三菱自の益子会長は正しい決断をした/日沖 博道
INSIGHT NOW! / 2016年5月25日 7時7分
日沖 博道 / パスファインダーズ株式会社
日産が三菱自を傘下に収めることになった経緯についてはいくつか漏れ聞こえており、記事などではカルロス・ゴーン社長の粘り強い意志、そしてしたたかな戦略性が高く評価されている。
そこに異論はまったくない。こんなに短期間、しかも不正問題がどう落着するか分からない時点で多額の出資を決断できるのは、三菱自と軽自動車に関し協業を開始して以来何度も、同社を傘下に入れるシミュレーションを繰り返してきたからに他ならない。その動機が「1000万台クラブ」への切符と東南アジア市場における三菱自の販売力というのも間違いなかろう。
唯一の障害だった期待投資対効果(ROI)が、この騒動で三菱自の株価が半減したことで、一挙にリーズナブルな範囲に収まったからに違いない。「救いの手」の電話はゴーン社長から三菱自の益子修会長に架けられたという。ではその電話を受け取った益子会長兼CEOはどう考え、なぜ日産傘下入りを短期間で決断したのか。
世間は不正を繰り返す三菱自の「嘘つき」体質に呆れ果て、識者は現場を苦し紛れのごまかしに追い込んだ経営トップとして彼を糾弾して止まない(これも逃れようのない非難だ)。それでもなお、小生はこのぎりぎりの局面における益子会長の決断には敬意を惜しまない。
今回の燃費不正問題が表面化してから三菱自の軽自動車販売実績はほぼ半減しているという。しかもその後、不正対象が日産との提携対象のeKシリーズばかりでなく、主力SUVなどにも広がっている(燃費データそのものの不正ではなく、測定方法を机上で行ったというものである)。三菱自の販売は今後数か月でさらに下降する可能性が高い。
多分、益子会長は、今回が3度目の不正だということを冷静に勘案し、こうした世間からの厳しい反応を予想しただろう。彼は三菱商事出身なので、三菱自しか知らない社員より客観的なモノの見方ができるはずだ。また、社内調査の過程でいくつか社員の怪しい行動に関する情報も掴んだかも知れない。「騒動は拡がる」と考えたはずだ。
しかも対象の軽自動車を自社の販売網よりも多く売ってくれていたのは提携相手の日産だった。その日産が今回の不祥事でどう動くか。へたをすると三菱自との提携を解消したいと云って来るかも知れないと、益子会長は覚悟していたのではないか。
また一方で、前回のように三菱グループに全面的に支えてもらえない事態であることも冷静に判断していたはずだ。大株主3社のうち、三菱重工は客船事業が大幅納期遅れで巨額の赤字であり、益子会長の出身母体でもある三菱商事は、傾注してきた資源ビジネスの暗転により上場来初の赤字を計上したばかりだ。いずれも三菱自のことなど気に掛けていられない。
では三菱御三家で大株主の残り1社、三菱東京UFJが救いの手を差し伸べるシナリオがあったろうか。同行は国内メガバンクの勝ち組であり、その収益レベルには凄まじいものがある。しかし三菱グループの中の一製造会社に対し、突出した支援を行うような筋合いもなければ、そんな浪花節もまったくない。三菱グループ全体にとって三菱自という存在は、救済するほどの価値すらないと考えていた節すらある。
三菱電機や三菱地所など、三菱グループには優良企業かつ業績好調会社が少なくないが、彼らにとっても三菱自への支援を一部でも負担する義理はどこをどう突いても出てこない。
こうした三菱グループ内での孤立無援状況を益子会長は冷静に把握していたに違いない。自社の販売網を通じての販売は急減していた。そしてへたをして日産から提携を切られたら、もう三菱自には実質的倒産の挙句の(もっと悪い条件での)身売りという最悪の道筋しかなかっただろう。その事態を着実に逃れるための選択肢は日産の傘下入りしかなかったのではないか。
そこでへたにゴネて条件闘争に入ってしまっては、自社の窮状を深刻化させかねない。その結果、自社内は混乱し、販売店は戸惑い怒り、取引先は路頭に迷う…。その代わりに、益子会長が合理的判断に基づいて選んだのが電光石火の日産傘下入りだったと小生は考える。彼の脳裏には、鴻海と産業革新機構を天秤に掛けたつもりで却って鴻海の郭会長の手玉に取られた、シャープの高橋興三社長の姿が浮かんでいたのではないか。
それに益子会長も自社の長期的な事業継続性を考え、ゴーン社長と同様、過去に何度もこうしたシミュレーションをしていたのだろう。そして日産の傘下に入ることが妥当な行く末と考えていたのかも知れない。しかしその戦略におけるボトルネックは明らかに「社内の抵抗」だ。「俺たちは自社独立路線で行ける」という気概は大切だが、こと膨大な投資が必要な自動車事業における三菱自の現状ではもはや空念仏だったろう。
この社内の抵抗感が一挙になくなっていたのが今回のタイミングだ。通常なら強烈な抵抗を示すはずの経営者OBへの根回しも不要だったろう(そもそも機密情報管理という観点から無理か)。ある意味、今回の燃費データ不正問題は日産との資本提携を成立させるために千載一遇の機会にもなったのだ。
むろん、日産傘下入りだけで三菱自を取り囲む状況が急に好転するわけではない。先に指摘したように、業績悪化はむしろこれから深刻化しよう。本来罪のない大半の社員は、これから辛い時期を耐え忍ばねばならない。
再建に向けて彼らが何とか気持ちを切らさずに仕事を誠実にやり続けるために最低限必要なことは、その頑張りが無駄に終わらないと信じることができることだ(これがない場合、人間というものは意外とたやすくパニックもしくは投げやりな気持ちに陥ってしまうものだ)。少なくとも日産傘下に入ることで、そう簡単には倒産しないという最後の拠り所を社員に与えることができ、益子会長はほっとしたはずだ。
そして肝心なことだが、この燃費不正問題をもたらした根本原因である「燃費競争に勝ち抜くだけの技術者と技術資産が三菱自には不足している」という問題が、傘下入りした日産からの技術者派遣で(少なくとも中期的には)かなり解消する可能性が高いことだ。
日産からの第三者増資を発表した記者会見で、益子会長が真っ先に言及した提携の期待成果が日産からの技術者派遣だったのが、彼の頭の中を占めていた自社のボトルネックの在処を示していると、小生には思えた。
今回、益子会長は経営者として正しい決断をした。日産との資本提携が完了し日産からの役員を受け入れたのち、彼は経営から退くことを言明している。自社の「嘘つき体質」を変革できなかった罪は消えないとはいえ、最後に彼はすべきことをして引退する。拍手を送りたい。
(本稿はブログ「ビジネスモデルとBPMを考える」の記事を基に追記修正したものです)。
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