選択[1] ~「選択の正しさ」について/村山 昇
INSIGHT NOW! / 2015年12月22日 7時10分
村山 昇 / キャリア・ポートレート コンサルティング
〈じっと考えてみよう〉
早希(さき)は、第一志望だった大学の入学試験不合格を知った晩、自分の選択ミスをおおいに後悔した。「なんで、ああいう判断をしてしまったのだろう。あのようにしなければ、受かっていたかもしれないのに……」。
彼女が悔やむ判断は次の二つだ。ひとつは、部活期間を延長したこと。彼女は書道部で活躍し、高校2年のときに部長を一年間務めた。3年に進級したときに、後輩のなかに部長をやれる者がいなかったので、責任感の強い彼女は、夏休み前まで活動期間を延ばし、部長を継続することにした。
後悔する二つめの判断は、予備校を途中でやめて自習に切り替えたこと。彼女は夏休みから本格的に勉強に集中しようと、予備校通いを始めた。ところが、自宅から予備校まで、バスと電車を乗り継いで片道1時間半ほどかかる。往復だと3時間、乗り継ぎが悪かったりすれば4時間かかることもある。乗り物のなかでは勉強に集中できないこともあり、彼女は秋以降、自宅での自習に切り替えた。
彼女がいま思うのは、
・3年への進級のときに部活をすっきりやめるべきだった
・自己流の勉強ではなく、予備校できちんと傾向と対策を教わるべきだった
・このような選択ミスによって自分は第一志望校に合格できなかった
早希は失意のなか、この春、第二志望の大学に入学する。
□問い:
早希のような状況にあったとしたら、あなたはどういうふうに心を立てなおして、第二志望の大学での新生活を迎えるでしょう?
わたしたちは、朝起きたときから夜寝るまで、つねになにかの選択をしています。 ……目覚まし時計が鳴った。このまま起きようか、あと10分寝ていようか。朝ご飯のテーブルで、きょうは温かいお茶を飲もうか、冷たい水にしようか。クラスの会議で発言をしようか、発言をやめておこうか。放課後、部活の練習に行くべきか、それともきょうは早く帰って宿題を片付けるべきか……。このように、いま、こっちをするか、あっちをするか。この方法でいくべきか、あの方法でいくべきか。Aの道を選ぼうか、Bの道を選ぼうか。あなたの人生は、こうした数かぎりない選択の連続でつくられていきます。
選択において、きょうのおやつはケーキにしようか、アイスクリームにしようかという決断は、軽い気分で決めてもいいものです。しかし、受験校をどこにするか、そこに合格するためにどんな勉強方法を選ぶかという大きな問題は、真剣に考えなければいけません。できるかぎり失敗が少なく、成功が多くなるように熟考します。
しかし、いくら熟考して決めた選択でも人生は自分の予想どおりに動くとはかぎりません。現実はまったくちがった展開になることがよく起こるものです。この世の中は、自分に都合のよい方向ばかりに動くほど底の浅い仕組みではないからです。私たちが生きていくうえで心に留めておきたいことは、自分がいま選択したことは、その時点では、正しいとも、正しくないとも、どちらとも言えないことです。ただ言えることは、自分の選択が将来振り返って「正しかった」と思えるように状況をつくっていくほんとうの勝負がそこから始まるということです。
早希は大学受験をひかえて二つの選択をした。一つは部活期間を伸ばすこと。もう一つは、自宅学習に切り替えること。それらの選択はその時点では、正しいとも正しくないとも言えませんでした。しかし、第一志望校に合格できず、結果的にその二つの選択は正しくなかったという状況になった。そのために、いま早希は自分のした選択を悔やんでいる。
しかし、その選択ははたして正しくなかったのでしょうか? こういうとき大事なのは、人生を5年、10年という長い時間でながめることです。人は悪いことが起こると、自分は運命にいじめられていると悲観的になります。しかし、悪いことは一過性の現象にすぎないかもしれません。むしろそれがあったからこそ最終的に自分はよい方向に行けたと思えるときが来るかもしれないのです。
ですから、くよくよ考えるより、楽観主義をもって新しい状況のもとで、新しい目標に向かっていくことです。そうやってなにかに邁進(まいしん)していくと、いつの日か、ふと、「あ、あの選択はまちがっていたわけではないんだ。あのとき失敗してこっちの道に来たことにはちゃんと意味があったんだ」と感じられるときが来るでしょう。そのときこそ、自分の選択を事後的に“正しい”ものにできた瞬間なのです。
“正しい選択をした”人が幸せになるのではありません。
その選択を事後の努力によって“正しいものにした”人が幸せになれるのです。
〈早希のその後の話〉
早希の大学4年間はあっという間に過ぎた。そして来春からは、一番入りたかった経営コンサルタント会社への入社が決まっている。難しい就職戦を勝ち抜いたのだ。早希は充実した気持ちで、自分を振り返る……。
早希は大学2年時に文学部から経営学部に転部した。そもそも文学部を受験したのは、ただなんとなくという理由だけだった。が、彼女は大学1年のなかごろから、明確に経営の勉強がしたいと思うようになった。
そのきっかけは、あの高3の予備校から自宅学習に切り替えたときに始まる。早希は自宅で勉強する時間が増えるにつれ、自営業をやる両親の苦労する様子がよく見えるようになっていた。自営業は数少ない働き手で、仕入れ、販売、接客、お金の管理などをこなしていかねばならない。母はいつも「だれかいい商売の相談相手がいると助かるんだけど」と言っていた。
早希は大学に入って、世の中に経営コンサルタントという職業があるのを知った。経営コンサルタントは、会社に経営のアドバイスや支援をおこなう仕事をする。彼女は「この職業について、全国の自営業のお手伝いをするのもおもしろいかな」と思うようになった。早希が失意のなか入学した大学は、うまい具合に学部変更の制度があったので転部も問題なかった。ちなみに、第一志望していた大学にはこの学部変更制度がなく、もしそこに入学していたら、途中で転部できたかどうかはわからない。
早希はそうして経営の勉強をし、就職活動では人気の経営コンサルタント会社K社を志望した。K社での面接のとき、彼女は面接官から、責任感やリーダーシップについて質問された。早希はその場で高校3年のときの部活を思い出した。自分が部長として期間を伸ばし活動したこと、後輩を育てることの難しさなどを語った。自分としては力強く答えられたと思った。……面接後、1週間がたち、K社から採用通知が届いた。
[文:村山 昇/イラスト:サカイシヤスシ]
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