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易学の考え方:朱子学の前に/純丘曜彰 教授博士

INSIGHT NOW! / 2016年8月4日 6時0分

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純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学

易学は役に立つ

 『易経』って、なんか古くさい占いの本でしょ、いまどき繁華街の裏通りでも、筮竹を弄っている占い師なんかほとんど見かけなくなったよ、などと言うなかれ。政治や仕事の現場で、頭を冷やし、状況を客観的に理解するために、将棋や囲碁に親しんでいるという人が少なくないように、じつは『易経』も、おそろしいほど世界中で読まれているベストセラーのビジネス書だ。

 とにかく古い。作者もよくわからない。紀元前500年ころ、諸子百家の時代には、すでによく読まれていた。とくに孔子は『易経』を好み、その解説「十翼」を書き足した、とされて、以後、儒学の聖典の一つとなり、これと『論語』や『孟子』をつなぐために、のちに朱子学ができてくることになる。もっとも、今日、孔子が「十翼」を書いた、というのは、否定されている。が、孔子に似た世界観や倫理観を含んでいるのは確かだ。

 もともとの『易経』は、64の卦(け)と、そのそれぞれの6本の陰陽の爻(こう)について、占いの元となるかんたんな一言コメントがついているだけのもの。ところが、なぜそれぞれ、そんなコメントになるのか、というのを「十翼」が解き明かしており、これが6本の爻の間にある複雑な関係、他の卦との変転の連続を深く考えさせるところとなっている。そして、このことが、将棋や囲碁と同様、自分の目の前の状況を理解し、落ち着いた対応をとるための手掛かりになる。


陰陽に関する3つの基本

 易学は、世界を陰陽で考える。でも、世間でおうおうに誤解していること。まず、陽が良く、陰が悪い、というのは、根本的なまちがい。「陽転思考」なんて言っている人がいるが、あれは易学的発想ではない。上り坂と下り坂のように、陰陽はもとより一体で同一。日本が昼なら、ブラジルは夜。日本が夏なら、ブラジルは冬。むしろすべての物事に裏と表があり、表だけの表や裏だけの裏など無い、というのが、易学の考え方。ただ主観的に、自分にとって陽は、相手にとって陰、自分にとって陰は、相手にとって陽、というだけのこと。そして、陰と陽は、うまく補完してこそ安定する関係にあり、陽ばかり、陰ばかりは、かえって危うい。

 また、陰陽は、低値/高値というような状況をそのまま表すものでもない。むしろ微分係数、変化の勢いのようなもの。低値でも上り気配は陽、高値でも下り気配は陰。だから、陰陽はかならず反転する。ずっとどんどん上り気配がさらに急勾配になってなお勢いを増す、などということはない。ある程度になれば、かならず上り気配は衰え、むしろ下り気配に転じる。つまり、陰陽には、そのそれぞれに少と老があり、少陽・老陽・少陰・老陰そしてまた少陽と、永遠に循環する。

 さらに、陰が上、陽が下、が、吉。陽が上、陰が下、は、凶、というか、離反停滞。逆のように思えるかもしれないが、陰が上で下降し、陽が下で上昇してこそ、陰陽あい交わり、安定した発展になる。これが逆に、陽が上、陰が下だと、いくら上がやる気になっていても、下がついてこない、それどころか、ますます離反停滞していくことになる。

 陰陽に対するこの3つの理解が基本。これらの陰陽という抽象的な概念で物事をシンボリックにとらえ、その関係を理解していこうというのが、易学。


64卦の世界観と倫理観

 陰と陽、三本の爻で八卦ができる。これを内と外、2つ重ねて64卦。下が内で、上が外。内外6本の爻も、下から上に数える。そして、陽を「九」、陰を「六」と呼ぶ。

 占い師が筮竹でやっているのは、50本の棒から1本を除き、息を止め、残りを適当に半割にして、ごちゃごちゃやって、残りが24本なら老陰、28本なら少陽、32本なら少陰、36本なら老陽。じつは後半は派手なだけの演出で、適当に半割にしたときにすべてが決まっている。

 ところが、昔から、よく易を修める者は占わず、なんて言われている。竹の棒なんかの偶然を当てにするまでもなく、状況を見れば、おのずから個々のポジションの陰陽は明らか。その状況を64卦を介して分析考察し、もう一度、現実の具体的な指針として読み当ててやればいい。つまり、状況を6点測光して抽象化し、その単純なイメージで、全体の成り行きを理解する。

 たとえば、会社であれば、現場と上層部。ヒラたち、課長、部長、そして、取締役たち、社長、会長ないし親会社。ある案件に関し、この6つのポジションのそれぞれのやる気具合を少陽、老陽、少陰、老陰の4つのいずれかで評価する。これで、占わなくても、6爻の卦ができる。同様に、交渉事であれば、社内、社長、仲介者が内卦、窓口、決定権者、世論が外卦になる。

