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「健康経営」は “お題目”くらいで、ちょうど良い。/川口 雅裕

INSIGHT NOW! / 2016年1月15日 8時0分


        「健康経営」は “お題目”くらいで、ちょうど良い。/川口 雅裕

川口 雅裕 / 組織人事コンサルタント

「健康経営」という言葉が流行り始めた。従業員の健康維持・増進に取り組むことによって士気や生産性が高まると、企業の業績向上につながり、医療費などのコスト軽減にもなるという考え方だ。従業員の健康と企業業績には、一定の相関関係が認められるという調査もある。しかしこれには注意が必要で、健康と業績に因果関係がある(健康が原因となって、業績好調という結果が生まれている)というわけではない。業績が良いから労働環境が良好になり、その結果として従業員が健康になったのかもしれないし、健康状態の良い(悪い)企業の業績が、必ず良い(悪い)ということが分かったわけでもないし、もしかしたら他の要因(例えば「自己管理に優れた人材を採用している」「人材が入れ替わり、平均年齢が若い」)が原因で、健康と業績の良さの両方が結果なのかもしれないからだ。

健康経営への取り組みの一部でしかないが、従業員の健康状態を把握するという意味で重要な「健康診断」は義務化されて長い。しかし、健康診断そのものの効果に懐疑的な意見も少なくない。例えば、定期的に健康診断や人間ドッグを受けている人ほど長生きしているというデータは存在せず、健康診断と寿命には関係がないようだ。それどころか、健診を受けて異常ありと診断された結果、余計な治療・投薬を施されて寿命を縮めているという指摘さえ医療関係者が行っている。そもそも、健康診断が義務化された1972年以前よりも、働く人々が健康になったという実感を持つ人はどれくらいいるのだろうか、あるいはそのようなデータは存在するのだろうか。厚労省は健康診断の実施が医療費の削減につながっている(=健康維持に役立っている)と言うが、真逆の意見や調査結果もある。

経産省は健康経営について、「企業が従業員の健康管理を経営的な視点でとらえ、戦略的に取り組む事は、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながると期待されます。また、国民のQOL(生活の質)の向上や国民医療費の適正化など、社会課題の解決に貢献するものであると考えられます。」と言っているが、「風吹けば桶屋が儲かる」のように聞こえる。従業員が健康になれば組織が活性化する、組織が活性化すれば業績や株価が向上するという余りに単純な理屈に、素直にうなづく人は多くないはずだ。

ではなぜ、「健康経営」が納得性をもって受け入れられているのか。それは、ハードワークを避けたい従業員と、“ブラック企業”呼ばわりされたくない、また人手不足を見据えて従業員の定着を図りたい経営の両者にとって都合がよいからではないかと思われる。医療業界にとっても歓迎すべきことだ。健診における正常値の基準は諸外国に比べてかなり厳しいようだが、健康診断は病人という医療にとっての顧客を創造する装置という面がある。「健康経営」はメタボ診断、ストレス診断を超える大ヒットになる可能性を秘めている。

時短や有給休暇の取得率といった無味乾燥な目標ではなく、ワークライフバランスといった曖昧な表現でもなく、「健康経営」は分かりやすいし、響きがよい。だから広く受け入れられつつあるのもよく分かるが、健康と組織活性化や業績向上との関係も、健康診断やそれに基づく治療や指導が健康の維持・増進に役立っているのかどうかも不明なのである。したがって悪くすれば、「健康経営」は従業員が健康になるわけでもなく、組織が活性化するでも、業績が向上するでもなく、単に緩い労働環境とオイシイ処遇が広まっただけに終わってしまうかもしれない。そうすると、会社が従業員の健康にかけるコストは減るどころか増えてしまい、喜ぶのは医薬業界だけということになってしまう。

もちろん、これとは逆に「健康」を旗印にして、労働時間の短縮を合理的に(サービス残業などに頼ることなく)進めるべく、役割や仕事の分担の見直し、無駄の排除、リーダーシップの進化、処遇システムの変更などが行われ、「働き方」を変えるきっかけになる可能性もある。働き方を変えれば、健康が実現するかどうかは別にして、組織の活性化や業績の向上は期待できるだろう。なので、「健康経営」は耳障りが良く、分かりやすいお題目として機能させておけばそれでよく、いかに働き方を変えるかという本質に心血を注ぐべきである。健康経営という流行に乗っかって、本気になって健康を追い求めても実りは期待薄だ。

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