「日本の伝統文化を広めたい」 マスミ東京代表取締役社長 横尾靖 〜表装文化の継承のために「本気で本物を作る」挑戦は続く〜 /LEADERS online
INSIGHT NOW! / 2017年9月22日 8時0分
LEADERS online / 南青山リーダーズ株式会社
1968年の設立以来、手漉き和紙や表装材料、和のインテリア材料などの小売・卸売販売などを手がけてきた「マスミ東京」。1997年に3代目の横尾靖社長が就任してからは、体験教室や工房、イベントホールやギャラリー、ショールームなどを運営し、日本文化の普及にも力を注いでいる。米国の有名チョコレート会社とのコラボレーションなど、現代的な取り組みにも挑戦する横尾社長が大切にしているのは、「いつも本気で本物を作る」ことだ。そこには、日本文化を継承し、魂を次世代につないでいくことへの熱い思いがあった。
(聞き手:早川周作・経営コンサルタント/構成:株式会社フロア)
知られざる「表装文化」のすごさ
(早川)「表装文化」は約1500年前に仏教伝来とともに日本に伝わり、日本では独自のスタイルで発展、継承されてきました。ただし、一般的にはあまり知られていませんし、「表装」と聞いてもイメージできない方が多いと思います。まず、「表装」について、詳しく教えていただけますか。
横尾 表装というのは、日本画や書のような美術作品を保護して、布(裂地)と和紙を使って掛け軸や巻物、屏風(びょうぶ)、襖(ふすま)などに仕立てることです。元来は、大陸から仏教伝来とともに伝わってきた仏教文化のひとつで、当初は経典を写経したものを巻物に仕立てたり、仏像を展示できない場合に描いたもので代用したりというものでした。やがて茶の湯の文化の発展で、茶席において第一の道具として重んじられた掛け軸が発展して、江戸時代にはいろんな作家が誕生しました。これらは日本の室内空間を彩ってきましたが、時代とともに変化し、その技術は現在、貴重な文化財の修復からインテリアまで、さまざまな分野で活かされています。表装文化とは「究極の調和」であり、今の時代に生きる人々の心を和ませ、社会環境や生活環境など、私たちを取り巻くあらゆる空間に息づいているものなのです。
(早川)なるほど。木や和紙、裂地(布地)など、自然のものと芸術が融合し、良いものが生まれるのが表装文化ということですか。ところで、「マスミ東京」という、社名はどうしてつけられたのかでしょうか。「マスミ」という言葉には特別な意味があるのでしょうか。
横尾 弊社はもともと、ふすまのメーカーでした。襖には絵が描かれ、金銀砂子をまいたりします。昔から最高のインテリアであり、アートでした。戦前は、和歌山を中心に襖を製造し、満州や台湾を始めとする諸外国に輸出していました。戦後になって、住宅様式が洋間となり、同業他社がカーテンや絨毯、壁紙などの製造に移行する中、アートにこだわりたかった我が社は、インテリアと表装をバランスよく発展させることを選び、「有限会社マスミ」を1968年に設立しました。
実は、私自身はサラリーマンとして、長年アフリカで、パラボラアンテナなどの技術を普及させる仕事に従事していました。ところが、義父がこの会社を廃業するということになり、「それはもったいない」と思って、25年前に3代目として、妻の実家の家業を継ぎました。社長として仕事をする中で、「東京から世界に発信したい」という思いが強くなり、2009年に「マスミ東京」と社名変更しました。「マスミ」という言葉は、女性の名前でも、お酒の名前でもなく(笑)、「自分の本当の姿を映す鏡」を意味しています。三種の神器の中の八咫鏡(やたのかがみ) は、「曇りなき『真澄』の鏡」と言われますが、ここに由来しています。
(早川)「表装」市場はかなりニッチだと思いますが、そこでビジネスをされてきて、苦労したことや大事にしていることはありますか?
