高齢者ドライバーを抱える家族がすべきこと/日沖 博道
INSIGHT NOW! / 2016年12月19日 7時7分
日沖 博道 / パスファインダーズ株式会社
最近多発し、世の中で急速に認識かつ憂慮されているのが、高齢者による巻き込み型の自動車事故である。ちょうど団塊の世代が前期高齢者(65~74歳)に到達したタイミングであり、急速に進んでいる高齢化社会では当然の現象とも言える。そして今後彼らが後期高齢者に達するに伴い、この問題はさらに深刻化しそうだ。
この時点でもすでに免許を返納している高齢者は順調に増えているとはいえ、後期高齢者全体の急増具合からすれば「焼け石に水」の状況だと指摘されている。後期高齢者になると認知症が急速に進んだり気を失ったりする懸念も高まる。そのため心配する家族が説得しようとしているが、高齢者である親が素直に応じることは少なく、言い争いになってしまって埒が明かないという話をよく聞く。
「自分はまだまだ耄碌しちゃおらんぞ」と反発する気持ちも強いが、現実問題として免許を失うと地方では移動の自由度が一挙に減るため、その抵抗たるや必死なのだ。警察や報道機関がいくらキャンペーンを張ろうが、自らの認知能力や反射神経の衰えを客観的に判断できる人たちの大半は既に自主的に免許を返納していると考えられ、残念ながら危険なドライバーが急増することは避けられそうにない。歩行者としては自らを守るべく、自動車が近づいてきたら身構えるよう習慣づけたほうがよい。
運転する高齢者を持つ家族の気が休まらないのは同情すべきだが、高齢者だから情状酌量されるというのは過去の話。既に81歳の過失運転に実刑判決例が出ている。
http://www.saitama-np.co.jp/news/2016/12/17/01.html
それでも仮に情状酌量が認められたり認知症が明らかだったりすると、高齢者の実刑は免れる。しかし併せて真剣に考えなければいけないのは、民事上の問題である。つまり高齢者が起こした自動車事故により巻き込んで死や重い障害に至らしめた被害者に対する賠償金である。これは家族崩壊につながりかねない切実な問題だ。
巻き添えを食って死亡した/障害を負った被害者の家族の悲嘆が通り一遍でないことは当然だが、被害者が一家の主たる稼ぎ手である場合、または将来のある若人や幼い子である場合、または認知症気味の高齢者に漫然と運転を続けさせていた家族の場合、やり場のない被害者感情は賠償金をさらに高額なものとするだろう。
それに対し、事故を起こした高齢者の認知症のレベルや状況によっては、保険金が減額、あるいは全額出ないことがあり得る(認知症の症状や状態によって免責事項に引っかかるかどうかはケース・バイ・ケースなので、家族としてはまず保険約款を確認すべき)。
仮に保険で十分な補償ができなくて民事訴訟を起こされれば、敗訴そして莫大な賠償金支払いという深刻な事態に陥る可能性が高い。刑事と同様、民事裁判の行方も加害者側に厳しいものとなろう。高齢者を抱える家族はこのリスクをきちんと認識すべきだ。
では、少々認知症の疑いがありながらほぼ毎日運転したがる高齢者を抱える家族にはどんな打ち手オプションがあるのだろうか。
理想を言えば自動運転車を利用することだが、一般道で一般車による自動運転が実現するのは随分先のことなので(「2020年をめどに」などというのは技術的に可能となるに過ぎない)、高齢者を抱えている家族は当てにしてはいけない。むしろタクシーが絶対的に不足する地方ではウーバーなどのライドシェアが認可され普及するほうが期待できよう(が、東京でのハイヤー配車を先行させるようなウーバー・ジャパンの経営陣にどれほど期待すべきか疑問も残る)。
家族にとっての現実的な第一歩としては、従来通りにクルマを運転することがどんなに危険なことかを本人に納得してもらわないといけない。しかし単に「年取ったんだから運転やめなよ」と頭ごなしに言うだけでは絶対に納得しないし、家族からの説得の場合には却って意固地になってしまうケースが多いようだ。
挙句の果てに鍵を隠してしまう家族もあるようだが、暴力沙汰になりかねないし、喧嘩の挙句に鍵を見つけてしまって運転する事態になれば危険極まりない。むしろ冷静に話合い、認知機能・反射神経の衰えを客観的に示したうえで、代替手段を提示してあげるのが重要かつ効果的だ。
衰えを客観的に示す方法としては幾つかあるが、75歳以上の高齢者ドライバーが運転免許更新時に義務づけられた「講習予備検査(認知機能)」を受けるのが多くの家族には身近だろう。公安委員会から委託を受けている教習所などで随時受けることができる。
