介護スタッフの処遇と業務の改善こそが人手不足解消の鍵(前編)/日沖 博道
INSIGHT NOW! / 2016年3月23日 7時7分
日沖 博道 / パスファインダーズ株式会社
「介護離職ゼロ」実現には介護施設を大幅に増やす必要があること、その最大の障害は人手不足であることは、以前にも当コラム記事欄で指摘した通りだ。人手不足が職場の荒廃を招き、少なからぬ施設で利用者に対する虐待を生んでいるという指摘も最近は増えている。
本稿は、業務改革におけるアプローチにより「人手不足」問題解決の可能性を探ろうというものである。とはいえ、実際の企業向けコンサルティングと違って独自の実態調査を欠くため、既存の調査データを援用することと、未検証のままで論を進めざるを得ない箇所が多々あることはお許し願いたい。
最初に、簡単に現状把握とボトルネックの特定をしておこう。「介護業界は人手不足」とよく言われるが、正確には「需要が急拡大する中、供給が追い付かない」のだ。就労数はむしろ着実に増えていることも以前に指摘した通りだ(社会保障審議会資料「介護人材の確保について」P.5)。
次に、人手不足業界のボトルネックは典型的に2つ存在する。一つは離職率の高さ、すなわち採用した端から離職するので常に足らないというものだ。もう一つは応募率の低さ、すなわち募集数に対し応募が随分少ないという状況だ。介護業界はこの両方とも当てはまる。
まず離職率をみると、全産業平均(15.6%)と比べて介護職(16.6%)に大きな差があるわけではない(前出の資料P.13)。「介護職は離職率が高い」というイメージを持たれている多くの方には意外だろう。実は約10年前には20%を超えていたのだが、今では3次産業全体の平均よりも良いくらいだ。
だからといって業界経営者の方々に安堵してもらっては困る。介護職には使命感と覚悟を持って就職する人たちが他より多いことを考えると、本来なら離職率はもっと低くてよい。そうした人たちをして「覚悟はしていたがここまでひどいとは…」と離職させる実態があるのだ、と反省していただきたい。
次に応募状況を見ると、介護業界の有効求人倍率は全産業のそれを常に、遥かに上回り続けている。社会的要請が高い職業でありながら期待ほど応募されないのだ(これもコラム記事『「介護離職ゼロ」のために優先すべきは介護スタッフの待遇改善』で指摘済)。
次に、両ボトルネックが持続している原因を探ろう。まずは「離職率の高止まり」に関してだが、どんな理由で介護職を辞めるケースが多いのだろうか。
残念ながらこれに関しては、対象が広範かつ回答選択肢が適切な既存調査が見つからない。仕方ないので、介護職を辞めた人たちのブログや諸アンケートの自由記述などから仕訳してみた。決定的な理由として典型的に挙げられるのは、①大幅な長時間労働、②頻繁な夜勤という劣悪な労働条件なのに、③低い給料しかもらえないという不満がベースになっている。
その上でダメ押しともいえる要素が、④職場の人間関係が悪いことだ。背景にあるのは「職場崩壊」の構図である。キツいのに低い給与→一部の離職→人手不足でギスギスした職場で、「他に移れない」先輩がデカい面→さらに離職が進む、といった悪循環が多くの職場で生じており、「離職率の高止まり」を継続させていると推察される。
次にもう一つのボトルネック「低い応募率」が続く原因を探ろう。つまり「なぜ人は介護業界への就労をためらうのか」ということである。考察のため、4グループに場合分けしたい(図表)。
第一はほとんど就業経験のない「新卒組」。第二は他業界で就業経験のある「転職組」。第三は以前に介護業界で働いており、子育てなどの自己事情で辞めたが事情が緩和されて復職を考えている「手離れ組」。最後が、前の職場への不満などで離職したが、この業界への復帰を考えている「復職検討組」だ。
「新卒組」が就職先の判断材料とするのは、就職関連本や雑誌およびネット上にある断片的な業界情報、同世代の友人の意見、あと重要なのは両親の意見であろう。「転職組」の場合には同様の断片的な業界情報に自らの社会常識が加わり、両親の影響力は大いに低下しよう。しかし身近に介護業界の人がいない限り、いずれも伝聞情報に基づくことには違いがない。
「新卒組」の場合、「やりがいを感じる」職業として当人がその気になっても、両親が断念させることも少なくないとされる。「転職組」の場合にも、一家の大黒柱として働くことを考えると最終的な選択肢としては残らないという意見もよく目にする。なぜか。
介護の仕事に「低賃金で重労働」とのイメージが強いことが主要因であろう。内閣府の「介護保険制度に関する世論調査」(平成22年)によると、「介護職のイメージ」のネガティブな面としては「夜勤などがあり、きつい仕事」「給与水準が低い仕事」「将来に不安がある仕事」の3つが高い割合を示している。これが世間一般の、介護職に対する偽らざるイメージだろう。
売り手市場になった今、そんな職場を選んでくれる奇特な人たち、そして選ばせる家族は多くない。介護業界に関する正確・詳細な情報が不足している「新卒組」と「転職組」ではほぼ共通して、こうした世間一般の持つネガティブなイメージがボトルネックになっていると推察される。
そして実態の多くもそれに近いため、なかなか解消に向かわないのである。大半の施設において介護職には夜勤がつきものだ。排泄物の処理やおむつ替えなどの「下の世話」も多くの職場において日常業務の一環である。
また、厚労省の「平成25年賃金構造基本統計調査」によると、福祉施設の常勤介護員の月給は全国平均で21.8万円と、全産業平均の32.4万円より約11万円も低い。昨今増えている非正規雇用のスタッフであれば、さらに一段と安い給与なのが実情だ。
次に、介護業界への復職を考えている人たちにとってのボトルネックを考えよう。「手離れ組」は資格も持ち、最も有望な人材候補層である。ブログや記事などで判断する限り、彼ら彼女らが介護への復職をためらう最大の理由は、「以前よりは子育てに手間が掛からなくなったとはいえ、まだ子供が小さいのでフルタイム勤務は無理」といった時間的な制約と考えられる。
最後の「復職検討組」のボトルネックは当然、以前の職場を辞めることになった不満や問題が次の職場でも待っているのではないかという懸念である。現職の「戦線離脱」が相変わらず続いている上に、離職した人たちの苦い自己体験がネットで拡散され、「復職検討組」をして「やっぱりこの業界は変わっていないんだ」と失望させていることは想像に難くない。
(→後編へ続く)
(本稿は、雑誌「公明」2016年4月号の特集「長寿社会を支えるために」の記事『深刻な介護の人手不足』解決の可能性を探る)をベースに追記等を行ったものです)
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