 こうして卦が決まれば、あとは、それぞれの爻の辞(一言コメント)の意味を具体的に考えていけばいい。だが、爻の辞は、咎(とが)なし、とか、悔(くい)あり、とか、ものすごい簡素。これだけでは、なんのことやら。そこで「十翼」の解説を参考にすることになる。

 ここにおいて、まず見るべきは、内卦と外卦の関係。このソリが合っていないものは、そもそも大局的に難しい。次に、内卦の中心の第二爻と、外卦の中心の第五爻。第五爻が陰(「六五」)で、第二爻が陽(「九二」)であれば、上が陰、下が陽で、全体としてまとまる方向にある。しかし、この逆、第五爻が陽(「九五」)で、第二爻が陰(「六二」)であれば、上が陽、下が陰で、笛吹けども踊らず、全体として空回りの様相。同様に、第一爻と第四爻、第三爻と第六爻の関係も、陰陽の「応」であることが望ましい。

 また、奇数爻が陽、偶数爻が陰であるのが「正」。64卦において「水火既済」が6爻すべて正。逆に「火水未済」はすべて不正。しかし、上述のように、爻は少から老へ、陽から陰へ変わっていく。だから、全正は次には不正になる。かならずしも既済が吉とはかぎならないのが、易学の奥深いところ。爻辞も、終わりは乱れる、首までどっぷりつかって危うい、となっている。

 具体的なステップとしては、案件は下から上へ、内から外へ向かっていくものとされている。下は自分たちのことしか考えていないから、単純だ。しかし、それが通るかどうかは、上の関係を見ないといけない。逆に、上は、実際にそれをやり遂げられるかどうかは、下の何層もの支えが持つかどうかにかかっている。

 すぐ上、第一爻なら第二爻が同じ陰陽なら、「比」。方向を同じくしているのはいいが、かえって先を競い合うことになって、まとまらないかも。むしろ、直下が陽、直上が陰の方が、やる気と冷静さとのバランスが取れて、結果としてうまく運ぶ。逆に、直下が陰、直上が陽だと、これはこれで断絶していて、膠着硬直ながら、とりあえず問題ない。しかし、これより下から突き上げがあると、ここで話は途切れてしまい、その後、下は途中を飛び越し、もっと上の「応」を求めることになりかねない。


変化を先読みする

 そのそれぞれの地位の態度が一定であれば、案件は、下から上へ進んでいく。つまり、第一爻から第六爻まで、関係者たちの地位だけでなく、物事の展開のステップを表していもいる。

 ところが、先述のように、陰は陽に、陽は陰に変わる。6つの爻のうち、老のものは、遠からず陰陽反転し、少陰、少陽となる。こうなると、卦そのものが、つまり状況が大きく変わることになる。いずれも少であれば、当座、なにも変わらないが、ときには6つとも老で、すべての爻が反転してしまうかもしれない。

 6つの爻の相互の関係も、老化反転を促す。下の陽が強ければ、上が陽の比であっても、早く老化し、陰転する可能性が高い。同様に、内外の応についても、陰陰、陽陽の比でぶつかり合い続けるのではなく、この関係のせいで、いずれか一方が反転して、陰陽の合か反に落ち着くようになる。

 さらに積極的に易学を用いるならば、特定の爻を反転させることによって、卦を変えることができる。うまくいかないとき、それを卦で考えるならば、いずれかの爻が全体の障害になっているということがわかる。ここにおいて、その爻に当たる人物を、陰陽反対の人物と交代させれば、卦を変えることができ、うまく通るようにできるかもしれない。望ましい新卦の形にするために、場合によっては、複数の階層で人事異動が必要になるかもしれない。まずいのは、人事交代させて、同じ陰陽の人物を据えてしまうこと。これでは何も変わらない。もっとまずいのは、とりあえず良かれと思った人物がすでに老陰、老陽で、据えたとたんに反転し、かえって悪い方向へ卦を変化させてしまうこと。

 物事は、見た目のままでずっといける、などということはありえない。表面上は穏やかでも、その内部には複雑な緊張関係があり、そのせいで、行くところまで行けば、その部分が真逆に反転する。この変化を6つの歯車で読み解く、これが易学。我々の日常の物事も、この6つの立場の当事者たち、その今後の変化をとらえることによって、ゴリ押しをしてこじれさせたりすることなく、タイミングを見計らい、うまくすんなりと物事を運ぶことができるようになる。


(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門 は哲学、メディア文化論。著書に『悪魔は涙を流さない:カトリックマフィアvsフリーメイソン 洗礼者聖ヨハネの知恵とナポレオンの財宝を組み込んだパーマネントトラヴェラーファンド「英雄」運用報告書』などがある。)

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