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コンセプチュアル思考〈第1回〉 「知・情・意」3つの思考/村山 昇

INSIGHT NOW! / 2016年2月5日 23時28分


        コンセプチュアル思考〈第1回〉 「知・情・意」3つの思考/村山 昇

村山 昇 / キャリア・ポートレート コンサルティング


◆「考える」ことのリテラシー教育
「読み・書き・そろばん」―――世を生きていくための基盤能力として昔の人はこの3つをあげました。こうした万人が修養すべき基盤能力を英語では「リテラシー(literacy)」といいます。昨今、その概念の適用は、情報リテラシー、メディアリテラシー、金融リテラシー、経営リテラシーなど、さまざまに広がっています。

直面する状況や扱う情報がますます複雑になるビジネスの現場において、物事をきちんと考える能力は、まさにリテラシーとして求められています。私たちは物事を考えているといっても、どれだけきちんと思考できているでしょうか。単に頭の回転が速いとか、記憶力がいいとか、文章力が優れているとかの能力の高さが、必ずしも業務パフォーマンスや事業推進力、リーダーシップ、自律的な働き方に比例していないことを私たちは知っています。また、知識はたくさん持っているのに見識がない人、語学力があってもその言葉で自分の意見を書けない人をそこかしこで見ています。考える能力のもととなる読み、書き、計算、知識記憶はあるものの、考える切り口を見つけることができない、考える内容を豊かに持つことができない、考える自分を力強く導くことができないというのが、多くのビジネスパーソンに起こっていることです。

ビジネスパーソンに向けた思考の基盤能力を養う教育プログラムは、すでに広がりをみせています。「ロジカル/クリティカル・シンキング」や「デザイン・シンキング」がそれです。これらの思考技術は、職種・業界を問わずどんなビジネスパーソンにおいても有効なものでしょう。ただ、教育的観点からすると、この2つの思考フレームではカバーしきれない領域の思考技術訓練がみえてきます。そこに着目したのが以降のシリーズ記事でご紹介する「コンセプチュアル・シンキング」です。

◆「知・情・意」の思考
哲学者カントは、人間の精神のはたらきとして「知・情・意」を考えました。人間の思考は当然そうした精神のはたらきの影響下にあります。その観点からながめると、人間の思考活動として次の3つがみえてきます───すなわち「知の思考・情の思考・意の思考」です。

例えば思考のなかでも、「鋭く分析する」「賢く判断する」「速く処理する」といったときの思考は、「知」のはたらき主導でなされる種類であるように思います。一方、「人の気持ちをくんで考える」とか「心地よさを形にする」「美しいを表現する」ときの思考は、「情」のはたらきに引っ張られているように思います。さらにはもう一つ、「深く洞察する」「綜合してとらえる」「意味を掘り起こす」といった思考は、「意」のはたらきが影響する種類とみることができます。



すなわち、3つの領域の思考リテラシー教育として次のように整理されます。

 〇「知の思考」を鍛える→「ロジカル/クリティカル・シンキング」
 〇「情の思考」を鍛える→「デザイン・シンキング」
 〇「意の思考」を鍛える→「コンセプチュアル・シンキング」

「意の思考」でいう「意」とは、意志、意味、意義、意図、意見です。意は「念」に通じていて、概念、観念、信念、理念にかかわります。そして意や念は、英語の「コンセプト:concept」に通じます。「意の思考」にかかわる「コンセプチュアル・シンキング」の教育は、わかりやすく言うと次のようなことを目指します。

 ・根源を見つめ概念化する思考態度をつくる
 ・本質をつかみモデル化する力を鍛錬する
 ・独自のとらえ方=観をつくる。
  そしてその観にもとづき意志のある仕事ができる
 ・深く豊かにものごとを咀嚼(そしゃく)する力を養う
 ・理念にもとづいた商品・サービスをつくる
  そして大局観に立った事業のグランドデザインを描くことができる
 ・意味をつくり出す人をつくる

コンセプトというと、何か企画を起こすときの軸となる考え方を思い浮かべる方が多いかもしれません。それは狭い意味で、この語は本来、「つかむ・内に取り込む」という意味を持っています。私たちは感覚器官を通して物事からさまざまな刺激や情報を受け取り、意や念としてつかんでいきます。さらには経験として取り込んだものを綜合して、物事の奥にひそむ本質をみようとしたり、物事に意味を与えたりします。そうして観(=物事の見方)という心のレンズを醸成します。これらの認識活動をカバーする言葉が「コンセプチュアル」です。

