サプライヤリストの公開とサステナビリティ/野町 直弘
INSIGHT NOW! / 2016年11月30日 10時0分
野町 直弘 / 株式会社アジルアソシエイツ
米国アップル社が主要のサプライヤリストを公開しているのは有名な話です。日本企業では自社がどのようなサプライヤと取引があるかというのを自ら進んで公開することはありません。ですから米国アップル社がサプライヤリストを公開した当初は衝撃的なニュースだったと記憶しています。
しかしそれが最近の欧米企業では当たり前になりつつあるようです。
2016年11月21日付の日経新聞の記事でこういう記事が掲載されました。
「途上国の工場リスト公開」欧米企業「労働環境は健全」
記事の要約は以下の通りです。
『米ギャップは9月にバングラデシュやカンボジアなどの900近い製造工場のリストをネットで初公開した。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(米国)によると、今年は独C&Aや英マークス・アンド・スペンサーなど少なくとも4つの大手ブランドがリストを公開した。従来であれば取引先企業の情報は自社の製品情報の漏えいリスクや、優秀な技術を持つ取引先の情報が漏えいし他社に知られることで競争力が低下するという2つのリスクから多くの製造業では取引先企業の情報を重用秘密としてきた。
特にギャップは「競争上の理由」として公開を拒んできた代表格だったが、そのギャップですらサプライヤリストの公開を行った。これは「大企業が取引先の健全な労働環境を確保する責任を負うべき」という考え方によるもの。』
この考え方は正にサステナビリティという概念そのものです。
記事によると米ナイキやスウェーデンのヘネス・アンド・マウリッツ(H&M)、独アディダスなどは既にサプライヤリストを公開しているようであり、ナイキにいたっては各工場の従業員数や女性・移民の比率も明らかにしているようです。
ナイキは1990年代後半に途上国の2次サプライヤで児童労働が発覚したもののが不買運動にまでつながりました。また米国アップル社も中国のiphoneなどの組立て工場での過酷な労働条件が問題となり、マスコミ等で取り上げられたりしています。
このようなCSR調達、サステナビリティの視点からのレピュテーション(風評)リスク以外の観点からも各国などの法規制や近年の事案などからも特に新興国におけるサプライヤの労働環境への配慮が重要視されつつあります。
2013年にはバングラデシュでH&Mなど多くの欧米アパレルの委託工場が入るビルが倒壊し、千人以上が死亡したという事件がおきました。これを機会に「バングラデシュにおける火災予防および建設物の安全に関わる協定(Accord on Fire and Building Safety in Bangladesh、通称:アコード)」が発足しました。
また、米国ではいわゆるコンゴ紛争鉱物規制でアフリカの紛争地周辺で産出した特定の鉱物を製品に使っていないことの証明を上場企業に義務付けています。同じく米国のカリフォルニア州では2012年に製造・小売業者に取引先の過酷労働防止策を公表させるサプライチェーン透明法を施行。
このように特に欧米では「大企業が取引先も含むサプライチェーン全体のサステナビリティ(持続可能性)に対して責任を持つ」ことがもはや当たり前な世の中になってきているのです。
サプライヤリストの公開が必ずしもこのようなサステナビリティ、CSR調達に直結するとは言えませんが、サプライチェーンの透明性の確保と共に、サプライヤの囲い込みという目的も同時に考えられます。しかし日本企業ではこのような取組みは遅れていると言わざるを得ません。
一方で日本でこのようなサステナビリティ、CSR調達の取組みで進んでいる企業の代表はファーストリテイリングです。同社のHPでは「生産パートナー向けのコードオブコンダクト(CoC)」の内容として、
・児童労働の禁止
・強制労働の禁止
他11項目を決めていて、その遵守を呼びかけるだけでなく毎年モニタリングを行いその結果を掲載しています。具体的には労働環境モニタリングということで毎年取引先監査を行っており、2015年度は472工場を対象にモニタリングを実施しています。またE評価(即取引見直し)は2015年度には19件上げており、自社の問題についてもきちんと開示しているなどその姿勢は評価すべきでしょう。
また同社はカリフォルニア州サプライチェーンの透明性に関する法律についての遵守状況の記載や「バングラデシュにおける火災予防および建設物の安全に関わる協定」への加盟もしています。
このような取組みの多くが同社のWebサイトから発信されているのです。
日本企業の場合、実際に取引先のモニタリングや監査を行う企業は多くはありません。何故なら実際のモニタリングや監査にはたいへん大きな負荷やコストがかかるからです。
ファーストリテイリング社の場合、それを非常に大規模かつ継続的に実施し、尚且つ多くの情報を開示しています。そういう意味では日本企業を代表する先進的な事例と言えるでしょう。
日本企業はサステナビリティ、CSR調達に関しても欧米企業に比較して遅れてはいますが、この流れは逆戻りできない状況です。しかし現在はこのファーストリテイリング社でもサプライヤリストは公開していません。いずれ近い将来に日本企業でもサプライヤリストを公開する企業事例がでてくると考えられるでしょう。
先日の接待問題など、日本企業のCSR調達の基本となるコンプライアンスの欠如というサステナビリティやあCSR調達の最もプリミティブな姿勢が問題となりましたが、その記事を読んで思い出したのは私が以前勤務していたGEでの経験でした。GEという会社はコンプライアンス、インテグリティ、CSRに対してたいへん力を注いでいます。
毎年インテグリティに関するルールを全社員に配布し、サインして会社に提出します。また中途入社時のオリエンテーションでもコンプライアンス、インテグリティに関してはCEO自らが必ずオリエンテーションを行っていました。
そのオリエンで当時のCEOから言われたことが今でも記憶に残っています。
「GEという大会社は潰れることはない、と皆さん考えているでしょう。でもそんなことはない。もし何らかの不祥事があった場合には一夜にしてGE程の大企業でも潰れてしまう可能性があります。逆にどんな不景気が来ようが、コスト高になろうが、天災があろうが、GEという会社がそれ以外の理由で潰れることはまず考えられないでしょう。だからGEはコンプライアンス、インテグリティを大切にしているのです。」
考えてみると飛ぶ鳥を落とす勢いであったエンロン社やパワードコム社がチャプター11入りしたのはこのような不祥事がきっかけでした。このようなことを考えても今後一層サステナビリティやCSR調達はより重要視されていく方向であることは間違いないでしょう。
これは21世紀の企業像として「大企業が取引先も含むサプライチェーン全体のサステナビリティ(持続可能性)に対して責任を持つ」というあり方が、ごくごく当たり前になってきているからなのです。
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