サプライヤマネジメントとイノベーション/野町 直弘
INSIGHT NOW! / 2016年7月14日 16時0分
野町 直弘 / 株式会社アジルアソシエイツ
調達購買を巡る議論で「マルチソースがいいか、シングルソースがいいか」というものがあります。特に今年に入り熊本地震をはじめとして工場火災などのトラブルによりサプライチェーンが断絶した際には必ず話題になるものです。
一方でマルチソース、シングルソースと言ってもその言葉の定義が業界、企業、人によって違うことに気がつきます。ここでは、マルチソースとは同じモノ(サービスも含む)を2社以上のサプライヤから購入することと定義してみましょう。サプライチェーン断絶のリスク分散という点では、マルチソースかシングルソースかだけでなく、マルチファブ(同じサプライヤの違う工場で製造する)という手法もありますし、在庫を持つ(持たせる)という手法も考えられます。
しかし実態としてはマルチソースにしてもマルチファブにしても、全く同じものを複数拠点で製造することになるので、相当生産量が多くないとトレードオフが生じ、追加コストが発生してしまうでしょう。またマルチファブや在庫をサプライヤに持たせることもサプライヤに相応の負担をさせることになりますので、バイヤー企業にかなり影響力がなければできない手法と言えます。
一方で上記のマルチソースの定義とは異なりますが、品目群で複数のソース(サプライヤ)を持つことはサプライヤマネジメントや調達購買での鉄則です。これは推奨サプライヤというサプライヤの溜まりを持ち、溜まりの間で品目毎、案件毎に競わせていく、もしくは複数サプライヤのシェアをコントロールする手法になります。
しかし、場合によってはサプライヤ毎に得意分野が異なったり、特定の技術が必要なモノで特定のサプライヤしか作ることができない、等の理由から、1社しかできないことが少なくありません。
以前このメルマガでも何度か取上げましたが、
(「購買プロセス/契約方法を変えるという選択肢」~2015.12.16号~)
http://www.insightnow.jp/article/8924
(「入札制度の限界と競争環境の整備」~2013.8.20号~)
http://www.insightnow.jp/article/7871
公共調達で一般競争入札を採用したものの一社しか入札がなく競争が行われなかったというのは典型的な事例です。また落札したもののその企業に経営資源や技術力がなくプロジェクト自体が頓挫するケースなども多く見られます。
以前にも申し上げましたが、これは「比べられないものを無理に比べようとするから」でありそのために「無理や歪みが生じている」のです。そりゃあ競争できればいいに決まっています。しかしどうしても競争できない場合も少なくありません。もし競争できないのでしたらコスト分析やサプライヤの工場原価の分析などを行っても、価格の妥当性を検討することは可能です。もっと言えば、一社しか対応できない「サプライヤ」との関係性をいかに保っていくかが正に調達購買部門の腕の見せ所と言えるでしょう。
一社購買になり易い事例としては技術に特異性を持つモノ以外でも、保守、メンテナンスや清掃、その他の継続的な請負業務等が上げられます。例えば、全く新しい案件ではなくサプライヤとの継続契約だったり、設備を買ったあとのメンテナンス契約だったり、システム開発のあとの保守契約だったり、の場合には、通常既存サプライヤーや設備サプライヤ、開発サプライヤ以外のサプライヤーには不利になるでしょう。
その理由は大きく2つ上げられます。完全な仕様、サービスレベルの明確化は難しいので、既存サプライヤ以外のサプライヤは仕様が不明確な前提でどうしてもリスクを回避するために保険をかけた見積をする傾向がある(その分高めになる)というのが1点です。
また既存サプライヤに対してサプライヤの切り替えを図る場合のリスクおよびチェンジコストも発生する、というのがもう1点です。
このようなケースでは事実上一社しかできないということから、サプライヤの競合を見合わせたり、その結果が見えているので時間や手間をかけて見直しをするのはやめておこうということになります。
これは一般論ですが、それに対して先日参加した勉強会で面白い話を聞きました。
それは、「既存サプライヤーはどうしても現状をベースにした提案しかできない、対して新規サプライヤーは全く違ったイノベーション的な提案をしてくる」と。そのため、多くのケースで新規サプライヤーが勝つ、というものです。
案件としては継続的な保守契約ですが、とても興味深いことです。ここではイノベーティブな提案の具体的な内容について書くことはできませんが、話を伺ってみると、確かに既存サプライヤだと考えつかないな、という内容の提案となってます。
既存サプライヤは「知りすぎているからこそ新しいチャレンジができない。」というジレンマを抱えているのです。
サプライヤマネジメントとは品目別の調達戦略に基づき特定のサプライヤと戦略的癒着を作っていくこと、つまりサプライヤを不公平に扱うこと。ですからどうしても既存取引先との関係性づくりや囲い込みが中心になります。一方で、このようなイノベーション機会を新規サプライヤから上手く吸い上げる仕組みや機会を持たないと間違えた戦略的癒着をつくってしまうことにつながるでしょう。
昨近、労働力不足、グローバルでの日本企業の買う力の相対的低下、技術の複合化・複雑化などからサプライヤマネジメントの重要性が叫ばれています。より優れたサプライヤとの関係性を強化し、それを自社の競争力に活かしていこうという考え方がその背景にある考え方です。しかし先に上げた事例からも「イノベーションをもたらすためには囲い込みだけではダメ。」ということが理解できるでしょう。
やはり、競争と協調のバランスを上手く取りイノベーションをもたらすサプライヤマネジメントを行っていくことが極めて重要であることをを改めて実感した次第です。
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