本当の健康寿命は、男性82歳、女性85歳である。/川口 雅裕
INSIGHT NOW! / 2016年6月3日 7時30分
川口 雅裕 / 組織人事研究者
「健康寿命」が注目されるようになってきた。健康寿命は「健康上の問題で、日常生活が制限されることなく生活できる期間」と定義されている。現在の日本人の健康寿命は、男性が平均71歳、女性が74歳とされており、一方、平均寿命は男性80歳、女性86歳だから男性で9年、女性で12年が他者の支援が必要な期間であり、この期間を短くするために、「健康寿命を延ばそう」という機運が高まっている。もちろん健康寿命を延ばすことは、各々の高齢期の充実にとっても、社会保障費の適正化にとっても大切なのだが、健康寿命が男性71歳、女性74歳と聞いて違和感を覚える人もいるのではないだろうか。
実際、仕事場・スーパー・夜の居酒屋・休日のハイキングなどで元気な高齢者は、日常的に目にすることができる。男女とも70歳代前半で「健康寿命が尽きる」というのは、あまりに実感に合わない。だいたい、75歳以上で要介護認定を受けている人は23%(H27年・高齢社会白書)に過ぎないのだから計算が合わない。では、健康寿命はどのように算出されているのだろうか。「健康上の問題で、日常生活が制限されることなく生活できる期間」という定義から、一般には、健康寿命は「要介護状態になってしまう平均的な年齢」、つまり、要介護認定を初めて受けた年齢を平均した数値だと捉えている人が多いだろう。
実は、まったく違う。健康寿命は、国民生活基礎調査において、「あなたは現在、健康上の問題で日常生活に何か影響がありますか。」「あなたの現在の健康状態はいかがですか。」という質問を行って、「日常生活に制限のない期間の平均」「自分が健康であると自覚している期間の平均」を算出し、年代別人口や生存率などを加味して導いた数値である。要介護認定という全国共通の客観的な基準ではなく、アンケートに回答した人たちの主観に基づく数値だから、要介護状態ではなくてもどこかが痛いとか、昔に比べて体調が良くないといった人もかなり含まれているだろう。また調査対象は高齢者だけではないので、若くして障害や難病を抱えた人たち、たまたま調査時にケガをしたり病気にかかっていたりしていた人たちも含まれている。
もちろん、健康寿命の「健康上の問題で、日常生活が制限されることなく生活できる期間」という定義からして、このような算出方法がおかしいとは言えないが、一般的な捉え方とは大きく乖離しているのは間違いない。健康寿命が男性71歳、女性74歳とは、若すぎるという違和感はこういうわけである。
要介護認定の状況をもとにしたデータを見れば、一般的な捉え方にそった健康寿命が分かる。図(出典:平成24年「厚生労働科学 健康寿命研究」)は、全国の介護保険の利用情報から作成されたもので、65歳の人が死亡するまでの間、自立して(要介護認定2以上を受けずに)生活している期間と、自立していない(要介護認定2以上になった)期間を、男女別で年次推移を表したものだ。男性では、2010年の平均余命が18.9年で、そのうち自立生活期間が17.2年、自立していない期間が1.6年となっている。女性では、平均余命が24.0年で、自立生活期間が20.5年、自立していない期間が3.4年となっている。要するに、一般に認識されている意味の「健康寿命」は、2010年時点で男性が82.2歳、女性が85.5歳なのである。(2010年時点での65歳の人の平均寿命は、男性が83.9歳、女性が89.0歳。)また、介護を要する期間も男性で1.6年、女性で3.4年なのであれば、健康寿命を延ばそうという掛け声など必要を感じないほど短いと言えないだろうか。
ここで、平均寿命が男性80歳、女性が87歳なのに、それを健康寿命が超えているのはおかしいではないかと思う人がいるかもしれない。確認しておくと、平均寿命とはゼロ歳児が平均的に何歳まで生きそうかという推定値である。だから確かに、厚労省が発表している「全ての年代に対するアンケートから導いた健康寿命」と、ゼロ歳児の寿命を比較しても問題はない。しかし、ほぼ全ての人が認識している「健康寿命」とは、高齢者があと何年くらい自立生活できるかであるから、高齢者とされる65歳の平均余命と比べられるべきであって、ゼロ歳児の寿命と比べても意味はない。要するに、健康寿命という定義も統計的手法も間違ってはいないが、国民の興味関心とは異なる結果になってしまっているということである。
今、私たちが共有すべきなのは、健康寿命は男性:82歳、女性:85歳、介護を要する期間は男性:2年弱、女性:3年半程度という事実である。70歳代前半で健康寿命が尽き、10年も介護状態になるというのは事実とは全く異なるということだ。間違った認識は、行動を誤らせる。前者のような事実をしっかり捉えれば、高齢者も次世代も長い高齢期をどのように楽しみ、充実させるべきかを考えるはずだ。後者のような情報を真に受けると、衰えや病気や死に対する恐ればかり考える、後ろ向きな高齢者になってしまうだろう。
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