価値[2] ~価値をはかる「ものさし」/村山 昇
INSIGHT NOW! / 2015年11月21日 22時27分
村山 昇 / キャリア・ポートレート コンサルティング
〈じっと考えてみよう〉
□Q1:
A山は、高さ3000m。
B山は、高さ1000m。
どちらが「すごい山」だろう?
□Q2:
20万部売れた本と
2000部売れた本と
どちらが「すぐれた本」か?
□Q3:
一個5000円で売っている高級料亭の弁当と
今朝お母さんがつくってくれた弁当(値段はついていない)と
どちらが「おいしい弁当」か?
前回、「価値」とは、人がものごとに対して感じる「よい」性質のことであると学んだ。わたしたちはよく、なにか行動するときに「それはやる価値のあることだろうか」と考えたり、二つの物を並べて「こっちのほうがいいよね」とか「あっちはよくないな」とか比べたりする。それはつまり、あるものごとに対し、価値があるかないか、あるいは、価値が高いか低いかを判じているのだ。
そのように価値をはかることを「評価」という。ものごとを評価するときに大事になってくるのは、どんな「ものさし=基準」を使うかである。使う「ものさし」によって、みえてくる価値がちがってくるからだ。
〈Q1〉をみてみよう。3000mのA山と1000mのB山を比べて、どちらが「すごい山」か。この問いで重要なのは、なにをもって「すごい=よい=価値がある」とするかだ。いちばんわかりやすいのは、「標高」というものさしを使うことだ。標高の高い山ほどすごいと決めるなら、3000mのA山のほうがよりすごい山であり、価値がより高いという評価になる。
ところが「ものさし」を変えると、B山のほうがすごいとなる場合もある。たとえば、A山は活火山で溶岩がごつごつしただけの山である。いつ噴火するかもしれないので危険でもある。それに対し、B山は落葉樹におおわれるおだやかな山で、湖や滝もある。野花もたくさん咲いている。もし、「ハイキングでの楽しさ」というものさしを当てるなら、B山のほうがよりすごい山となり、価値もより高くなるだろう。
あるいは、A山はあなたにとって写真でしか見たことのない遠くの山だとしよう。それに比べB山は地元の山で、小さいころから家族や友だちと何度も登っている自分を育ててくれた山である。このとき、「思い出深さ」というものさしを当てるとどうだろう。圧倒的にB山のほうが、自分にとってすごい山であり、価値が高い山ではないだろうか。
このように山を評価するとき、ものさしはいくつもある。言い方を変えると、どんなものさしを使うかで、山はちがった価値をもつ。
では、このものさしについてもう少し考えを深めてみよう。ものさしには二つの重要な点がある。一つは、それによって「なにを」はかろうとするか。もう一つは、はかった度合いを「どう」示すか。
たとえば、先ほどの「標高」というものさし。これは山の外面的な高さをはかろうとし、その度合いを「メートル」という長さの単位を用いて数値で示すものだ。このものさしはだれにでも明瞭である。測定方法も決まっているし、メートルも世界共通の単位だからだ。3000mの標高の山はだれが測定しても3000mである。また、標高3000mと標高1000mとの比較も容易である。つまり客観的な評価ができるものさしなのだ。
それに比べ、「ハイキングでの楽しさ」や「思い出深さ」といったものさしはどうだろう。これらは山に対していだく情緒的な強さをはかろうとし、その度合いを感覚的に示そうとするものだ。この場合、人それぞれに感覚のちがいがあるし、必ずしも数値によって測定できるものではないために、あいまいな部分が出てくる。これは評価する人の主観的な判断にたよるものさしになる。
わたしたちはふだんの生活のなかで、ついつい、外面的な「多い/少ない」「大きい/小さい」をはかった数値に目を奪われがちになる。そしてそれらの数値によって、「自分はどうだ、他人はどうだ」とか、「勝った、負けた」と気をもむ。けれど、そうした外面の測定値だけでものごとをながめ比較することは、ほんとうに価値をみつめていることにはならない。
たとえば、数学のテストで90点取った生徒と50点取った生徒とがいたとき、90点取った生徒のほうがすごいと思うだろう。一カ月に100万円稼ぐ人と10万円稼ぐ人がいたとき、100万円稼ぐ人のほうがすごいと思うだろう。たしかに一面ではすごいことだ。しかし、それはあくまで人の技能的・経済的な価値しか表わしていない。
では、50点取った生徒や10万円稼ぐ人は、価値の低い人だろうか。たとえば50点取った生徒は、テストは苦手だけれども、ふだんから友だちの面倒をよくみて、いつもクラスを明るくしている。10万円稼ぐ人は音楽家で、地元の人たちにボランティアで音楽を教えたり、音楽会を主催したりしている。そうしたとき、もし彼らに「ほかの人や社会への貢献」というものさしを当てればどうなるか。このものさしは、その人の内面ややっている内容にまなざしを向けるもので、評価は必ずしも客観的な数値では表せない。が、彼らの存在の大きさがぐっとみえてくる。
〈Q2〉のように、本などの知的な表現物も評価がむずかしいもののひとつだ。多くの部数が売れていると、わたしたちは自動的に「さぞ、すぐれた本なんだろう」と思う。逆に、数が売れていない本については「あまりよくないのだろう」と思う。テレビ番組にしてもそうだ。視聴率という数値の高い低いによって、その番組の内容を評価しがちになる。
しかし、部数や視聴率の低いもののなかには、ほんとうに深い内容のことを言っているので、多くの人にわかってもらえない場合が起こることを忘れてはいけない。だから、大事なことは、「数が大きいからすごい」とか「みんながいいというから、いい」という安易な評価に流れないことだ。
最後に〈Q3〉。高級料亭の5000円もする弁当は、たしかに素材も立派で、きれいにつくられている。技術の面でも、味の面でもすぐれているだろう。それに対し、お母さんのお弁当は、見ばえも地味だし、はっきり言って味も薄かったり濃かったりする。でも、よくみると、きのうのおかずの残りをうまく使っていたり、自分の好きなウィンナーを多めに入れておいてくれたりする。そしてなによりも朝早くから起きてつくってくれたものだ。そういう生活の知恵や愛情といったものさしを心のなかから引き出してきて、母の弁当をみつめることができたなら、その弁当はとても価値の輝くものになる。
ものごとの「評価=価値をはかること」はとてもむずかしい。一生をかけて学んでいくテーマといってもよい。豊かにものさしを持った人のみが、豊かにものごとをみつめることができる。そしてやがては、ものごとをあれこれ比較して、気をもむこともやめてしまうだろう。
【味わいたい言葉】
「私は五大陸の最高峰に登ったけれど、高い山に登ったからすごいとか、
厳しい岸壁を登攀したからえらい、という考え方にはなれない。
山登りを優劣でみてはいけないと思う。
要は、どんな小さなハイキング的な山であっても、
登る人自身が登り終えた後も深く心に残る登山がほんとうだと思う」。
―――植村直己(冒険家)『青春を山に賭けて』より
[文:村山 昇/イラスト:サカイシヤスシ]
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