン・マスクに負けない人物がいる。一年中で元旦の午前中しか休まない社長、日本電産の永守重信氏である。永守氏も一代で、売上1兆円を超えるモノづくりの企業を創りあげた。その日本電産は10兆円企業をめざしている。
永守氏も、超ハードワーカーであり、飛び抜けた知性を持つ人物だ。ただ、イーロン・マスクのような「人類を救う」意思を持っておられるかどうか、そこはわからない。
世界を変えた起業家は、何人もいる。エジソンに始まり、最近ならスティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツ、ラリー・ペイジ&セルゲイ・ブリンらがそうだろう。こうした起業家たちとイーロン・マスクの違いは、ただ一点。イーロン・マスクは「人類を救わなければならない」と思い込んでいる点にある。
一体、どういう子どもが44年間生きるとイーロン・マスクのようになるのか。その謎を解く鍵は、本書にある。
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