『語彙力を鍛える』石黒圭(光文社新書) ブックレビューvol.9/竹林 篤実
INSIGHT NOW! / 2016年5月30日 9時0分
竹林 篤実 / コミュニケーション研究所
「言葉が思考を規定する(同書、P3)」
人は、言葉で考える。普段、あまり意識することはないかもしれないが、実際には当たり前のことだ(もっとも、ある数学者にお話を伺った時、彼は数式で考える、と仰っていたが………)。逆にいえば、知らない言葉を使って、人は考えることはできない。
例えば「超ひも理論」を知らない人は、「超ひも理論」について考えることはできない。あるいは「リーマンショック」を理解できていない人は、「リーマンショック」という言葉を使えるけれども、相手に伝わる筋の通った話をすることはできない。
だから、言葉を多く知っている方が、物事をより多面的に深く考えることができる。これを筆者は「語彙力と頭の良さが関係があるというのは、経験的に知られていることです(同書、P3)」と述べる。もちろん、ただ言葉をたくさん知っているからといって、それだけで頭が良いというわけではない。知っているだけでは「語彙力」とはならない。量だけではなく、質も問われるからだ。
つまり「語彙力」=知っている言葉の量✕知っている言葉の質となる。どうすれば語彙力を高めることができるのだろうか。
「表現と理解(同書、P24)」
子どもと母親が歩いていて、その前を散歩中のワンコが通ったとする。その時、子どもが
「あっ、イヌ!」
と言ったとしよう。子どもが言葉を発し、その言葉を聞いて母親は、子どもが伝えようとしたことを理解する。この時、子どもと母親の認識のプロセスはどうなっているか。
「子どもにとっての『イヌ』の認識は、①『道を散歩している柴犬』という対象を見て、②『四つ足で歩き、ワンワンなく動物』だと判断し、③その意味に結びつく語形『イヌ』という声を発した、という順序になります。
一方、母親にとっての『イヌ』の認識は、①子どもの発した『イヌ』という音声を聞き、②その語形に結びつく意味『四つ足で歩き、ワンワン鳴く動物』がいると判断し、③『道を散歩している柴犬』という対象を確認する、という順序になるわけです(同書、P24)」
長々と引用した理由は、言葉を発する側と言葉を受け取る側での思考順序の違いを理解していただきたいから。これは文章を書くときも同じだ。書き手は、自分が考えた順に書いていく。読み手は、自分が読んだ順に理解していく。言葉にすれば些細だけれど、この理解プロセスの違いを頭に入れておくのが、読み手に伝わりやすい文章を書くコツだ。
また語彙力には2種類ある。理解語彙と使用語彙である。聞いたり読んだりした時に意味を理解できるのが理解語彙、話したり書いたりするときに使えるの使用語彙である。
その関係は「理解語彙数>使用語彙数(同書、P26)」となる。
つまり、知っている言葉だからといって、それを適切に使えるとは限らない。もとより、知らない言葉は使えない。
「使用語彙では、読み手に違和感を与えないことが重要で、読み手の知識や文脈、感情などに配慮することが求められます(同書、P33)」
「語彙の『量』を増やす(同書、P35)
語彙量を増やす方法が、11紹介されている。
1.類義語を考える
2.対義語を考える
3.上位語と下位語を考える
4.語種を考える
5.文字種を考える
6.書き言葉を考える
7.専門語を考える
8.方言を考える
9.新語と古語を考える
10.実物を考える
11.語構成を考える
どれも興味深いが、もっとも取っつきやすく、やってみて楽しいのは類義語を考えることだろう。今でこそ日本語の類義語辞典がいくつか出されているが、かつて日本にはこの手の辞書がなかった。ところが、欧米には早くから「シソーラス」辞書があった。一連の文章の中で同じ言葉を何度も使うようでは、読み手が退屈する。だから、可能な限り、同じ意味を持つ別の言葉に置き換えることが望ましいからだ。そのための類義語辞典がシソーラスである。
なぜ、日本にはシソーラスがなかったのか。文筆を生業とする人以外は、言葉を吟味して使う必要を感じなかったからかもしれない。ともかく2003年に日本で初めてとなる『日本語大シソーラス―類語検索大辞典』は発刊された。これは素晴らしい辞書である。何が素晴らしいか。
自分が、今まさに使おうとしている言葉について、他の選択肢を教えてくれる。いくつもある似たような意味を表す言葉を見ているうちに「あっ!ここで使うべきは、この言葉だ」とわかることがある。その時、一つ、言葉に対する感覚が深まったことになる。
「語彙の『質』を高める(同書、P123)
語彙の量を増やすのは、比較的簡単である。とにかく文章をたくさん読み、新しい言葉に出会うたびにメモするなりして、覚えておけば良い。これに対して、語彙の質を高めることは、それほど容易なことではない。例えば、次の文章を読んで、どう思うか。
「お米を洗い、鍋に入れて火にかけ、ゆであがったご飯を茶碗に入れる(同書、P156)」
あなたは、どう思っただろうか。この一つの文章が表している情景が、目に思い浮かぶだろうか。読んでみて、何か違和感を覚えないだろうか。実は、この文章には、正しくない言葉が3つ使われている。それが何か、興味のある方は、書店で本書を手にとってみられるとよい。答えは156ページにある。
語彙の質を高める方法も11紹介されている。言葉に対する感覚の鋭さは、思考の鋭敏さにつながる。本書は、意識せずに使っている自分の言葉を見なおしてみる、良いきっかけとなる。
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