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iPS細胞最新事情「iPS細胞で何ができるのか」/竹林 篤実

INSIGHT NOW! / 2016年3月29日 7時0分


        iPS細胞最新事情「iPS細胞で何ができるのか」/竹林 篤実

竹林 篤実 / コミュニケーション研究所

そもそもiPS細胞って?

人の体は、細胞によって構成されている。その大きさは、わずかに10ミクロン程度。これが約37兆個集まって、人の体ができる。細胞の種類は、ざっと100種類ある。

ただし、元をたどれば、すべての細胞は受精卵に行きつく。受精卵が細胞分裂を繰り返す中で、ある細胞は神経細胞となり、また別のものは異なる細胞へと変わっていく。これが「分化」と呼ばれる現象だ。分化は一方向にしか起こらない、つまり神経細胞が元の受精卵に戻ることはない。

この常識を覆したのがiPS細胞だ。どんな細胞であれ、山中因子と呼ばれる4つの遺伝子を入れることで、受精卵に近い状態(=iPS細胞)に戻すことができる。逆方向に分化を起こしたことが、ノーベル賞の受賞理由だ。

できたiPS細胞には、2つの特長がある。どんな細胞にも変身できることと、半永久的に増やせることだ。だから、冒頭の手術のように網膜細胞が弱ってしまった場合、iPS細胞で新しく網膜細胞を作りなおして移植すれば元の状態に戻すことができる。

最初の手術の好調な経過

昨年10月、世界初となった網膜再生手術の1年後の経過が発表された。結果は良好、懸念されたがんなどの異常は見られないとのこと。特に「がんはない」と強調されているのには理由がある。iPS細胞を実際に使う場合の問題点として、細胞のがん化があるのだ。

細胞には、生命の設計図を構成する物質DNA(アデニン・チミン・グアニン・シトシンの4種類)が入っている。これが約30億個、決められた順に並んだものがゲノム、つまり細胞の設計図である。細胞が分裂する時には、ゲノムもコピーされる。とはいえ30億ものつながりがあるから、時にどこかでコピー間違いの起こることがある。

このゲノムの変異ががんを引き起こす。そして、人工的に作られたiPS細胞では、変異が起こりやすいことが問題点の一つとされていた。ただし、この問題は、技術の進化によりほぼ解消されている。

iPS細胞の安全性を確かめるためには、元になった細胞とできたiPS細胞のゲノム配列を比べればよいのだ。具体的には30億文字の配列を比べて、違いがあるかどうかを確かめればよい。コンピュータパワーの劇的な進化により、1975年には1日1万文字だった解析ペースが、今では30億文字を2日で読めるレベルまで進んでいる。これは、今後も早くなると予想される。早くなれば、その分コストも下がる。

臓器も再生できる?

iPS細胞による治療といえば、よく想像されるのが臓器などの再生だろう。実用化までには、まだいくつも課題があるが、その一つが、iPS細胞から必要な臓器を再生するのにかかる時間である。

例えば脊髄損傷を受けた人の脊髄を、iPS細胞で再生する研究が進められている。ここでもネックとなるのが時間である。脊髄損傷の治療は、損傷してから2週間から4週間の間に行うのが望ましい。ところが患者自身からiPS細胞を作っていたのでは、治療に必要な量ができるまでに半年以上かかってしまい間に合わないのだ。

時間の問題を解消するために、iPS細胞をストックする計画が進められている。他人の細胞から作られたiPS細胞は、免疫反応を起こすことが問題とされていた。そのため再生医療における安全性を考えれば、自分の細胞から作ったiPS細胞を使う方が望ましい。けれども、それでは時間的に間に合わないケースが出る。

そこで、CiRA(京都大学iPS細胞研究所)は、再生医療に使用できる汎用性のあるiPS細胞の製作に取り組み、昨年8月より提供を始めている。もちろん、このiPS細胞が全ての人に安全というわけではなく、今のところは日本人の約17%については免疫反応が少なく移植可能とされる。CiRAでは、2017年度末までに日本人の3~5割程度をカバーできる再生医療用iPS細胞ストックの構築に取り組む計画だ。

がん治療の切り札「免疫細胞」再生

再生医療以外にも、iPS細胞には大きな期待が寄せられている。中でも注目されるのが、iPS細胞を活用したがん治療だ。

がんは、1981年から日本人の死因第一位であり、毎年約30万人の人が亡くなっている。恐ろしい病気だが、これを発症するメカニズムは、細菌やウイルスが体内に入ることで引き起こされる感染症とは根本的に異なる。

がんとは、自分の体の中にあった正常な細胞が異常な状態(=がん細胞)になることによって引き起こされる。しかも、がん細胞は実に巧妙な生存戦略を持っている。

体内に発生したり侵入した異物に対しては、通常なら免疫が働く。これにより、外部から入ってきた毒素や細菌などに体は対抗する。免疫には、敵を見つける役割のものと敵を攻撃する役割のものがある。

ところが、がん細胞は免疫に対して2つの強みを持っている。免疫に見つかりにくい上に、そもそも対抗できる免疫自体が少ないのだ。これを裏返せば、がんに対する治療法となる。つまり、がんを見つける免疫と、がんと闘う免疫を作って、体内に入れるのだ。

免疫も細胞であるから、iPS細胞によって作り出すことができる。がんと戦うTリンパ球からiPS細胞を作り、再びTリンパ球を作ればよいのだ。ここでiPS細胞の特長である、無限に増やせるメリットが生きてくる。

もちろん、実用化までには、まだいくつかの課題を解消しなければならない。けれども、今年(2016)2月、CiRAはiPS細胞から免疫細胞の一種であるiNKT細胞の作成に成功した。自分の免疫機能を活用したがん治療なので、副作用の心配もない。iPS細胞を活用することで、がんを克服できる日も、そう遠くないことが予想される。

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