◆“コンセプチュアルに考える”場面はあふれている
振り返ってみれば、私たちビジネスパーソンにとって、日ごろ「コンセプチュアルに考える」場面はたくさんあります。

〈一業務担当者〉として、
・製品のコンセプトをどうするか
・直面する状況の問題構造をいかにモデル化して説明するか、など。

また〈管理職者〉であれば、
・どうチームのビジョンを描くか、どう理念を打ち出しメンバーを牽引していくか
・リーダーとしてぶれない軸を持つためのその軸とは何か、など。

さらには年齢や立場がどうあろうと〈一職業人〉として、
・自分自身の職業人としての存在意義は何か
・働く動機は何か、など。



こうした問いに向かう思考は、「わかる」を目指すものではありません。「わかる」とは「分かる/解る」と書くように、物事を分解していって何か真理に当たることです。これは「ロジカル・シンキング」をはじめとする「知の思考」が担当する分野です。また「デザイン・シンキング」をはじめとする「情の思考」が得意とする「表現する」ことを目指すのとも違います。こうした問いを考えるときこそ「意の思考」の出番です。「コンセプチュアル・シンキング」は、答えを「起こす」ことを目指す思考だからです。すなわち、自分の内に概念を起こす、意味を起こす、観(=ものごとの見方・とらえ方)を起こすのです。

1981年にノーベル化学賞を受賞した福井謙一氏は次のように言っています。

「結局、突拍子もないようなところから生まれた新しい学問というのは、結論をある事柄から論理的に導けるという性質のものではないのです。では、何をもって新しい理論が生まれてくるのか。それは直観です。まず、直観が働き、そこから論理が構築されていく。(中略)だれでも導ける結論であれば、すでにだれかの手で引き出されていてもおかしくはありません。逆に、論理によらない直観的な選択によって出された結論というのは、だれにも真似ができない」。
───『哲学の創造』PHP研究所より


◆末端の競争・処理に振り回されないための根源をつかむ思考
私たちは、「賢いだけの頭」「処理するだけの手足」を増やせばいいのでしょうか―――?

企業の人事部や経営層の方々と議論をすると、よく出てくるのが「うちも『iPhone』のような製品を生み出す人材が育てられないか」「なぜうちの社員は『iPhone』のような発想ができないのか」という声です。故ステーブ・ジョブズ氏を中心にアップル社がつくりあげた一連の製品群(iMacからiPod、iPhone、iTunes、iPadに至るまで)は、はたして論理的な思考の賜物だったのでしょうか。確かに論理は重要だったでしょう。しかし何よりも決定的だったのは、コンセプトを起こす力であり、グランドデザインを描く力であり、製品世界をイメージする力でした。さらには「Think different」という同社が文化として持っている強力な意志の力でした。これらはコンセプチュアルな能力に属するものです。さらには美・快の体験価値を具現化する力です。あれらの道具に最初に触れたときの操作感覚の驚き。そして日常使うときのウキウキ感。それらの実現には卓越したデザイン的思考が不可欠でした。

ビジネスパーソンにとって、帰納的・演繹的に推論ができる、「MECE」に考えることができる、あるいは「4C」や「SWOT」「5forces」などの思考ツールを使いこなすことができる、といった「知の思考」技術は武器になります。しかし、それらは万能ではありません。『iPhone』のような独創的なアイディアは、福井氏も指摘するように論理とはちがうところでの飛躍によって起こります。

その飛躍を可能にするものこそ、「意の思考」であり、「情の思考」です。むしろ論理はその発想の飛躍を助けるために有用なものといえます。要は「知・情・意」3つの思考の基盤能力を養い、それらをたくみに融合させる分厚い思考ができる人財を育てることです。

ますますスピードが加速するビジネス世界にあって、私たちは末端の専門知識・末端の製品技術の競争に忙しく立ち回っています。そのために根源をみることをしなくなりました。個と組織がほんとうの力をつけるためには、根源をみつめ考える力が必要です。存在を考える、意味を見出す、観をつくる。そのうえで末端の競争、処理、効率化に動く。この視点に立ち、私は基盤的な思考教育として「コンセプチュアル思考」を提唱するものです。以降、このシリーズ記事では「コンセプチュアル思考」の内容を講義形式で書き連ねてまいりますのでご期待ください。

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