http://www.npa.go.jp/annai/license_renewal/ninti/index.html
高齢者が「免許更新でもないのにそんな老人専門の検査なんか受けたくない」とダダをこねる場合には、別の手段がもう一つある。幾つかの損害保険会社や「Yahoo!カーナビ」などがドライバーの運転具合を診断するスマホサービスを提供しており(ネットで調べて欲しい)、保険契約者じゃなくても無料で利用できるものがある。「あなたの運転は不適切、ランクC、〇〇点です」などと客観的に評価されるので、これもお薦めだ。
ただし高齢者自身だけで利用するのはハードルが高いため、家族が自分のスマホにアプリをダウンロードしたうえで、何度か高齢者の運転するクルマに同乗して利用する必要がある。
ではそうした客観的評価を受けた後に、高齢者に提示すべき代替手段にはどんなものがあるのか。望ましい順に挙げてみよう。
一番安心なのはもちろん、免許証を返納させてクルマに乗ることを諦めてもらうことだ。しかし高齢者がそのまま家に引きこもることになっては一挙に認知症が進みかねない。
地元の役所に相談して、公的な移動支援サービス(路線バスの老人割引、オンデマンドバスや乗合タクシーなど)で使えるものがないか探すことが第一歩だ。しかし例えば早朝には運行していないとか、隣の市には行けないなど利用上の制約がきついため、そのままでは高齢者は納得しないだろう。そうした公的サービスではカバーしていない部分を補うよう、家族および地域のボランティア団体に運転手役を頼むことも是非考えていただきたい。
次に望ましいのは(先の手段とも組み合わせ可能だが)、普通のクルマを放棄してもらい、たとえ事故を起こしても誰も死傷させない低速度の乗り物に乗り換えてもらうことだ。具体的には、田舎ならトラクターが身近だし、もう少し都市部ならシニアカーと呼ばれる一人乗り電動車両が現実的だ。難点は、中長距離には向いていないことと、自分がどこにいるのか分からなくなった場合には帰宅できないことだが、探すべき範囲も限られているはずだ。
その次に望ましいのは、仮に認知遅れや誤操作で事故を起こしそうになっても衝突を回避してくれる機能を備えたクルマに乗り換えることだ。こうしたクルマが増えてきたことは実に喜ばしいが、事故防止に万全ではないことにも留意すべきだ。
例えば、ある程度以上の速度で歩行者や建物に突っ込んだ場合、衝突被害軽減ブレーキ機能が働いても相手を死傷させることは十分あり得る。ましてや高齢ドライバーが何らかの事態に慌ててしまい、ブレーキではなくアクセルを踏んでしまった場合には、自動ブレーキ機能は中和させられるか、解除されてしまうケースが結構ある。中途半端にブレーキを踏むことで解除される仕様もある。もしくは、ドライバーがハンドル操作で事故を回避しようとする場合、衝突被害軽減ブレーキは通常効かず、別の歩行者に突っ込むかも知れない。
最後に、そのブレーキとアクセルの踏み間違いによる事故をなくす有効な手段があることもお伝えしておこう。
メーカー純正のアクセルはブレーキと同じく「踏み込む」ことにより機能する構造だが、それがそもそもの踏み間違いを起こす根本的原因だ。高齢者に限らず人間誰しもパニック時には体が硬直し、足が突っ張ってしまう。つまり事故時には「踏み込む」動作をしがちなのだ。その直前にアクセルに置かれていた右足を「ヤバい」と思った瞬間に左にズラしただけではブレーキに至らず、間違ってアクセルを踏んでしまうことで致命的な事故が誘発されているのが現実だ。
熊本県のナルセ機材有限会社という中小工場が取り付けてくれる「ワンペダル」という製品は、非純正ながらこの問題を解決できるスグレ物だ。映像を観ないとピンとこないと思うが、右足を横に広げることでアクセルを動かし、ブレーキは従来通り同じ右足で「踏み込む」ことで動作する。実に理に適っている。
http://www.onepedal.co.jp/
自動車メーカーが純正として採用しないのが間違っていると思えるほどの発明だ。難点は、熊本まで出かけないといけないことと、あまりに人気で直近では数か月待ちとなっていることだ。
もし貴方の家族である高齢者が、年齢の割に元気で客観的にも認知症の疑いがない段階で、毎日仕事や趣味で運転したくて仕方ないと言い張り、それでも家族としては万が一の事故が心配なら、この最後の二つを組み合わせることをお薦めする。つまり「衝突回避機能搭載のクルマ」に買い替え、アクセル&ブレーキをナルセ機材の「ワンペダル」に取り換えるのだ。これなら事故の恐れは半減しよう。
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