知られざる、金沢工業大学の巧みなマーケティング戦略/竹林 篤実
INSIGHT NOW! / 2016年6月27日 11時45分
![知られざる、金沢工業大学の巧みなマーケティング戦略/竹林 篤実](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/insightnow/insightnow_9337_0-small.jpg)
竹林 篤実 / コミュニケーション研究所
相次ぐ大学の募集停止
筆者の地元、関西圏では昨秋から、大学の募集停止が相次いでいる。昨年11月には京都聖母女学院短期大学が、2017年度以降の学生募集を停止、今年に入って6月に、大阪女子短期大学、神戸山手短期大学も募集停止となり、2019年度に廃止予定となっている。
神戸山手短期大学は、1950年に全国で最初に開学した短大149校のうちの1校であり、短大の老舗的存在である。1999年のピーク時には、学生数が1800人を超えた。昨年には、経営悪化で閉校した神戸夙川学院大学の学生を受け入れてもいた。生き残りをかけて2004年には、女子短大から共学校へと転換していたが、それでも定員割れが続き、遂に閉校せざるを得ない状態にまで追い詰められた。
2018年から18歳人口はさらに減少する。大学の数は明らかに飽和状態であり、各大学は生き残りを懸けて新たな事業展開に取り組んでいる。
規模拡大で生き残りを図る
一方で大規模私大(収容定員8000人以上)は、定員増に動いている。2017年度の入学者については、全国44私立大から前年の2倍に相当する7354人分の増員申請があった。ちなみに京都では立命館大学が472人、龍谷大学が154人の増員予定となっている。全国トップが近畿大学の920人だ。
都市圏の大学が増員すれば、18歳人口は確定しているのだから、ゼロサムゲームで地方大学にしわ寄せが行くだろう。だからといって大都市の私立大学が安泰かといえば、決してそんなことはない。大阪にある追手門学院大の理事長は、「いずれ私立大の半分くらいは淘汰される。これからは、社会の要請に適合した大学だけが生き残る(日本経済新聞、2016年6月20日朝刊)」と、冷徹な認識を示している。
では、社会の要請に応えるとは、どういうことだろうか。要請を「ニーズ」と言い換えれば、マーケティングの考え方を応用できることがわかるはずだ。
「就職支援に熱心に取り組んでいる」1位評価
そこで冒頭に紹介した、金沢工業大学(以下、KIT)の話となる。日経キャリアマガジンが毎年、「価値ある大学就職ランキング」を発行している。これは全上場企業の人事担当者を対象として、大学を評価した結果をまとめたものだ。
そこで「就職支援に熱心に取り組んでいる」で1位評価、「授業の質の改善に熱心に取り組んでいる」で3位評価を受けたのが、KITである。同大学は国公立も含めた総合ランキングで30位、私立大学部門では8位と高い評価を得ている。
なぜ、地方の、私立の、工業大学が、それほどまでに高い評価を得ているのか。答えは、マーケティング戦略にある。KITはいち早く、1995年の学長交代と同時に大胆な大学改革をスタートした。当時は少子化など、まだ影も形もない時代である。KITも定員の10倍程度となる1万人の志願者を集めていた。けれども、その時点でも一つ確定していた未来が見えていた。18歳人口の将来予測である。
1995年に18歳を迎える子どもたちは、1977年生まれである。その数は、およそ180万人ぐらいいた。ところが、1977年から1995年までの間の出生数の推移を見れば、この18年間で50万人ぐらい減っている。18歳人口減、すなわち少子化は、今ほど騒がれていはいなかったものの、当時から既に明らかな傾向が出ていたのだ。
マーケティングの基本のキ、PEST分析の中でも、将来人口推移は確定した未来である。そこでどれだけロングレンジで物事を見るかによって、戦略の立て方は変わってくる。
PEST分析で考えた20年後の世界
95年、KITが打ち出したのは「学生主役の大学」である。学生自ら学ぶ教育を実践することで『社会が求める』「自ら行動する技術者」の育成を目指す。そのために、さまざまな環境整備に尽力してきた。
例えば、365日24時間オープンの自習室であり、数理工教育研究センターである。いつでも大学で学べる自習室を用意し、教育センターでは授業でわからなかった点を先生に教えてもらうことができる。センターには、学生に対応するために、教員が数十人チューターとして待機している。
理系大学であるから、数学、物理、化学の基礎を徹底する。KITは偏差値評価で見れば、50をやや超えるレベルだが、実はこのクラスの理系の学生が、もっとも伸びしろがある。そこに丁寧な数理教育を施すことで、学生たちは「わかる」歓びを味わう。
さらに、工学系大学ならではのシステムとして「夢工房」がある。これは講義で学んだ知識や培った技術を使って、実際に「ものづくり」を実現できる仕組みだ。ロボコン参加をはじめとして、学生たちが立ち上げるさまざまなプロジェクトには大学からの資金援助がつく。机上の学問だけではなく、学んだ成果を実際に活用する力こそは、エンジニアとして企業が何より求める力である。
まさに社会の要請に応える教育を行った結果が、高い就職率となって表れている。KITは、リセマム発表の就職率ランキング2015において、卒業生が1000人以上の大学でベスト1、その就職率は96.1%である。
大学が提供する価値は何か
コトラー先生によれば、ビジネスとは、価値と対価の交換である。では、大学が提供する価値とはなんだろうか。対価を支払うのは、学生の保護者である。保護者並びに学生が求める価値は「将来の可能性を高めること」だろう。
もちろん、就職だけが可能性ではない。大学卒業生なら、研究者の道もある。けれども、KITは、教育の質を高めて、社会に求められる人材を育てることに絞り込んだ。そのために教員の意識改革にも取り組んだ。
多くの私立中堅大学では、教員の多くが国立大学出身者で占められ、彼らは偏差値50程度の学生に対して、自分たちが受けてきた教育を押し付けようとする。当然、そこには齟齬が起こる。こうしたギャップを埋めるべく、教員の意識改革を徹底し、さらには企業の研究者を多く教員として招く。
すべては、明確に定められた価値を提供するための取り組み、すなわちマーケティングの原則に則った活動である。KITの成功事例は、マーケティングの生きたお手本であり、他の大学にも活用できるはずだ。
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