『生命はいつ、どこで、どのように生まれたのか』山岸明彦(集英社インターナショナル) ブックレビューvol.8/竹林 篤実
INSIGHT NOW! / 2016年4月18日 10時40分
竹林 篤実 / コミュニケーション研究所
ドレイクの方程式、あるいは宇宙文明の数について
N=R*✕fp✕ne✕fl✕fi✕fc✕L
こんな方程式がある。ドレイクの方程式と呼ばれており「銀河系の中に、電波技術を確立した知的文明がどのくらいあるのか」を検討する計算式だ(本書、P165)。この方程式を考えたドレイクが1961年に試算した結果によれば、宇宙に10個の文明があるとされる。
もちろん、これはあくまでも一つの仮説にすぎない。方程式の各変数にどのような数値を入れるかによって、計算結果はまったく違ったものとなる。1961年以降50年以上が経った現在の知見に基づけば、変数の取り方はドレイクが計算したものとは確実に異なるはずだ。
ただ、一つだけ間違いなくいえそうなのは「地球にだけ生命体があると考えるのはおかしい」という仮説だろう。そこで次の疑問が浮かぶ。
では「生命とは、一体何なのか?」
定まっていない生命の定義
辞書を引いてみると、次のように記されている。
「生物の活動を支える、根源の力。いのち(『新明解国語辞典第六版』)」。あるいはWikipediaをみれば「この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です」とある。ざっと1万3000字のテキストが記されているが、当てにできないということだ。ブリタニカ国際大百科事典によれば「生物が示す基本的な特質と考えられているもの。自己を維持するための代謝,自己増殖としての成長,同型のものを再生産する複製,外界への反応性と適応性などの特質をあわせもつ物質複合体あるいは個体の状態をいう。」となっている。
諸説あるようだが、本書によれば「生命の定義らしきもの」は存在していて、それは次のようになる。
1.膜で囲まれている
2.代謝をしている
3.複製増殖をしている(本書、P29)
このような定義であれば、なんとなく納得がいくのではないか。と同時に、おそらくは中学生時代に生物の授業で習ったはずの「単細胞」の図が、頭に浮かんだのではないだろうか。
単細胞に思いを馳せることができたなら、あなたの体も、その細胞の集まりでできていることに納得できるだろう。話題のiPS細胞も、細胞の一種である。そして、すべての生物は共通の祖先に由来する。つまり、生命の起源をたどると、おそらくは一つの細胞に行き着くのだ。
最初の生命は深海で生まれた?
地球ができたのは約44億年前とされる。そして生命が誕生したのは、約38億年前のことらしい。
最初の生命は、生物進化の系統樹をたどっていくと「好熱菌」に行く着くようだ。初期の地球には、今のように酸素が大量にあるわけではなかった。原初の地球環境に最も近い場所とされるのが、深海底にある熱水噴出孔だ。ここでは海底から数百度の熱水が噴き出している。
もちろん酸素はなく光も届かない。だから光合成もできない。ただ、生命が必要とする化学物質が熱水に含まれている。つまり無機物を酸化還元して得られるエネルギーによって有機物が作られている。実際、熱水噴出孔のまわりには、今も微生物がひしめき合うように生きていることがわかっている。だから、生命もここで誕生したのではないか、と考えても不思議はない。けれども著者は、異論を唱える。
最初の生物に必要なもの
生命の定義らしきものには「3.複製増殖をしている」ことがあった。複製増殖は、どのようにして行われるのか。遺伝情報は、DNAとRNAによって伝えられる。これらは核酸であり、核酸ができるためには「乾燥」工程が必要となる。だから、水の中では核酸を作ることができない。つまり、最初の生命は熱水噴出孔のような場所でできたとは考えられない。
これが著者の主張である。
「それでは、最初の生命はどこで誕生したのでしょうか。私が最も可能性が高いと考えているのが、陸上の温泉付近です(本書、P34)」
ただし、これも現時点では仮説の一つである。最初の生命が、どこで生まれたのかを示す証拠は、今のところ見つかっていないのだ。
生物は何でできているか
例えば大腸菌の分子組成を考えてみよう。水70%、タンパク質15%、核酸7%、炭水化物4%、無機物1%である。この比率は、大腸菌であれ、人間の細胞であれ同じ。要するに生物とは「たっぷりとスープ(タンパク質水溶液)の入った革袋(本書、P96)」と言える。
ここで生命の定義らしきもので記した、1.膜で囲まれていること、2.代謝をしていることが重要になってくる。膜で囲まれているから、中にスープを入れておくことができる。さらに代謝をしているから、栄養素を取り入れ、老廃物を細胞外に出すことができるのだ。そう考えれば、生命とは化学反応と捉えることもできるだろう。実際、脳内で起こっている様々な情報処理も、すべては化学反応の結果といえる。
だとすれば、広大な宇宙の中で、生命を誕生させる化学反応が地球だけで起こったと考えるのは、無理がある。
本書を読めば、生命がいつ、どこで、どのように生まれたのかは、だいたい分かるだろう。すると次には、その先を知りたくなるのではないだろうか。最初に生まれたたった一つの細胞が進化し、それが最終的には人間に至った。それではなぜ、人間だけが「考える(ように化学反応を起こす)」脳を持つに至ったのか。謎は深まるばかりである。
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