売りつけたくない君へ(10)/あとがきにかえて/伊藤 達夫
INSIGHT NOW! / 2015年11月13日 19時48分
伊藤 達夫 / THOUGHT&INSIGHT株式会社
さて、いかがだったでしょうか。3年間1つの契約も取れなかった彼女は半年間のトレーニングで、最後は3件の契約を取ることができました。インセンティブは残念ながらもらうことはできませんでしたけどね・・・。これは実話です。
ただ、もうここまで来ると、どこまでがフィクションでどこまでがノンフィクションかを詮索するのは野暮ですね。書くと問題になりますし(笑)。手法の有効性のみがこの文章の意味であり、存在意義です。
契約が普通に取れる人にとっては、当たり前の話が書いてあることでしょう。しかし、営業を志半ばでやめてしまう多くの人、今のところ結果が出ていない人にとっては気づきがある内容だと思います。実際にこの手法で多くの営業マンを売れるようにしてきました。ただ、今時の若い人に苦労している営業マネジャーは多数いると思います。当然、この手法は今時の若い人相手のケースですから、使える面があると思います。
『売りつけることの罪悪感』というものは何によって生じるのか?私が見てきた多くの営業マンは、詐欺まがいの商品を売ることに対する罪悪感というよりは、相手をコントロールする罪悪感を無理やり作り出して、そこに悩んでいるように見えました。
そもそも、相手をコントロールすることなど、普通の人にはできません。できたら苦労しませんよね。恋愛も、人生も、周囲を全てコントロールして済ませるならば、素晴らしき人生なのかもしれません。しかし、そんなことができている人はおそらくいないでしょうし、『コントロールできているんだ!』と主張する人は自己矛盾を抱えているように思います。その人がビジネスをしているのならば、そのお客さんは全員コントロールされている状態、つまり騙されている状態なのでしょうか?
それを高らかに主張すること自体もよくわかりません。自分のお客さんを自分がコントロールしていると主張すること自体が自分の商売にマイナスですよね。そう言ったとしてもお客さんを失わないほどに強力にコントロールしているのでしょうか?それもまたおかしな話です。
そして、妙に聖人君子であることを求める精神論もよくわかりません。人は聖人君子ではないことは、普通に人を見ていればわかるでしょう。ごく普通のビジネスマンたちが乗っているはずの電車で、トラブルは日常的に起こっているように見えます。足を踏まれたりすれば誰だってイライラするでしょうし、謝ればすむところも謝れない人も多数いるわけです。
みんなが常にイライラしているわけでもないでしょうし、みんなが常に謝れないわけでもない。人はいろいろな気分を行き来して生きているのでしょう。みんな、イラっとする瞬間もあれば、優しくなれる瞬間もあるのだと思います。仕事中に聖人君子になれば契約が取れるならなればいいですが、別にそういった精神論を持ち込む必要もないと思います。普通でいいのです。コントロール技法を糾弾すると同時に、妙な聖人君子的精神論を主張するビジネス書も受入れ難いものだと思います。
また、若い世代に特化してみてみると、大学で彼らと接する中で『不思議な上から目線』というものに気づくようになりました。彼らは妙に上からものを見ているのですが、上の世代を『上から目線』と否定する割に自分たちはたくみにその目線を隠しつつ、それが紛々とにじみ出た主張をします。
『売りつけたくない』と言っていればお客さんを上から見つつ、売れている営業マンをも上から見ることができます。『多様性を大切にしましょう。人はそれぞれなんです。』も彼らが大好きな言葉です。これは『私を攻撃するあなたはあるべき価値観に反している』というメッセージを巧みに『上から』を隠して伝え、自分への批判を攻撃しています。そして、価値観の変容こそが成長であるという事実からも逃げることができます。自分は変わらなくてよくなります。
『もっとまっすぐ普通に頑張れませんか?』というメッセージを彼らに伝えることを大学ではやってきました。教科書すら買わない、大学での勉強が社会で全く役に立たないと思い込んでいる今時の学生の知的好奇心を刺激し、ハートに火をつけることは、まっとうなメッセージであれば可能だと思うようになりました。
自分たちがいかに上からものを見ているのか?ということに気づかせることができれば、謙虚になり、社会適応ができる人間へと変わってきます。私が指導した多くの学生も、初めは傲慢さの塊のようでしたが、次第に謙虚になっていきました。
あまりに傲慢でゼミ面接に全て落ちた学生を鍛え直すと、ゼミに受かった人たちも受からないような大手企業から内定を取ることができました。まず、彼らの傲慢さを指摘し、それを気づかせることが非常に重要で、そこを越えられればそれなりの成果は出せると思います。彼らは自分が傲慢であることにすら気づいていません。
営業活動はお客さんからの否定の連続です。オファーを出しては断られ、出しては断られる。そうすると、もうやめたくなりますね。しかし、数字を冷静に見れば、一番激しい営業よりはマシな数字の中でやっていることに気が付きます。一番きつい営業会社のテレアポは一日あたり100件から150件のアタックに対して、1件のフラグが立てばいいほうなのです。残りの99件から149件は否定です。
