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自称「グルメ」の横行に閉口/純丘曜彰 教授博士

INSIGHT NOW! / 2017年5月3日 6時16分


        自称「グルメ」の横行に閉口/純丘曜彰 教授博士

純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学

 文化も、芸術も、科学も、政治も、それどころか恋愛さえも、まったく関心無し。二四時間三六五日、喰うことしか考えていない。喰うことしか話さない。ひたすら話題の喰いモノを追っかけて生きている。近頃、そういう淋しい、人としてとても残念な、自称「グルメ」がいっぱい。それは、モノを喰って自分の空白を埋めようとする脳内バブル中毒の重篤症状。


 築地だ、豊洲だ、と揉めているが、科学者が、どちらを安全とするか、なんて、まったくどうでもいい話。重要なのは、イメージ、ネームバリューだ。同じ海峡の魚でも、一方側の漁港に水揚げすれば、ブランドものの高級品。反対側なら、ただの魚。合成肉さえでも、高級ホテルで出せば、自称「グルメ」の舌バカどもがうまいと絶賛。


 それも、そのはず。我々は、イメージ、ネームバリューを喰う。それで、腹ではなく自己顕示欲を満たそうとする。実際の魚や肉は、その憑り代にすぎない。世間で話題のモノを喰っている自分が好きなだけ。なにを喰っているのか、なんて、なにもわかっていない。重要なのは、世間で話題の、羨望の、その料理を自分は喰った、征服し、消滅させた、ということだけ。味なんか、わからなくてもいい。喰ったというだけで、それを喰った特別な人間になれると信じている。


 これは、その観光地に行った、あのコンサートを見てきた、このブランド品を買って持っている、というのと同じ。行っただけ、見ただけ、持っているだけで、なにか自分がわかった、なにか自分が変わったわけじゃない。だが、その輝かしいオーラのおこぼれにあずかれる気がする。まして、喰うことは、実物消費。その皿の上の料理を占有し、消滅させる。とにかく口に突っ込んで、くっちゃくちゃのぐっちゃぐちゃに粉砕。そして、物理的に消化吸収。やつらは、有名なモノを食べれば、その特別なパワーが自分の肉体にも宿るはずだと思っている。


 逆に言うと、自称「グルメ」バカは、たいてい経歴不詳、無力で無名の救いがたい超凡人。本人自身には、世間の話題になるようなオーラがまったく無い。だから、ひたすら食べ歩く。無限に喰い続け、それどころか喰い歩いていることを、ひけらかし、言いふらす。しかし、独占できるのは、せいぜい自分が注文した皿の上の料理だけ。あの有名な店のあの有名な料理を喰ったことがある、なんていうやつは、掃いて捨てるほどいる。掃いて捨てるほどいるから、世間で広く話題になっている。特別でもなんでもない。


 そもそも、そんなことをしてみても、本人は空っぽなのだから、どんなに食べ歩いたところで、けっして自己顕示欲そのものが満たされることはない。それで、さらにレアで有名な喰いモノ、まだあまり世間の人が食べたことがない、でも有名でオーラがつきそうな喰いモノを求めて、グルメ本を読みあさり、都会の街をさまよい歩く。しかし、そんな業の深い、空っぽの人間が喰っただけで自己顕示欲を満たせるような魔法の食べ物など、この世には無い。


 たしかに、食は文化だ。地方ごと、季節ごとに、さまざまな人々が工夫を重ねて、ほんとうにおいしいものを歴史の中で生み出してきた。しかし、それは絶対量が限られている。地元の人たちだけでも、かなり特別な品。そんな貴重で大切なものを、どこからともなく大量に押しかけてくる、どこの馬の骨ともつかない自己顕示欲の亡霊どもに投げてくれてやるやつはいない。そもそも雑誌やテレビで紹介なんかさせない。


 ほんとうにおいしいものは、有名になんかならない、なれない。世間で話題にできるほど、量が無いからだ。せいぜい知る人ぞ知る、というだけ。また、それは、プライスレス。あまりにも特別で、値段のつけようがない。いくら大金を積んでも、もとよりそれが流通するほどの市場も無く、都会ではまず手に入らない。だから、それを食べてみたかったら、ぜひいちど食べて試してみて貰いたいと、食べものの方から口元にやってくるような、食べもの負けしないくらいの、人間らしい、きちんとした人間になって、自分もまた現地を訪れないといけない。


 食べものは、その一度きりの出会い。そして、その味は、ただ自分の口の中だけの楽しみ。その地方の風土を想い、その季節の情緒を嘗める。そして、その食材、その料理を作ってくれた人、さらには伝統と創意に深い感謝。それを食べたと言いふらしてみても、世間のだれも知らないものだから、自己顕示にもならない。そもそも、むだに言葉で語ってみたところで、実際に食べてみないことには、その味は絶対にわからない。黙って口を閉じてこその、味わい。そして、ひたすら、その場所、その時点に居合わせられたことを、心から感謝、感謝。


by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka. 大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。近書に『アマテラスの黄金』などがある。)

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