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なぜロボットはコップを持てないのか(人にはどんな仕事が残るのか)?/竹林 篤実

INSIGHT NOW! / 2016年6月14日 10時0分


        なぜロボットはコップを持てないのか(人にはどんな仕事が残るのか)?/竹林 篤実

竹林 篤実 / コミュニケーション研究所

なぜ、人はコップを持てるのか

目の前にコップがあれば、人は何も考えることなく手にとって持つことができる。それが空っぽであろうと、水がいっぱいまで入っていようと、適切な力を入れて持てる。力が足りずにコップを落としてしまったり、逆に力を入れすぎてコップを割ったりすることなどまずない。把持する力を適当に調整する能力が、人には備わっているからだ。

把持力に関する調査によれば、「人は必要最小限の把持力の1.2倍から1.4倍程度の力を加えて、モノを持つことができる(『錯覚する脳』前野隆司/筑摩書房、P92)」。しかも、人は何も意識することなく、コップを持つ。目の前に置かれたコップをじっと見て、これを持つのにどれ位の力を入れれば良いか、などと悩む人はまずいないはずだ。

ここで、少し考えてみてほしい。

なぜ、人は「ちょうど良い」把持力で、コップを持つことができるのだろうか。あるいは、逆に考えてみよう。ほんの少しでも力を加え過ぎると、壊れてしまいそうなモノでも、人は巧みに持つことができる。なぜ、そんな器用なことを、いとも簡単に(意識することもなく)こなせてしまうのだろうか。

サブリミナルな触覚

「把持力の制御には、指の表面と物体との間に局所的なすべりが生じているかどうかを感じ取る触覚が重要な役割を果たしている(前掲書、P92)」

つまり、加える力が弱すぎて、持っているコップがすべり落ちそうだと触覚がアラームを出すと、持つ力を強くする。人の皮膚には、極めて精緻なセンサーが仕込まれているのだ。コップが滑っているとセンサーから入力があれば、直ちにアウトプットとして力が加えられる。一連のプロセスに、人の意識は関わっていない。人は無意識のうちに、コップに加える力を微妙に調節しているのだ。

人が、考えるまでもなくできることなら、進化したAIを使えば、ロボットも同じようにモノを持てるのではないか。そう考えても不思議ではない。

けれども、これがなかなかに難題である。ロボットには今のところ、人の触覚のような精緻なセンシング技術はなく、従って臨機応変に力を入れることもできない。

だから、力をかけすぎてコップを割ってしまったり、あるいは力が足りずにコップを落としてしまったりする。高度な知的ゲームである囲碁では、世界トップレベルの選手を打ち破ることができるAIなのに、コップ一つ持つこともままならないのだ。

ロボットは無意識に動くことができるか

触覚とは、人の五感の中でもっとも原始的な感覚である。つまり、もっとも長い時間をかけて進化してきた感覚だともいえる。なぜ、早くから触覚が必要だったのか。それは生きのびるためだ。

必要なのは、例えば痛みの感覚である。痛みとは、自分の体に対して何か力を加えられたこと(=危害を加えられたこと)を意味する。指先に押しピンを刺せば、「指先が痛い」と感じる。

けれども、これは実はとても不思議ではないか。押しピンを刺した場所は指先だけれど、痛覚は脳内(感覚野)で発生している。なのに、なぜ指先が痛むように「感じる」のだろうか。しかも、痛みは押しピンを刺すとほぼ同時に襲ってくる。指先で感じている痛みは、そこに注意を向けるよう脳が指示した結果である。痛覚は脳内にあるが、実際に体を傷つけられたのは指先だ。次に同じことをしないように、指先が「痛い」と感じるように脳が指示しているのだろう。

あるいは、煮えたぎった熱湯に手を入れた時のことを考えてみよう。手がお湯に触れた瞬間に、人は手を引っ込める。そして、安全なところに手を引いてから「熱っ!」と声を出す。熱さを感じたのは、手がお湯に触れた瞬間ではなく、手を引き終わってからである。このとき感じた熱さは、次に同じことを繰り返さないように記憶される。こうして生存のために必要な記憶を蓄えていく。

これら脊髄反射的な行動は、小脳で処理される。小脳には神経細胞の8割程度が集まっている。ただし、小脳の神経細胞は、複雑な神経ネットワークを作らない。だから、刺激を受けて(入力)から行動に移す(出力)までの時間が極めて短い。生きのびるためには、こうした瞬間的な反射能力が必要だったのだ。

無意識の動作をロボットは真似ることができない

2045年、人類はシンギュラリティを迎えるといわれている。ディープラーニングによりAIが発達し、センシングを含めたロボット技術が発達した時、人の仕事の大半がロボットに取って代わられるという話だ。

確かに、単純な事務作業なら、人はAIに勝てないだろう。過去の判例や診療成果など記憶力(=データ量の多さと検索の速さ)が勝負になる分野、弁護士や医師のような仕事も、AIを活用するようになるのではないか。力仕事はロボットスーツがサポートしてくれるはずだ。

では、ロボットにはできない仕事はないのだろうか。あるいは、人にしかできない仕事は残らないのだろうか。

カギは無意識にある。人が無意識のうちに行っている動作を、プログラム化することは(今のところ)できない。無意識を、あるいは小脳で起こっている入力→出力反応を解明できないかぎり、それをプログラム化することは、理論的に不可能のはずだ。

そんな無意識の反応が求められる仕事、人と人が接する仕事、接する中で無意識下で何かをインプットされ、それに対するアウトプットを返すような仕事、いわゆる閃きを求められるような仕事、人の気持ちの動きを気配で察して対応する仕事を、ロボットがこなせるようになるには相当な時間がかかるだろう。

いずれはPepperが飛躍的に進化して、目の前にいる人の仕草から、その人の心の動きまでを読み取れるようになるのだろうか。感情の動きは、感情を持たないロボットには感じ取ることができないと、今の時点では思う。そして、そこに人にしかできない仕事が残るのだとも思う。

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