横尾 職人が一人前になるまでには、時間がかかります。ふすまを張ったり、和紙を切ったり、糊をつけたりという修業を10年、20年と続けます。「床の間」で一番大切な掛け軸の仕立ては、そこまでやって、やっと入れる世界なのです。今の人には、そこまでの我慢は、なかなかできないでしょう。東京藝術大学のようなところで勉強した優秀な人なら、きっと「頭」では分かるでしょう。しかし、「手」は、何十年も修業しないと身に付かないのです。和紙を作る職人、裂地(きれじ)を作る職人、ひもを作る職人。そうした職人たちの力を総合して、最終的に仕立てるのです。そうした技術を継承してくれないと私たちのビジネスは成り立たちません。職人の力こそ、私が最も大切にしていることです。
本物を本気で追求したときに化学反応は起きる
(早川)米国のオバマ前大統領も大好きだというシアトルのチョコレートショップ「フランズ・チョコレート」のギフトセットの箱に、マスミ東京プロデュースの「チャバコ・ボックス」が使われたことが話題になりました。茶葉を保管する機能はそのままに、職人の手による伝統的な和紙と技で作られた、チョコレートを入れるための美しい箱でしたが、コラボレーションに至った経緯などを教えてください。
横尾 私は以前、表具工場があった場所に壁面に和紙を貼ったホールを造りました。そのホールで歌ってくれた米国人歌手の知り合いが、フランズ・チョコレートのオーナーだったのです。オーナーは過去に「和テイスト」の箱を作ったそうなのですが、納得できなかったようで、私に作ってもらえないかと打診してきたのです。いずれにせよ、現場を見ないと良く分からないし、「本気でやるんですか?」と私も尋ねてみたかった。相手が本気なら、こっちも本気でやりますから。そこで、シアトルに行き、工場の製造工程を始め、全部を見せてもらいました。そうしたら、そこの職人たちも一つひとつを丁寧に作っていて、パッケージにもすごくこだわっていて、「本気」なのです。私は職人魂を感じました。
だから私は、オーナーのリクエストを伺って、マスミの仕事を支えてくれる職人から3人を選び、箱の製作に着手しました。茶箱をイメージした桐箱、金銀砂子をまいて雲母摺りし、型抜きした和紙を職人が瞬時に桐箱に貼り付ける。3人の息がぴったり合って、あの素晴らしい箱はできました。オーナーもすごく喜んでくれて、発売したら、すぐに売りきれです。つい先日も150箱を用意したのですが、それでも足りなくて、追加で75箱欲しいと言われました。
(早川)「本物」を「本気」で職人が作ると。
横尾 そうですね。本気同士がぶつかり合うと、化学反応が起きるのです。彼らの職人魂を目の当たりにした私も、日本人として、いい加減なものは出せません。だから、最高の職人を選んで本気で作ることにした。それを相手が認めてくれたということでしょう。やるからには、とことんやらなきゃダメです。相手の要求をきちんと把握した上で、それに応えてみせる。「私たちはここまでできますので、これでどうですか」ではダメなのです。
日本文化をアジアの文化として発信したい
(早川)先日来日したロシアのプーチン首相に、安倍総理が日本のお土産として手渡しされたのは、プチャーチン来航図の巻物をマスミ東京が提供した世界遺産に登録された本美濃紙にプリントした和紙を利用した巻物の複製と桐箱だと伺いました。最高の職人が本気で作った本物だからこそ、世界を動かす大国のリーダーからも喜ばれるギフトになるのでしょう。海外からも関心の高い日本の和紙などを、世界に向けてもっとアピールしようという動きもあるようですが、横尾社長も近々、中国上海でコラボレーション企画を実行されるそうですね。アジアを始めとする海外展開についてはどのような方針をお持ちでしょうか。
横尾 これからはアジアがとても大切です。政治的にはいろいろあっても、文化や芸術を通じてならば、結局、一つになります。アジア諸国と日本が一つになり、アジア発で、文化や芸術を発信できるようになれたらいいなと思います。それというのも、日本文化はすべて大陸から渡って来ているのです。現在、雅楽で使用されている楽器は8つだそうですが、1300年前に日本に伝来した当時は、20種類あったそうです。さまざまな場所で長年にわたり演奏されて、継承されている間に数が減って8つが残りました。
