「まだ住める家」には御用心/純丘曜彰 教授博士
INSIGHT NOW! / 2016年1月12日 6時0分
純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学
全国、あちこち空き家だらけ。それで、国土交通省は、中古住宅の傷み具合を調べ、質を担保し、その流通活性化を図る、と言う。しかし、これは、まったくの的外れだ。中古住宅が売れないのは、建物に傷みがあるから、ではない。不動産としての価値が無いからだ。
第一に、立地。不動産の価値は、建物ではない。まず、立地だ。高度経済成長期に開発された「新興住宅地」は、もはや高齢者だらけで、スーパーも撤退。若者や壮年の通勤通学者がいないから、バスの本数も激減。こんなゴーストタウンに、いくら傷んでいない家があったところで、いま生きている人間が住めたものではない。
第二に、地盤。当時は整地も雑で、バリアフリーなんか考えていないから、接道から玄関まで、ものすごい階段があったりする。地下駐車場も小型車サイズぎりぎりで、いまの天井が高いワンボックスのファミリカーが入らない。まして、もう一台なんて、軽自動車の余地すら無い。そもそも、前や裏、横が、2メートル以上もの練り積み擁壁だったりする。かと思えば、たいらはたいらだが、もとはどう見ても田んぼや沼地、それどころか砂地で、液状化必至というところも。こんな崖地、そんな埋地、つまり「災害予定地」は、「土地」ではない。そこに、いくら傷んでいない家があったところで、これまた、まだ生きていたい人間が住めたものではない。
第三に、躯体。1995年の阪神淡路大震災をきっかけに、2000年に建築基準法が大きく変わった。それ以前の住宅は、地盤調査もされておらず、布基礎や耐力壁も入っていない危険性がある。そもそも壁の断熱性や窓の気密性が、そのころの住宅と今の新築住宅では段違い。1980年基準の住宅はグラスウール30ミリ、92年基準は55ミリ、99年は100ミリ。サッシもいまや二重ないし複層が当たり前。厳しい言い方になるが、2000年以前に建てられたものなど、ホームレスの段ボールの仮小屋も同然で、いまにいう「住宅」の体をなしていない。
第四に、間取。古い住宅でつくづく考えさせられるのが、当時の主婦の立場。台所が狭く、北側で日当たりの悪い、暗い隅に追いやられてしまっている。いちいち食事のすべてを台所から盆に載せ、食卓まで上げ下げしないといけない。家事動線などまったく考えられておらず、重い洗濯物を持って、二階の干場まで、急な狭い階段を一日に何度も上り下りしないといけない。とくに階段の問題は致命的で、間取だけでなく、家そのものの躯体構造にかかわってきてしまっているために、リフォームしようにも、リフォームの余地も無い。
そして、第五に、将来性。売り手の老人は、まだ十分に住める、もったいない、と言う。だが、買い手からすれば、問題は、いま、ではなく、これから、だ。いくらいま安くて大丈夫でも、今後、一気にガタが来て、補修保全のマネーピット(金食い虫)となってしまう危険性のあるババをしょいこむバカはいない。20年単位の超長期ランニングコストの総額で考えれば、むしろいま、いっぺん更地に戻して、ゼロベースから最新の効率的な建築工法で新たに建て直した方が、自分自身の老後までも持ち、はるかに投資として確実。つまり、中古住宅など、傷んでいようといまいと、そんなもの、前の世代で投資としての寿命が尽きてしまっており、いまは撤去に費用がかかるだけ、マイナスの価値でしかない。いや、話は最初に戻るが、撤去してまで、そこに住むほどの将来性が無い立地だから、空き家のまま、ほっておかれているのだ。
年寄りからすれば、たしかに、家は、人生のほとんどすべての時間を費やし働いてローンを払ってきた、自分の一生を形にした財産だろう。だが、親族でもない若者からすれば、文化財ほどの価値もないゴーストタウンの老朽建物に、わざわざ自腹で高い費用をかけて保全補修して住まなければならない義理は無い。住宅地開発、不動産投資に失敗したツケを、外面だけのリフォームでくるんでごまかし、次世代に回そうとするのは、詐欺に等しい。
(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門 は哲学、メディア文化論。著書に『悪魔は涙を流さない:カトリックマフィアvsフリーメイソン 洗礼者聖ヨハネの知恵とナポレオンの財宝を組み込んだパーマネントトラヴェラーファンド「英雄」運用報告書』などがある。)
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