変化こそ生きているあかし:アリストテレスの形而上学/純丘曜彰 教授博士
INSIGHT NOW! / 2017年6月13日 11時21分
純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学
あまり表沙汰にはならないが、ちかごろ老人施設では、昔の美容整形の始末が問題になるとか。全身シワだらけのおばあさんが胸だけプリンプリン、というのならまだしも、皮膜拘縮で石のようにガチガチ、パックの耐用年数(10年!)を過ぎて体内破裂、なんていうことも。まして顔は、骨格と表皮の萎縮でプロテーゼ(詰め物)が突出、経年の石灰沈着でデコボコに盛り上がる、などなど。
整形でなくても、あいかわらず団塊世代向けに、生涯現役、とか、いつまでも若々しく、とか、妙なCMや広告がいっぱい。実際、街中には、薄くなった髪を真っ黒に染めて、高価なセラミックの白い入れ歯をぎらぎらさせている背の縮んだおじ(い)さんとか、時代錯誤なマスカラ・アイシャドウ・アイライナーばっちりの厚化粧に、タンクトップとミニを併せたおば(あ)さんとか。
はっきり言って、もうゾンビ並みのバケモノ。でも、こういう連中にかぎって、やたらどこでも出しゃばり、自分勝手に若作りと年長者のダブルスタンダードをいいように使い分け、それで周囲の顰蹙を買っていても、年来鍛えた傍若無人ぶりを発揮して、まったく意に介さず、よけい面倒。これでは、子も孫も、まして嫁や婿も寄りつくまい。
一月たっても枯れない花が、花か。一年たってもカビないパンが、パンか。イデア、永遠不変の理想の実現を唱えたプラトンに対し、その学生だったアリストテレスは、師に反発して、変化こそが実在だ、と主張した。まともに変わらないものは、唾棄すべき作りもののニセモノ。いくら見せかけが美しくても、喰えないものは喰えない、老いぼれは老いぼれ。年相応の務めもわからぬ、ただのインチキ、身の程知らず。
真に現実に存在するものは、変わり続けていく。変わり方こそが、理想を体現する。真の「美人」は、見た目ではなく、その一生が美しいのだ。若くして愛らしく人に仕え、長じて健やかに働き、老いて静かに孫たちを慈しむ。モノでも、新しさが感性と想像力を刺激し、使って手に馴染み、古びて心に愛着を増す。時間の流れの中でこそ、存在は変化とともに輝く。
だが、うまく変わっていくのも容易ではない。進学したいのに、進学できない。就職したいのに就職できない、結婚したいのに結婚できない、昇進したいのに昇進できない。引退したいのに引退できない。このような停滞を強いられると、現実の中に存在する余地を失い、ニートだの、姥桜だの、世の中から外れた、不自然で醜悪な、なにかわけのわからないものにならざるをえない。
アリストテレスによれば、変化は、なりうる、なりつつある、なっている、の三つのステップがある。同じ住宅地でも、分譲地、建設中、完成後があるようなもの。うまく変わるためには、この三つのステップを一つ一つ践んでいかないといけない。たとえば、最初から有名マンガ家になりたいなどとバカな夢に酔いしれるのではなく、まずは絵や話の勉強をして、マンガ家になりうるようにならないといけない。そのうえで、いろいろ描いてみてデビューし、連載をもらう。有名になるのは、その後の話。結婚でも、収入の当てや家事の能力もないのでは話にならない。それから、ようやく婚活、そして、ゴールイン。
ところで、海外旅行に行きたいと思っても、若いときには、カネが無い。働き盛りは、ヒマが無い。定年後は、体力が無い。そもそも海外になんか関心が無い、というのでは、なにも始まらない。逆に言うと、旅行は、これらがぜんぶ揃わないと行かれない。ステップアップも同じで、それがうまく進むためには、四つの要因が求められる。
たとえば、家を建てるには、材木が必要。これが材料因。しかし、材木だけ置いておいても、自然に家ができるわけではない。どんな家にするのか、設計図が無いといけない。これが形相因。かといって、材木の上に設計図を載せたって、魔法でもあるまいに、それだけで家になるわけではない。設計図どおりに材木を刻んで組む大工がいないと。これが作動因。ところが、大工を呼んでも、大工は材木の上で図面を見ているだけで、なにもしない。施主がいて、支払いの契約をしてはじめて働いてくれる。これが目的因。
変わること、三つのステップを上がっていくこと。そのそれぞれのステップアップには、四つの要因を揃えないといけない。ステップアップの材料因、それは自分。そして、形相因は夢。しかし、自分が夢を見ているだけでは、なにも始まらない。自分を夢に近づける努力という作動因を起こし、具体的に夢を叶える道筋という目的因を見つけないと、自分の夢は現実の形にはなっていかない。
停滞は、悪だ、ニセモノだ。変わろう。変わる勇気を持とう。そして、そのために、変わる四要因を揃えよう。我々は、そして、世界も、時間の旅人だ。ここには留まれない。まして前には戻れない。年齢相応の責任、老いさえもすすんで引き受ける覚悟を持とう。流れに取り残され、居場所を失う前に、自分から前に歩み出て、みずから真の美しさを実現しよう。
(by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka. 大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。近書に『アマテラスの黄金』などがある。)
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