この否定を自分への否定として受け取っていたら、やっていられません。そもそもそのように受け取る必要がないのです。選ぶ権利はお客さんにあり、お客さんの自由だからです。お客さんが必要ならば買う。こう考えていれば、このオファーの拒絶を特に深刻に受け止める必要がないことに気が付きます。ただ、体力は要ります。だから最小限の労力でオファーをし、そのオファーに興味を持った人だけにヒアリングをし、ご提案をさせていただく。それだけです。
ここに多くの意味合いを持たせる必要はないのです。別に修行をしているわけでもないし、気合を入れる必要もない。熱血も必要ないですし、コントロール技法も必要ないわけです。いいことをやっているわけでも悪いことをやっているわけでもない。仕事をやっているのです。
お客さんがたまたまその商品を欲していたら、感謝されることもある。それだけのことです。その商品を必要としている人がいて、その人に商品を届けることができたなら、それは社会の資源の配分に資することができたという意味で、社会貢献になります。そして、会社に売り上げをもたらすことで会社に貢献できた。それだけのことです。
この側面を強調すると、どんなに素晴らしい商品もお客さんに伝えることができなければ、誰も使わない。営業マンは価値をお伝えするという大事な仕事を担っている。それはその通りです。反論の余地はありません。
ただ、ダイレクトメールよりも安い経費で営業マンをアタックで使い倒してしまうことがあります。こういったことが正しいケースはほぼないと言っていいでしょう。月給20万円で営業マンを雇い、1日100件電話でアタックするとします。20営業日だと2000件のアタックができます。1件あたり100円の経費ですね。これはダイレクトメール並みかそれよりも安いと言えるでしょう。インターネットも発達しているこの現代でこのようなことをする意味がわかりません。
マルクスは機械の普及で労働者数が減少すると言いましたが、機械、システムよりも安いコストで機械的な労働をさせられる人間が登場しているのが現代ですね。こういった営業マンの使い方が私は正しいとは思いません。
ただ、アポ取りはどうしても必要ではありますので、割り切りでマシーンのようにこなし、お客さんとの商談でその価値を発揮してほしいものです。商談はまだ機械にはできませんし、人間らしく価値を提案できる仕事ですからね。ただし、お客さんが必要な物を買うと考えると、しっかりとヒアリングをして、カスタマイズした提案をしたほうがいいことになります。一方的な提案を押し付けていないでしょうか?
ヒアリングをしたうえで、自社の商品の相手にあった使い方を提案するのが提案営業の意味合いですよね。ヒアリングもしないで、残業手当もつかないのに深夜まで一方的な提案書を作り続けることが提案営業の本意ではありません。このような状態にある会社があるとしたら変えていくべきでしょう。
また、最近の小売店舗のセールストークを見ていると、あまりにひどい考え方に支配されています。販売員がお客さんを攻め立てるのが販売だと思っている人がいまだに多数います。これは買う気を削いでいるだけです。いわゆるコントロール的な技法で言う『リーディング』を使っているつもりになって、外してまくっている販売員を多数見ます。
蛇足ですが、アップセルに関しても、あまりに経済学的ノウハウから外れたものを使って失敗している例を多数見かけます。人の意思決定の迷いはマージナルな部分で起こります。マージナルな部分での意思決定を踏まえたアップセルをして、お客さんが買うか買わないかで悩むようなところで提案している小売店はほとんど見かけません。たいていは即答で断られるような提案になっています。時間効率の問題もありますが、もう少し正しいとされる知見を活かしてほしいものです。
最後に、少し難しいお話をします。この世界の現実を説明するのに多様なモデルの構築が可能です。問題はその説明力とその効果です。ニュートン力学は地球上では強力な説明力を持ちますが、宇宙空間では無力です。
コントロール技法は、「お客さんはコントロールされて買う」という原則からこの世界を説明しています。確かにそれで説明することもできなくはない。ただし、その説明力は果たして強いのか?と言えば、迷っているお客さんの背中押しをする際に、少しだけ説明力があるぐらいでしょう。
営業活動全体に対する説明力は非常に弱いと言わざるを得ません。『背中押し』を体得する時に、こういう感覚をもちがちなことは、スーパーな営業マンな方にはわかることだと思うのですが、これを全体に拡張すると非常に無理がありますし、『背中押し』も普通の説明が可能です。この文章ではそこまで説明していませんが、繰り返し提示している『お客さんは必要なものを買う』から説明する方法を考えてみていただければと思います。
基本モデルとしては、この文章で主張したモデル「お客さんは必要なものを買う」という原則をもとに営業活動全体を説明することが大きな説明力を持ち、かつ営業マンの精神衛生上よいでしょう。ただ、このモデルは少し残酷です。売れない営業マンは必要なものを提供する能力がない、それだけのことも出来ないということになるからです。
しかし、そこに耐えて、『商品、サービス提供をして、お客さんの役に立つんだ』という考えで前に進むこと。これが営業マンに必要なマインドとなります。
この文章が『売りつけたくない』と悩む若き営業マンのお役に立つことを祈ります。最後までお読みいただきましてありがとうございました。心より感謝いたします。
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