熊本地震は情報失策/純丘曜彰 教授博士
INSIGHT NOW! / 2016年4月21日 16時30分
純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学
今回の一件については、いずれ河野太郎防災担当大臣の責任が問われるだろう。震災翌日の初動から現地の蒲島郁夫熊本県知事との対応調整に失敗。(せめて自分で行けばいいのに、最低最悪の松本文明副大臣をメッセンジャーに選んで派遣したせいで、修復不可能なほどに現地との関係を拗らせた。)ここから、国も、県も、双方ともに主導権を失い、災害対策は迷走。
河野大臣にも言い分があるだろう。防災担当などと言っても、内閣府の中の総理の使いっ走りで、旧国土庁防災局のような直轄実行部門を持っておらず、国土交通省の手を借りなければ、もともとなにもできない。せいぜい、場違いでへんてこりんな蛍光イエローのスポーツウォッチで、アクティヴな大臣のイメージを押し出すだけか。一方、偉そうに大臣に啖呵を切った蒲島知事にしても、じつは県下を掌握できていない。すなわち、熊本では、熊本高校(西南戦争官軍側)出身者中心の県庁と、済々黌高等学校(西南戦争薩軍側)出身者中心の市役所と、歴史的にも人的交流が薄く、くわえて、2012年の政令指定都市化特例適用のための熊本市と周辺町村の間の強引な合併勧誘と拒絶自立のせいで深い遺恨が残っており、たがいに、自分でやれるもんならやってみ、というような、絶縁の気分があったところで、今回の災害が起こった。
同じことは、熊本の報道機関についても言える。NHKと熊本放送(熊本日日新聞、TBS系)が圧倒的に強く、KKT(日テレ系)、TKU(フジ系)、KAB(テレ朝系)は、もともと独力では県内全域の情報をカバーしきれていない。このせいで、とくに後3局系では、15日以降の情報源が益城町と南阿蘇村旧長陽村に限定されてしまい、それ以外のところで何が起こっているのか、ほとんど取材すらされないままに放置された。たとえば、16日早朝、阿蘇市(阿蘇山の北側)では、阿蘇神社が倒壊しただけでなく、狩尾などで、その後の大分方面の震域の広がりを予見させる巨大な断層が出現していたにもかかわらず、これがテレビではほとんど報道されないままになった。その一方、県外から応援に入ってきた取材陣は、土地勘が無く、同じ南阿蘇村でも、停電くらいしか被害のなかった旧白水村の様子を全国中継するなど、支離滅裂。
この間隙に、搬送が必要な傷病者がいるわけでもないのに、かってに「SOS」を出したり、それぞればらばらに救援物資要請をネットで拡散したり、それをまたテレビがヒーローのように大々的に全国放送で採り上げるものだから、さらに追随するバカも出る。おまけに、東京の三流タレントたちが、情報の真否も確かめずに、容量のでかい自撮り写真付きでリツィート。いったい誰に向けての情報なのやら。果ては、被災地でもないのに、寝ないで応援、というわけのわからないお百度参り型の善人アピール。そういうノイズは、むしろ通信妨害でしかない。真剣本気の「売名」なら、コロッケのように、いまも揺れている現地に自分自身でモノを持って来いよ。
もっとも笑えたのが、県外の連中がツイッターで一生懸命に拡散させていた熊本市内の「銭湯」情報。そりゃたしかに熊本にも銭湯はないではない。だが、熊本は周辺が温泉だらけなの。市の水道が断水していたって、温泉は源泉だから関係ない。ばってんの湯や城の湯は、翌4月17日午後には営業再開。テレビにも、ネットにも出なかったが、地元ではみな知っていて、昼間は入場制限をかけるほどの大混雑。こんなときに銭湯の宣伝なんか、熊本人には余計なお世話。
