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東京五輪新エンブレム4案寸評/純丘曜彰 教授博士

INSIGHT NOW! / 2016年4月9日 19時30分


        東京五輪新エンブレム4案寸評/純丘曜彰 教授博士

純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学

行かがり上、あちこちからコメントを求められるので、まとめてちょっと寸評しておこう。専門として気になるのは、単純な視覚デザインとしての好き嫌いではなく、エンブレム、つまり紋章としての図象学的な意味だ。


A案:組市松紋


幾何的スタイルのデザインの代表として候補になったのだろう。藍一色は、やや地味に見えるが、高コントラストで、印刷しやすく、また、視力の弱い人でも認識しやすい。よくある市松模様に独自の工夫を加え、幾何デザインでもまだ大きな可能性があることを示しており、プロらしい仕事ぶりだ。ただ、意味合いが薄く、企業ロゴでも通用してしまい、オリンピックらしさがあるかどうか。市松模様は、日本独自というわけではなく、概してメイソンリーが好む柄。市松と呼ぶにしても、江戸中村座の歌舞伎役者、初代佐野川市松に由来するとはいえ、この柄で演じたのは『心中万年草』で、大阪の近松門左衛門が作った京都高野山の話。また、藍も、ジーンズのように、日本独特の色、と言うには無理がある。このスタイルで行くのであれば、江戸小紋からアイディアを発展させた方がよかったのではないか。



B案:つなぐ輪、広がる和


RGB3原色に金を加えたもの。ただし、金は、ベタではなく、グラデーションで表現しているので、印刷にも耐えられる。黒に代えて、この輝きの白を加え、オリンピックの5色に相当。国際オリンピックの五輪マーク、国際パラリンピックの飛翔マークを踏まえ、調和と躍動をシンプルな図案の中に取り込んでおり、いかにもオリンピックらしい、うまい構成だ。しかし、日本らしさ、東京らしさ、という点において、主張がまるまる欠けている。また、一見して、ブラウザのFireFoxのマークとの類似が感じられ、パクリではないものの、オリジナリティにあふれている、というわけにはいかなかった。このアイディアで、なにか日本や東京のシンボルとなるもののモティーフを取り込むことができていたら、もっと評価されただろう。



C案:超える人
いかにも日本的な俵谷宗達の風神雷神図をモティーフにし、光琳や抱一など、その積年の図案伝統を現代風にさらに発展させたという点において、おもしろみがある。が、これを浅草雷門だから東京のもの、というのは、屁理屈すぎる。もともと風神雷神は、京都三十三間堂の木造として知られ、さらに遡れば中国やインドにまで至る。この意味で、アジア大会かなにかなら、風神雷神のモティーフもふさわしいかもしれないが、オリンピックで、なぜ風神雷神なのか、世界の人々には、どうにも説明がつかない。それ以前に、十字架でも、ダビデの星でも、星と三日月でも、オリンピックには、絶対に宗教的なモティーフは持ち込んではならない。風神でも、雷神でも、神である以上、そんなもの、オリンピックには、絶対に使えない。こんな基本的な問題に気づかない予備審査は、聖火台の無い競技場と同じ。日本人の宗教感覚の欠如、視覚的な面しか考えていない、文化的な一般教養の浅い日本のデザイン業界の弱さが、こんなところで出て来てしまって、とても残念だ。



D案:晴れやかな顔、花咲く
朝顔をモティーフにしたもの。招致エンブレムが桜の輪であったのに対し、夏のオリンピックに朝顔というのは、悪くあるまい。日本では当たり前の花だが、朝顔は、桜以上に日本で独自に発展改良され、人々に愛されてきたもの。世界の中では、オランダのチューリップ並みに日本らしさのある花で、浮世絵などを通じて、世界に知られている。日本のものは、日本人がかえって一番、知らないのかもしれない。デザイン的には、赤と金、紫、水色と、やや違和感のある取り合わせだが、これは、アニメで爆発的にリバイバルしている『おそ松さん』などに見られる近年の日本のポップな色彩設計で、もう少し調整すれば、見られるものになるかもしれない。図象としては、単純な円弧を接点で切り替えてつないだだけのもので、頭でっかちで全体のバランスも悪く、素人っぽさが残るものの、これがプロの仕事でなければ、招致エンブレムを作ったのが美学生であったように、それはそれでかえってウリになりうるかもしれない。一部に、花の中心が戦時中の旭日旗を思わせる、という意見もあるようだが、旭日旗というのは、中心から外へ八方に線が広がっていっている図象のことで、こういう後光のような先細りの図象は、世界中で使われている。それよりも、モティーフに朝顔をあしらったということが、アイディアとしてすばらしい。心象風景として、朝顔は、路地のような狭いところでも楽しまれ、東京の下町情緒を感じさせる。この図案では花だけを採り上げているが、ツルが伸び、葉が茂り、夏の暑さの中で、一つの鉢にいろいろな花が咲く姿は、オリンピック、パラリンピックのイメージにもふさわしいように思う。



以上のような所見で、C案だけは、絶対にまずい。神がモティーフであると公言してしまった以上、宗教的に偶像崇拝を禁じている多くの国々から大会エンブレムの使用拒絶をくらうのは必至で、後で大揉めになり、さらにまた選び直さなければならなくなる。A案、B案も悪くはなく、D案が視覚的デザインとして優れているとは言い難いが、消去法で、D案にしておいた方が面倒が少ないだろう。


いろいろ問題が噴出している東京オリンピックだが、この新エンブレム選定を仕切り直しとして、その朝顔のツルで、もう一度、人々の心をとらえ集め、その競技場という鉢の中に多くの大輪の花が咲くような立派な大会になることを願っている。


(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。著書に『悪魔は涙を流さない:カトリックマフィアvsフリーメイソン 洗礼者聖ヨハネの知恵とナポレオンの財宝を組み込んだパーマネントトラヴェラーファンド「英雄」運用報告書』などがある。)

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