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『脳はなぜ「心」を作ったのか』前野隆司(筑摩書房) ブックレビューvol.7/竹林 篤実

INSIGHT NOW! / 2016年3月22日 13時35分

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竹林 篤実 / コミュニケーション研究所

瞑想で無念無想になれるか

筆者も瞑想に励んでいる。一年ぐらい前から、いわゆる野狐禅である。朝、目が覚めたら、布団から出て二つ折りにした座布団の上に座る。足は半結跏趺坐、座布団を敷くことで骨盤が前傾する。手は印らしきものを組んで、呼吸に意識を集中する。できるだけ長く吐くよう心がけ、吸うときには腹をへこませる。

時間にして15分から、長いときで30分ほど。それで無念無想の境地に到る、ことはない。残念ながら、まずない。先ほどまで見ていた夢のこと、仕事上の心配事、将来に対する漠然とした不安(なんせアラカンである)、今日の予定、昨日誰かにいわれた気になるひと言などなど。

もう、これでもか、といわんばかりに次から次へと妄想が浮かび上がる。おかしいではないか。自分の意識では「何も考えるな」と脳に命じているのにもかかわらず、脳は自分のいうことを聞かない。体はじっとしているが、脳の中では化学物質が活発に流れていて、あちこちで火花が散っているのだ。脳内の勝手な活動は、一体誰が取り仕切っているのか。

意識と無意識

「人間は、私たちが「意識」する以上にいろんなことを「無意識」にやっている」(同書、P22)」と著者は説明する。例えば、立食パーティーでワイングラス片手に誰かと談笑する。そのとき無意識は、ワイングラスを持つ手に適度に力を入れさせ、じっと立っているだけの力を足の筋肉に加え、相手を見るよう視線をコントロールし、ざわめきの中から相手の話を聞き取る。すべて無意識のなせる技である。

考えてみれば、人は無意識のうちに、実に多くの動作を行っている。例えば、このテキストを読んでいるあなたは、今この瞬間に無意識に体のどこかを動かしたはずだ。鼻の頭に手をやったかもしれない、まばたきをしたかもしれない、あるいは両手の指を組み合わせてみたかもしれない。

では、無意識とは何か。

本書が画期的なのは、無意識のような脳内の働きを「脳の中にいるたくさんの小びとのなせる技」と仮定する視点である。ニューラルネットワークの比喩として用いられる「小びと」は、実に示唆に富む。

「たとえば、赤いリンゴを見た時、色を識別する小びとがいる(ニューラルネットワークのモジュールがある)。また、丸い形の物体だということを識別する小びともいる。これらの結果を受けて「赤くて丸いこの物体はリンゴだ」、という答えを出す小びとがいる」(同書、P37)

統合しているのは誰(何)か

「リンゴの特徴は、色、形、動き、陰影、質感といった因子に細かく分けて別々に処理されたあとで統合されている」(同書、P58)。だとすれば、統合しているのは誰なのか。それが、自分の意識なのだろうか。

ここで驚くべき実験結果が引用される。仮に、あなたが指を動かそうとするときのプロセスはどうなっているのだろうか。脳が「指を動かせ」と指示した結果、指は動く。そんなの当たり前じゃないか、というなかれ。

脳内の電位を計測した結果は、その順番が逆であることを教えてくれる。つまり「なんと、「無意識」下の運動準備電位が生じた時刻は、「意識」が「意図」した時刻よりも350ミリ秒早く、実際に指が動いたのは「意図」した時刻の200ミリ秒後だったのだ」(同書、P76)

つまり、まず無意識のスイッチが入り、脳内の活動が始まる。この無意識のスイッチを入れているのが、脳内の小びとである。

ここで、当然、次の疑問が湧きあがるはずだ。では、その小びと一体、誰の命令を受けているのか? 小びとに命令を出す存在、それこそが意識(「私」と読んでも良いのかもしれない)ではないのか。驚くべき結論を著者は主張する。

小びとたちを統率する存在はないのだと。

多数決で動く小びとたちと都合の良い錯覚

そんなバカなと思って当然、私の行動を統率しているのが、私ではないとしたら、一体誰が(何が)私の行動を決めているのか。筆者は「小びとたちの多数決」だという。具体的には、ニューラルネットワークによる学習効果が総合的にもたらす結果である。

では「私」とは、「意識」とは何か。小びとたちの行動結果をながめて、その行動を「自分がやった」と錯覚するメカニズムが「私」あるいは「意識」の本質だと本書は説く。

だとすれば、なぜ「意識」が必要になるのか。「「意識」は無意識の結果をまとめた受動的体験をあたかも主体的な体験であるかのように錯覚するシステム」(同書、P115)だからだ。それが生存に有利であったために、そのように進化した結果である。

小びとたちの体験が自分を作る

「ニューラルネットワーク(すなわち小びと)のつながり方や発火しやすさは、その後の学習によって後天的に変わっていく」「だから、(小びとたちが何を体験するかが決まる)育つ環境は人格形成のために重要だ」(同書、P123)

ニューラルネットワークが脳内で発生するメカニズムは、誰もが同じであるのに、その後の考え方が一人ひとり異なるのは、生まれて以来の体験のせいである。

では、最近流行りのAIも脳と同じように作ることができるのではないだろうか。要するに、ニューラルネットワークに似せた回路をコンピューター内に作り、そこでさまざまな経験をさせる。人が一日24時間かけて行っている小びとたちの活動を同じことをコンピューターにさせれば、人のようなAIが誕生する。

2004年に出版された本書に、その答えは記されていない。けれども、いま著者に尋ねれば、どのように答えてくれるだろうか。脳や心、心霊現象などに興味のある方は、ぜひ一読されることをおすすめする。

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