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会社のカネは誰のもの? ビジネス・ジャッジメントルールと会社財産を危うくする罪/山岸 純

INSIGHT NOW! / 2016年8月4日 12時49分


        会社のカネは誰のもの? ビジネス・ジャッジメントルールと会社財産を危うくする罪/山岸 純

山岸 純 / 弁護士法人ALG&Associates

 一世一代で築き上げたかわいい我が社だけに、「社長である以上、なんだってできるはず。会社の財産をどう使おうが社長の自由」と思っていらっしゃる経営者の方も少なくないと思います。

確かに「代表取締役」は、会社法349条4項により「株式会社の業務に関する一切の裁判上または裁判外の行為をする権限を有する」と規定されていますので、利益を追及するために、会社の「財産」、「労働力」、「ノウハウ」などを利用して事業活動の一切を遂行することができます。

したがって、「業務」という名目であれば、会社の「財産」をどう使おうが自由、という発想も間違いではないかもしれません。

しかし、最近、経営者の放漫経営が原因で会社財産が減損したことを理由に株主らが会社に対し損害賠償を請求したり、経営判断の失敗により株価が下がったことを理由に損害賠償を請求したりする、といった事件が報道されています。

もちろん、これらの裁判はあくまで「民事」の話ですから、裁判所が会社に対し損害賠償の支払を命じる判決をした場合であっても、懲役〇年や罰金〇〇万円といったように、前科がつく話ではありません。

要するに、ちょっと経営に失敗して株主にワイワイ言われたとしても、所詮、カネさえ払えばすべてが許される、ということなのかもしれません。

果たして、本当にそうでしょうか。今回は、「ビジネス・ジャッジメントルール」と「会社財産を危うくする罪」という「刑事罰の適用の有無」という視点から説明をしていきます。

取締役の経営責任

一説には、「株式会社」は17世紀の大航海時代に誕生したとされています。貴族たちのようにカネはあるが手は動かしたくない人たちと、カネはないがチエと労力を提供できる人たちの利害が一致し、「カネがある」人たちが「株主」となり「チエと労力がある」人たちを「取締役」として経営を任せたというのが始まりのようです。

このように、「株式会社」は、その制度上、

「株主」=自分の財産を会社に提供して、会社を通じて取締役に対し事業活動による利益の追及を委任し、事業活動の結果によって得られる利益を獲得するもの

「取締役」=会社を通じて株主から依頼を受け、事業活動を遂行して利益を実現し、これらの利益を株主に還元するもの

という関係にあります。

とすると、取締役ら経営者が事業活動に失敗し、せっかく株主が提供した財産を減損してしまった場合、何らかの責任を取らせるのは当然と考えることができます。

このような考え方のもと、会社法355条は、取締役に対し「法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない」義務を課しています。

さらに、会社法は、経営者が事業活動に失敗し、株主の財産を減損してしまった場合に株主が会社に対し取締役の責任を追及することができる規定を設けたり(会社法847条)、また、経営者がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、これによって株主などの第三者に生じた損害を賠償する責任を負う規定を設けたり(会社法429条1項)して、株主を手厚く保護しています。

前者は「株主代表訴訟」として、たまにニュースになっていますね。

もちろん、ノーリスクでカネを増やそうなんて、そんな甘い話は世界中どこを探してもありません。

制度上、株主もカネを経営者に委ねる際に株式が紙くずになってしまうリスクを負うこととなっていますし(株主間接有限責任)、「経営者による事業活動の失敗=経営者の責任」としてしまっては、経営者に対し「結果責任」を課すのと同じであり、これでは、日本中から取締役のなり手がいなくなってしまいます。

ビジネス・ジャッジメントルール

このような、「ノーリスクでカネを増やせるはずもないのは分っているが、あまりにも勝手な経営については責任をとらせたい」という株主の思いと、「利益を得て株主を喜ばせるためには一定のリスクを承知で事業を行わなければならないが、失敗したら責任をとらされるのは勘弁してくれ」という経営者の思いとそれぞれのジレンマを解消するために考え出されたのが、「ビジネス・ジャッジメントルール」という法理です。

この「ビジネス・ジャッジメントルール」とは、別名「経営判断の原則」とも呼ばれており、経営者が事業活動に関する意思決定を行う際、適切な情報を収集し、適切な意思決定プロセスを経たと判断される場合には、当該事業活動が法令の範囲内である限り、結果として会社に損害が発生したとしても経営者の責任は問われないとするものです。

経営者の責任追及問題について歴史のあるアメリカでは早くから判例として確立した法理でしたが、日本でも、平成5年9月16日の東京地裁判決(野村證券事件)以降、判決の中でこの法理を展開するケースが増えています。

なお、日本の裁判例では、概ね、

① 事業活動に関する意思決定をする際、前提となった事実の認識について不注意な誤りがなかったかどうか、

② その事実に基づく意思決定のプロセスが、通常の企業人(経営者)として著しく不合理でなかったかどうか、

といった観点から、経営者の判断が正しかったかどうかを議論するとされています。

会社財産を危うくする罪

しかし、安心はできません。

「ビジネス・ジャッジメントルール」は、あくまで民事上の責任であって、刑事事件ともなれば話は異なります。

世の中の社長さんのほとんどが知らないことなのですが、経営者が「株式会社の目的の範囲外において、投機取引のために株式会社の財産を処分した」場合、会社法963条5項は、実際に「会社の財産」に損害が発生したかどうかを問わず、「5年以下の懲役や500万円以下の罰金」というとてもとても厳しい刑罰を設けています。

通称、「会社財産を危うくする罪」と呼ばれており、投機的な株式の取引や先物取引、また、為替相場などの変動を利用して一時に利益を得ようとする取引などは類型的に見て会社の財産を害する蓋然性が高いことに鑑み、特別に設けられたものです。

会社の財産を使って先物やFXなんかに手を出す経営者が果たしているのか、といった疑問もあるかもしれませんが、実際、平成21年5月、三美電機株式会社の代表取締役(当時)が「会社財産を証拠金として預け、商品先物取引を行って4億円の損失を出した行為」について、横浜地方検察庁が「会社財産を危うくする罪」で立件したという事件があります。

ここで注意しなければならないのは、先に説明した「ビジネス・ジャッジメントルール」は刑事事件には一切適用されないということです。

要するに、

① 「投機的な取引」に関する意思決定をする際、複数の信頼できる専門家の意見を徴収して適切な情報を入手するなど、取引の前提となった事実の認識について不注意な誤りがなく、

② 取締役会を何度も開催し、しっかりと議論をするという意思決定のプロセスを経ていた、

としても、「株式会社の目的の範囲外において、投機取引のために株式会社の財産を処分した」時点で、「会社財産を危うくする罪」に該当してしまうリスクがあるわけです。

なお、この「投機的取引」には、新興国が発行する低評価の国債の購入や、かつてのドバイなどの外国の不動産バブルに乗っかった投資、また、出どころの怪しげな石油発掘ファンドへの投資なども対象とされると言われています。

会社の主要事業がうまくいかない時、よからぬコンサルタントや有象無象のブローカーが、キレイなパンフレットやパワーポイントとともに「バラ色の一発逆転ホームラン的な投機話」を持って来たりします。

このような話には、必ずといっていいほど“落とし穴”がありますし、単に「騙された」だけでは済まず、刑事事件になってしまうこともあります。

世の中の経営者の皆さま、目の前に勧められた「投機話」に対し、今一度、“マユツバ”で臨むとともに、この拙筆を思い出して頂ければと思います。

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