つまり、情報が無いのではない。狭い地元では、震災の前も後も、口コミが安定して機能している。もともとSNSなど、東京と違って、熊本ではガキのオモチャで、中高年には関係がない。地元民が、SNSやテレビなど、口コミ以上の横の情報拡散を嫌うのは、都会と違って、地元の施設などのキャパがもともと地元民でだけでせいいっぱいだから。隣町の人といえども、「よそ者」を受け入れられる余裕がない。ところが、土地勘の無いテレビなどに、被災者代表のような顔をしてフライングするバカが出て、それをきっかけに日本中がごちゃごちゃ直接に割り込んで引っ掻き回し、ライオンがどうこうみたいな、もっともらしいデマまで口コミに紛れ込み、かえって混乱。
その一方、公式の確定情報、各部門の責任者の顔が見えない。足りないのは、全国と地元をつなぐ縦の連絡、責任者の名と首を懸けた「公式情報」だ。地元のコンビニや温泉が開いているかどうかわからない地元民はいない。東京のやつらに、わざわざテレビやSNSで教えてもらうまでもない。だが、いつそこにだれがなにを県外から配送してくれるのか、それがわからない。なぜそれを東京側で取材してくれないのか。逆に、地元で足らないもの、それをどこに要請したらいいのか、市なのか、県なのか、国なのか、それとも、ローソンやセブンイレブンの本社なのか、どこに窓口があるのか、それがわからない。なぜそれを上の連中は教えてくれないのか。報道も、熊本の場合、イオンなんかより、ゆめタウン(旧ニコニコ堂、広島が本社)の営業情報の方が、車での買い出しに必要なんだよ。生活再建にはサンコー=ダイキや百均の入荷情報が必要なんだよ。
1991年の雲仙普賢岳大噴火のとき、ひげの島原市長、鐘ヶ江管一(当時60歳)が、みずから災害救助活動の陣頭指揮を執り、県や国への支援要請に奔走した。この災害の被害を治めるまでヒゲなど剃っている暇はない! という、あの不退転の覚悟を見たとき、市民も、全国の人々も、彼に任せよう、彼の指示に従おう、と一丸になれた。大臣や知事、市長は、ただの安穏たる名誉職ではあるまい。むしろ、こういうときのためにこそ、いわば「人柱」として、人々の期待を一身に集めているのだ、というくらいの気概が求められる。
本来なら、内閣府防災担当大臣本人が自衛隊ヘリを使ってでも当日のうちに福岡あたりに乗り込んで前線本部を開き、グーグルかウィキのマシンパワーとマンパワーを借りて熊本県内外の災害情報センターをネット上に開設し、そこで一元的に情報の収集、整理、発信を「公式」に行うべきだった。それがあれば、救援は警察や消防、自衛隊などに任せるにしても、物流の断絶状況把握と交通回避策、地元要望掌握、搬入頒布調整、優先順位整理など、ロジスティックスの対応が、自衛隊だけでなく、ヤマトや佐川、日通などとも協力してできたはずだった。同様に、なにを情報として取材し報道すべきか、各局は、中心に、地元の事情に通じた専権キャスターを立てるべきだった。あまりの広域災害で、どの局も能力不足は明らかだったのだから、NHK熊本局か熊本放送が幹事になって、取材の重複を避け、中継でも素材でも協力共有し、より細やかな目配りをすべきだった。
総じて、東京の政治家やテレビ、タレント、被災者でない、熊本の内情を知らない連中まで、善意の美名に乗じ、どこか心の底で災害を事件として楽しんでいるのが透けて見えるかのようで、とても不愉快だ。(アラビアのロレンスの告白を思い出す。)家族や友人を失った人、家と家財を失った人、そして、これから起こるかもしれない災害に巻き込まれるかもしれない人、そういう人たちを前に、指先の受け売りフリックだけで支援できるなどと思うな。これはゲームじゃない。
(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン、元東海大学総合経営学部(熊本キャンパス)准教授。専門は哲学、メディア文化論。)
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