自己分析の勘違い/純丘曜彰 教授博士
INSIGHT NOW! / 2015年10月24日 6時30分
純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学
就活のエントリーシートなどに、そもそも志望企業探しのために、「自己分析」をしろ、と言われる。おまけに、それを面接でもアピールできるように、具体的で印象的な過去のエピソードを見付けろ、と。で、自己分析ってなんだ? 自分がどんな人間であるか、見つめ直し、理解して、特性を活かせ、ということ?
哲学なんで、就職で役に立たない、関係が無い、と思うかもしれないが、じつは、この話、哲学の大物、カントがさんざんに論じている。カントに言わせれば、自分なんて、どう分析したって見つかるわけがない。それは、これが地平線だ、という線と同じ。いくらあちこち歩き回って探してみたって、そんな永遠の向こう側に、だれも絶対に手が届くわけがない。つまり、自分探しなど、理論的に、根本から時間のムダ。
いろいろな過去のエピソードを寄せ集めて、そこから共通する「本質」を探り出す、というのは、帰納法。そして、一般の物事であれば、こうして見つけたその本質を延長して外挿する演繹法で、未来も正確に予測することができる。
ところが、人間は、カント以降の実践哲学、実存哲学で注目されるように、過去がどうであれ、未来は、自分がどうするか、に懸かっている。君の自由意志しだい。つまり、こと人間に関しては、過去の事実から帰納法で導かれた結論は、そのまま未来へまっすぐ延長しているとは限らない。もとより学生の自己分析など、たかだかサンプルが二十年そこそこの話。これからにこそ、いろいろな経験を積んでいくのに、そんなガキのころの話が四十歳、六十歳になっても、まったくぶれない、変わらない、という方がおかしい。
かといって、自己分析なんてムダ、なんて言っているやつも、どうかと思う。バカの自覚を持ったやつだけが、しっかり学ぼうと思うもの。ブスの自覚をもったやつだけが、きれいになりたいと願うもの。つねに自分に足らぬ物事の勉学に努力している人が、賢明、どんなときにも自分の至らなさを気に掛けて愛想を心がけている人が、かわいい、というもの。
人間は、過去をすべて捨て去って、いきなりまったく別人になることなどできない。あくまで、いまここ、が出発点だ。しかし、かといって、出発点に留まり続けているやつは、その延長線上にある未来さえ手に入れることができない。自分がどんな人間であるか、ではなく、問題は、自分がどんな人間になりたいか、だ。未来は、たしかに過去の延長だ。だが、延長線など、どんな風にも曲げて引くことができる。そして、その延長線が辿り着くべき、果てしないかなたにある地平線は、実在ではなく、君が歩いていくべき永遠の目標。
自分がどんな人間であったのか。それは無視はできない。だが、より重要なのは、最終的に、どんな人間になりたいのか。五十年後、七十歳のとき、どんな人々に囲まれ、どんな生活をしていたいのか。そこから逆算して、これからの五十年の間に、どんな会社、どんな仕事、どんな経験を積んで行くべきなのか。たった五十年。五十回の春、五十回の夏、五十回の秋、五十回の冬。いいことばかりとはいくまい。面倒や事故、不幸や災害もあるに決まっている。だから、それらへ備えもして当然。こんなギリギリの状況で、とりあえずみんなと同じ人気企業へ、などと寄り道をしている時間の余裕は無い。
自己分析、というが、ほんとうは、厳密な意味での帰納法的な「分析」ではない。むしろ決断だ。仕事、貯金、結婚、出産、転勤、教育、病気、介護、などなど、これまでの二十年間には経験したことも無いさまざまな出来事が山のように襲いかかる。会社選びは、これらすべての問題とのバランスによってのみ決まる。一口で飲み終わる缶コーヒーを自販機で選んでいるのとはわけが違う。むしろ自分選びだ。何かを得るために、別の自分を捨てることだ。どんな自分になりたいのか、そんな自分に、その会社に入ってなれるのか。選ぶのは会社ではない。君が人生を選ぶ。
(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。)
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