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野老朝雄の新東京五輪エンブレム/純丘曜彰 教授博士

INSIGHT NOW! / 2016年4月25日 19時10分


        野老朝雄の新東京五輪エンブレム/純丘曜彰 教授博士

純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学

 ようやく東京五輪エンブレムが決まったとか。野老朝雄。言われてようやく、ああ、そうか、と、この作品のすごさが、改めて、いろいろ見えてきた。平野敬子が当初からケチをつけていたせいで(などと、人のせいにしてはいかんな。ようは私がまだまだ勉強不足なだけ)、てっきり先の次点の原研哉の作品だと思い込んでいた。だが、野老のものとなると、話はまったく違う。単独のこじゃれたエンブレムとして成り立っているだけではない。市松のメイソン趣味も納得がいく。野老氏の作品は、梅田などにもある。みんな踏みつけていて、気づかない。それくらい空間にうまく溶け込んでいる。


 アドビのイラストレーターというソフトのせいで、最近のデザイナーは、猫も杓子もみんなやたらベジェ曲線ばかりをつかう。端点とアンテナをいじると、きれいな曲線がかんたんに描ける。たしかにきれいなのだが、それは方程式の高次解から導き出されるもので、もちろんそんなもん、人手で書けるわけがない。デザイナーが描いているというより、ソフトが描いていると言った方がいい。


 一方、建築出身の野老。定規とコンパス。およそ3層くらいまでの構成で、とてつもない多種多様な図形を吐き出させる。日本が世界に誇るべき江戸時代の高度な幾何算術「和算」の美。ちょうど先日、風狸けんのマンガ『和算に恋した少女』を読んでいたところだ。『天使と悪魔』や『トカゲ』で有名なだまし絵のエッシャーなんかも、同じ技法を使っている。単純な幾何図形の奥底に、まだまだ多くの可能性が秘められていることを思い出させる。それは、それらがつながったときにこそ、はじめてそこに現れてくる大きな力だ。


 藍一色で地味、というが、逆にそれは何色にへんげしてもよいということ。あの構造まで理解していないが、隠された扇が輪になって平面や空間を無限に埋め尽くす能力があるのではないかと思う。先の選定で決め手とされた、展開力、という意味では、彼の作品、彼の能力は、佐野をはるかに凌ぐ。たとえば、ちょっとコピペをしただけでも、こうなる。おそらく彼が提出した素案には、もっとすごいアイディアが満載されていたのだろう。これから、我々を驚かせてくれることを大いに期待している。


 正直なところ、このエンブレム、はなからオリンピックは関係あるまい。厳しい言い方になるが、野老氏の作品は、もともとどれも無機的で、オリンピック、パラリンピックの根幹となるべき人間味、ヒューマニズム、命の力が無い。世間では早くも、葬儀の黒い花輪、と揶揄している。それももっともな話だ。生きた人間のいない数学的天上世界で、ただ永劫循環するだけの機械時計。エンブレム委員会は、オリンピックの求心力となる世界の心のシンボルを選ぶべきなのに、また愚かしく単純なデザインのコンテストをやってしまった。オープンではない審査員の恣意的人選という根本的な問題が、最後になって結果に影響してしまった。世間の人々の心が離れていってしまうエンブレムが、良いエンブレムなわけがない。


だが、野老氏は、才人として掘り出し物だ。五輪カラーヴァージョンなどを出して、どうにか、この葬儀イメージを払拭挽回してくれることと思う。もともと建築出身だから、すべての会場のデザイン一般を統括するアートディレクターとしても適任。あちこちの美大などで非常勤講師をしており、後輩たちや弟子たちも人柄を慕って、以前から、かってに集まってきているようだし、やたら面倒見もよいと聞いている。ただ、これまで、縁故がはびこるデザイン業界にあって、デザイン学科出身ではなく、それもムサビ閥、タマビ閥の対立のはざまで、孤高独歩の人という印象だった。だが、これを機会に彼は大きなチャンスを掴み、閥のなれ合いを打ち破り、日本を代表するデザイナーの一人として世界の注目を集めるだろう。


追記:このオリンピックの図形は、見てすぐにわかるとおり、3ブロックの反復でできているが、各ブロックは、なんと見た目は7層になっている。ここがトリッキーなところ。だが、空白側を追えば、じつは8分割。この本来の構造は、むしろパラリンピック側の図形を重ねて考察した方がわかりやすい。正二四角形の痕跡が残っている。これは、半径を一辺とする正三角形6つからできている正六角形が4重になったもの。この一辺を直径とする小円に、いわゆる接弦定理、直径を一辺とするとき、円周角は直角になる、という法則を使って、3種の長方形を割り出している。長方形に目を奪われがちだが、その対角線のみを残すとき、その端点は各小円の円周上にあり、そこで小円の弦と弦が交わっている。そして、むしろ、この小円の中心(長方形の対角線の交点)が隠された補助円の円周上に並べられており、これによって、この有限の種類の図形(空白部の4種類の二等辺台形(二等辺三角形)を含む)で面を埋め尽くすことができるらしい。(証明は面倒そうだが、できそうな気がする。)この球体ヴァージョンを作ったら、ルービックキューブ並みの人気パズルとして世界中で大流行するにちがいない。(惜しむらくは、3種の長方形からできている空白の三角形が半端な形で、エレガントではないということ。二本、一本、三本の多様性にこだわったのだろうが、これが幾何構成の美を崩してしまっている。世界のだれかが、この多様性を取り込みつつ、もっとスマートな解を見つけてくれるだろう。)


(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。著書に『悪魔は涙を流さない:カトリックマフィアvsフリーメイソン 洗礼者聖ヨハネの知恵とナポレオンの財宝を組み込んだパーマネントトラヴェラーファンド「英雄」運用報告書』などがある。)

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