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非常識な経営/野町 直弘

INSIGHT NOW! / 2015年10月29日 14時28分


        非常識な経営/野町 直弘

野町 直弘 / 株式会社アジルアソシエイツ


最近「非常識な経営」で注目されている日米企業について今回は取上げます。

一社は米国のEVERLANEという企業です。この企業はサンフランシスコ発のアパレルブランドであり比較的高品質な製品を安価で提供するというコンセプトです。
例えばウールのカーディガンが140ドル、Tシャツは15ドル、Yシャツは55ドルという価格です。ファストファッションよりは少し高いレンジではないでしょうか。Webサイトを覗いてみるとシンプルなデザインで魅力的な商品という感じがします。

この企業のキャッチフレーズは「徹底的な透明性(Radical Transparency)」です。
彼らのWebサイトには透明性についてのメッセージが掲げられています。一つ目は「Know your Factory」です。EVERLANEのサイトには世界中で同社の製品の製造を行っている企業の情報が出ています。そればかりか、工場の様子や工場で働いている人々の写真が見られるようになっています。彼らはこういう手法が工場のインテグリティにも有効であると言っています。どこで何を作っているかというリストだけでなく、工場やそこで働く人達の写真が見えることは顧客の安心にもつながるでしょう。
なかには工場で働く人達がEVERLANEのタグが付いている製品を持っている写真などがあり、中国の工場の工員一人一人がブランドに誇りを持ち、手抜きなく製品を作っているのだな、と感じられます。

2つ目は「Know your cost」です。これは各製品について生地材料費、その他材料費、縫製費用、税金、運賃などのコスト構造が明記されてるのです。例えばカシミアセーターについては生地費40.07ドル、その他材料費0.60ドル、縫製費13.53ドル、税金2.17ドル、運賃0.81ドルで総コストは57ドル。これをEVERLANE社は125ドルで販売し、他社であれば285ドル位ですよ、というような具合です。これには驚かせられました。
コスト構造を透明化しています。その上で自社の製品が高品質でリーズナブルなものであることを立証しているのです。日本でも安売り等様々な業態が生まれていますし、ユニクロなどのSPA業態も増えていますが、コスト構造を見える化して、それを売りにしている企業は多分他にないでしょう。コスト構造だけでなくどのようなサプライヤと取引があるか、という事自体機密事項として管理していることも少なくありません。
そういう意味では正に「徹底的な透明性」と言えるでしょう。これは「非常識な経営」と言えるでしょう。

こうやって透明性が確保されていると適正な価格かどうかを購入者自身が確認することにつながります。とにかく安ければよい、理由はともかくとして。ではなく最安値ではないが安価である、その理由はこういうことである、と示すことで購入者に安心感を持たせているのです。

米国サンフランシスコの日系VCのスクラムベンチャーズ社のマーケティングマネジャである三浦茜さんによるとこの企業は販売価格を下げるために様々な工夫を凝らしているようです。基本的には少量生産で売り切りするモデルを取っています。またセールは一切しないし、販売はオンラインのみのようです。要するにオンラインでの直販モデルであり、それで低コストを実現しているのです。

もう1社は鎌倉投信という会社です。この会社は主にベンチャー企業、中小企業向けを投資先とした投資信託運用会社です。鎌倉投信の特徴は低リスク低リターンではあるが投資効率が高いファンドの運用で2013年のファンド大賞1位を受賞しています。彼らの特徴はリターン=お金ととらえずに、「資産の形成」「社会の形成」「心の形成」と捉え投資者にとってこの3つが掛け算されることで「幸せ」が最大化すると捉えています。
つまり、投資に対するお金のリターンを最大化するのではなく、小さくても「いい会社」に投資することでその会社を応援し、その会社や社会を豊かにすることで結果的に投資者も心が豊かになるということを目指しているのです。

鎌倉投信は彼らが考える「いい会社」にのみ投資をしています。彼らは14項目に上る「いい会社」の特徴を上げていますが、最終的には「主観的」に「いい会社」かどうか判断しているそうです。判断基準の一例としては、例えば「100年後の子供たちに、この企業や企業の製品を残したいと思えるかどうか」といったような数値で現わせないような判断基準を持っています。

鎌倉投信の投資先企業にはこのような価値判断から徹底的に環境問題へ取組みをしている会社とか、徹底的に地域に根差している会社など、社会的な存在意義が高い企業が多く、最近では「彼らが投資するならいい会社に違いない」という新しい信用まで生み出しているとのことです。
鎌倉投信も従来のハイリスクハイリターン(お金)を追及する従来型の投資運用会社と比較すると正に「非常識な経営」と言えます。

今回取り上げた2社はいずれも今までにない「非常識な経営」で差別化に成功している事例と言えますが、実はこの2社には共通点があります。

1点目は「見える化」です。EVERLANE社は正に「徹底的な透明性」を売りにしており製造コストや製造工場などの情報を「見える化」しています。一方、鎌倉投信は従来の投資運用会社ではあり得ないことのようですが、投資先をホームページで公開しています。また投資先企業の情報公開を積極的に行っています。例えばファンドの運用報告の機会に投資先の社長や社員に話をしてもらい、事業内容や風土を投資者に伝えてもらう、等です。

もう1点の共通点は「つながり」です。鎌倉投信は直販にこだわっています。これは投資者が投資先企業とつながることを重視しているからです。何故この会社に投資するかを伝え、それを理解してもらうことで投資者が支援できる仕組みを作っているのです。また今までは投資運用会社が投資先の企業を訪問するようなことはなかった(必要もなかった)わけですが、彼らは投資先企業を徹底的に知ることに力を入れています。そして彼らが考えるいい会社と投資者をつなぐことが彼らの本来の役割であると認識しているのです。

「私たちの事業の本質は、お金を増やすことではなく、『つながり』を通じて幸せを増やすことにあるのです。」これは鎌倉投信の新井取締役の著書である「投資は『きれいごと』で成功する」(ダイヤモンド社)の一節です。
一方でEVERLANE社も「つながり」にこだわっています。自社の製品がどのような工場で作られているのか、その工場や工場で働く人達を最終消費者が知ることができます。
また基本オンライン直販です。これは正に中国の製造工場で働く人と最終消費者をつなぐことに他なりません。

今回取り上げた2社の「非常識な経営」ですが、実はこのような「見える化」「つながり」という共通点があります。より複雑化する社会や経済構造の中で単に収益、効率、低コストを追求するだけでなく、信頼、安心、共感、持続というようなより精神的なものが求められはじめ、それが差別化につながるような新しい企業像が求められはじめたとも言えるでしょう。

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