エリート・コミュニケーションの落とし穴 なぜ舛添都知事の説明は響かないのか/増沢 隆太
INSIGHT NOW! / 2016年5月11日 7時1分
増沢 隆太 / 株式会社RMロンドンパートナーズ
・謝罪とロジック
舛添氏の弁によれば、批判を受けているいずれの行動もすべて完全合法であり、都の規定も正規の承認の上で特例が認められているとのことで、少なくとも違法性や犯罪性は無さそうなことはわかります。ではこうした説明で一件落着でしょうか?恐らく視聴者や都民で、納得した人は誰もいないことでしょう。
舛添氏の説明は正に「説明」であって、謝罪ではありません。法的に問題ない、コンプライアンスに反しない以上、何ら責めを負う必要が無いというロジックで貫かれています。そうです、舛添氏は正しいのです。
いきなりですが、これこそが今回の件のポイントだといえます。正しいことを言ったとしても批判が集まってしまうことが、コミュニケーションにおける一側面なのです。炎上を起こしてしまう有名人は皆このことをわかっていないとしか思えません。ロジックの正当性と謝罪は全くの別物です。
外国語に長けた舛添氏は、欧米的なロジカルシンキングで正しい情報を正面から説明したに過ぎません。しかしそれはコミュニケーションとはいえないのです。
・コミュニケーションの目的
コミュニケーションに関する講演をする機会が多数ありますが、常に申し上げているのはコミュニケーションが、それ単体で成り立つことは無いということです。コミュニケーションは道具であって目的ではありません。就活する新卒学生などが大いに勘違いしていることも多く、ビジネスの上で役に立つものではあっても、コミュニケーションだけ長けていたところで、それは何の役にも立ちません。
今回舛添氏は意味もなく記者への説明やテレビ出演をしたのではなく、本当は目的があったはずです。それは「事態の鎮静化」です。都知事としての評判が落ちれば業務に支障が出るばかりでなく、最悪前任の猪瀬氏のように職を追われる可能性だってあるのです。
舛添氏のロジックは、前任者と違い違法行為を働いていない以上自分は悪くない=間違った行為でない=知事として適正で問題ないという主張です。前任の轍は踏まない隙の無さは超秀才たる舛添氏の真骨頂かも知れません。
・選挙を左右する「イメージ」
しかし政治家には、選挙という関門があります。ビジネスエリートやキャリア官僚と政治家が決定的に異なるのは、この選挙による一般有権者の支持を得なければならないという点です。一般有権者はエリートとは限らず、むしろ数からいえばそのマジョリティはロジックより感情で投票行動を行うノン・エリートといえるかと思います。選挙はそうした一般有権者のマジョリティを得た人が選ばれるのです。
一般有権者の投票行動を大きく左右するのは印象であり、イメージ戦略です。外見の良さは確実に選挙でも有利で、事実最近は元芸能人、グラビアアイドル、女優といった人が続々と政治家になっています。あるいは二世三世と、「政治家イメージ」を強く持っている一族も確実に有利です。
テレビの人気バラエティ番組でタレントとしての名を売り、今や大統領最有力候補にまで上り詰めたトランプ氏の例のように、日本に限ったことではなく、政治家としての適性とは関係ない外見、知名度、イメージは政治に大きく影響しているといえます。
・ロジックの弱点
ロジックの弱点はここです。説得とロジックは直結しないのです。イメージが現実に大きく投票行動に反映されるように、ロジックによる説明で一般有権者や一般視聴者が納得するのはきわめて難しいと言えるでしょう。
舛添氏の釈明で、批判を完璧にディフェンスできたとしても、怒りや反発という一般の人々を相手にする以上、そのネガティブなイメージを払拭することはできません。必要なことは説明という情報提供ではなく、説得なのです。ロジカルにすべてを説明できたところで消せないネガティブ感情は、次はSTAP細胞論文事件の時のように、総がかりで次のあら探しが始まります。
人間の感情は正しい/間違っているだけでは決まりません。ディベートはロジックとロジックを戦わせる競技だと理解したのですが、このことはコミュニケーションのあり方を正しく説明していると思います。つまりディベートで勝つことはロジカルに正しいことです。しかしロジカルに正しいから人間は説得されるのではないという点。コミュニケーションは目的達成の道具であり、正しいか間違っているかと説得は必ずしも一致しないということです。
私は大学でロジカルシンキングやロジカルコミュニケーションも教える講座をやっているので、ロジックやディベートを否定するものでは一切ありません。しかしそれがコミュニケーションのすべてだという誤解は絶対に解く必要があります。ロジックは万能ではありません。
・感情という怪物
舛添氏はまた「都知事はトップリーダー」という表現からも、傲慢な印象を与えてしまいました。実際世界の国家レベルと比較してもその経済規模や予算規模と大統領的権限、そしてもちろん人口規模などからいっても先進国1ヵ国並みの存在である東京都の知事はまぎれもないトップリーダーだと思います。
しかしそれを自ら言ってしまったことが最大のコミュニケーション上のミスでしょう。自ら口にするのではなく、視聴者や都民がそう「感じる」ことこそが、コミュニケーションの目的だったのです。正しい説明を提示した結果、理解はしても納得できないという感情面での説得に失敗したのです。
今回テレビ出演を見ていて、さすがに事態の収拾を懸念されたようで、「申し訳ない」という言葉を使われていました。それでも結局のところ、舛添氏の主張は本質として変わるものとは感じられませんでした。あくまで自らの行動の正しさを訴えただけで、ロジカルではあっても感情を突き動かす説得にはなっていませんでした。
この出演によって説得された人はいるのでしょうか?コミュニケーションには目的とともに「相手」がいます。その相手の感情を全く酌めなかった説明は、正にエリート・コミュニケーションの典型的な落とし穴に落ちたものだったといえるでしょう。
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