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ニセモノからホンモノを探る:プラトンの弁証法/純丘曜彰 教授博士

INSIGHT NOW! / 2017年6月6日 11時16分


        ニセモノからホンモノを探る:プラトンの弁証法/純丘曜彰 教授博士

純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学

 写真は、真のままに写す、と思っていると大間違い。ちかごろのカメラは、はるかに優秀だ。見えたように直してくれる。え、見えたように、直す? じつは光学的に写しただけだと、冴えない、写真映えがしないのだ。

 うるさい電車の中でも話し相手の声を聞き取れるように、高度に発達した我々の感覚は、必要なものにのみ焦点を絞り、それ以外をノイズとしてうまく感受性をレベルダウンする能力を持っている。視覚に関しても同様で、暗いところでも、ものを見分けられる。それどころか、日常的に、かなり複雑な情報処理をしている。一般に我々は彩度をかなり上げてビビッドに見ている。一方、顔や記号などはコントラストを上げて、色を切り捨て、表情や形態に注目している。

 しかし、こういう生活の中での感覚と切り離された写真となると、光学的な記録のままだと、思い出に較べて色がくすんでいるように思える。逆に、ポートレイトなどは、やたら顔色が目立って、どす黒く感じられる。だから、カメラは自動的に、風景については彩度を上げ、顔などに関してはコントラストを強めている。それで、良いカメラだと「きれい」に撮れるのだ。

 しかし、もっと面倒なのは、我々は目ではなく心でモノ見る、ということ。空は青、桜はピンク、女性は色白、リンゴは赤、レモンは黄色、というように。これは、文章に多少の誤字脱字があっても読めてしまうのと同じ。光の加減で実際は色がよくわからなくても、それを記憶で補って見てしまう。いや、色だけではない。痴漢の被害に遭った女性は、男の人の関係の無い動きまで、なんでも痴漢に「見える」。梅干しやレモンを見ただけでツバがでるように、レストランのサンプルやメニュー写真がおいしそうなのも、味まで視覚に補完してしまうから。照明や補正によっていつもかっこいいところを見せつけられているタレントも、実際は冴えないおっさん、おばさんであるにもかかわらず、その実物までかっこよく「見える」。

 味ですら、そう。インチキな合成肉でさえ、高級ホテルが出せば「おいしい」。有名店の味、あのタレントが褒めた、というだけで、「おいしい」。CMでタレントがグビグビやってるあれを、自分は人より先に買って飲んでいるというのが、とっても「おいしい」。さらには、いかかがわしい宗教家や有名人のクズ本であっても、ほかの信者たちが涙を流して読んでいるとなると、なんだか「ありがたい」。ようするに、我々は、ある意味で、実物なんか、さっぱり見ていない、味わっていない。実物は、感覚の生じるきっかけにすぎない。実際は、自分の心の中の記憶を再認識しているだけ。

 こういう仕組みがわかっていると、人を騙しやすい。広告宣伝をガンガン流して、絶賛好評発売中! たちまち重版出来! いまNYのセレブで大人気大流行! と、バカな大衆どもにウソの「経験」を植え付けて洗脳してしまえばいい。そうすると、実物がどうであれ、その実物を見かけると、実際に見えるものではなく、植え付けられた「経験」の方が再現されてしまう。ほら、きみは、黄色いMを見かけただけで、いつも思わず歌う、ぱらっぱっぱっぱー。

 世の中は、こういうインチキな、見かけ倒しのニセモノだらけだ、と、古代ギリシアの哲学者プラトンは喝破した。そういう見せかけだけのニセモノに騙されるな、と、警鐘を鳴らした。だが、彼のすごいのは、そこから先だ。こういうニセモノがニセモノとして機能するのは、それらがまさにホンモノのニセモノだからだ。ニセモノは、ホンモノの影だからこそ、魅力がある。だから、逆にこれらのニセモノをうまく調べれば、そこから我々が真に求めるべき本当のホンモノを知ることができる、と。これを「弁証法」と言う。

 つまり、こうだ。たとえば、作りもののインチキ美談がある。だが、たとえそれ自体はウソでも、みんながそれに惹かれるのは、それが人々の理想の影を反映しているから。つまり、そのニセ話はともかく、その美談の核心こそ我々が理想とするところ。人が人として希求し、実現に努力すべきところ。おいしさでも、かっこよさでも、同じ。現実にあるのは、インチキなニセモノだらけ。でも、それらに我々が魅了されるなら、それらの中心にあるところこそが、我々が現実に実現すべき理想、イデアだ。

 現実に真の理想は存在しなくても、それに似たニセモノに惹かれるというのは、我々は、心の中では真の理想を知っているから。そのニセモノをきっかけに真の理想の方を思い出すから。きみが追い求めるべきは、現実に溢れかえるインチキなニセモノじゃない。それらに惹かれるきみの心は知っている、なにが理想か、を。しかし、それなら、きみ自身がそれを探求して、それをきみが現実に実現しようと努めるべきだ。

by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka. 大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。近書に『アマテラスの黄金』などがある。)

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