8つまで減ったということは、ある意味、日本独自の形に熟成させたという言い方もできます。受け入れたものを、千数百年かけて発展させ、熟成させる力が日本にはあります。それをアジアにお返しして、また一緒に考えていく。これだけの年月をかけて日本が作り上げたものを、再び「アジア発」として世界に発信すれば、きっと世界中の人たちが認めてくれると思います。上海の美術館から、「日本の和紙の技術や製品を教えて欲しい」という連絡を受けたので、上海発で世界に発信できないか、4月にその相談に行きます。このように鍵を握るのは日本の技術なのです。日本人がしつこいぐらいにこだわり、継承してきた技術です。残念ながら、それぞれの技術はバラバラに存在しています。今こそ、それらを統合する。そんな時期になったのではないかと思います。
(早川)それは素敵な見方ですね。とてもおもしろいです。
横尾 私は「文化遺産調査研究保存継承機構『ゆらび』」という一般社団法人の理事をしています。舞踊家や演出家、日本画家、書家など、さまざまな分野のエキスパートを集め、「いかに相手を盛り立てながら、何かひとつのものを作り上げよう」という試みを続けています。例えば、全員で海外に赴き、総合的にパフォーマンスを見せる。舞台のバックには必ず巨大な日本画の掛け軸を掛け、演奏する曲ごとに掛け軸を変えるなどの工夫をします。
(早川)経営者が会社を発展させて、利益を残すということは大切です。しかし、最終的な事業目的は、後世に良いものを残し、ひいてはそれが文化になることではないかと私は思います。立派なビルを建てても、しょせんはビルです。そこに文化的なものを融合させていく。経営者にはそうした貢献が求められているのではないでしょうか。
横尾 一時期、「メセナ」(企業は経済活動のために環境に負荷を与え、資源を浪費すると同時に、文化を支える人材を労働力として収奪してしまうため、物価で次世代に還元する必要があるという考えに基づき、企業が資金を提供して文化・芸術活動を支援すること)活動が盛んに言われ、バブルの頃は、企業が美術品などいろいろなものを買いましたが、多くの企業は経営が悪化すると売却してしまいました。文化や芸術を支援するということは、そうではないと思うのです。中国や韓国にも、素晴らしい美術館を持つ企業があります。確かに日本にもありますが、まだまだ少ない。経営者の方々がもっと力を注ぎ、日本政府がそうした活動をバックアップするようになるといいですね。
(早川)最後になりますが、日本でも大きなイベントを企画されているそうですね。
横尾 福井県越前市に「紙」の神様を祀った岡太(おかもと)・大瀧神社で、毎年5月にお祭りがあって、和紙が奉納されるのですが、2018年は1300年の節目の「大祭」が行われるのです。私はその時に世界中から紙のアーティストを呼んでイベントをやりたいと思っています。日本の表装文化において、和紙は本当に大切な役割を果たしています。こうしたイベントで盛り上げて、世界中に発信していきたいと思っています。
世界に類がないほど、日本は素晴らしい国だと思います。皇室がここまで続いている国は世界にあるのでしょうか。仏教にしても、神道にしても、素晴らしい教えがたくさんあります。外から取り込んだものから、独自の文化や思いを作っていくのが日本だと思います。私は、先人たちがやってきたものをきちんと消化して、後世に残すべきものを、海外に紹介するだけでなく、日本の若い人たちに伝えていきたい。こういうと、「敷居が高い」と感じる人がいるかもしれません。しかし、別に難しいことではなく、体験すれば良いのです。体験し、味わってみると、少しずつ理解ができます。実践している人たちの様子をみると、さらに良く分かります。そうなるとだんだん楽しくなる。楽しくなると誰かに伝えたくなる。「文化を人に伝えたい」私が今、行っていることは、とても自然なことなのだと思っています。
【プロフィール】
横尾靖(株式会社マスミ東京・代表取締役社長)
表装美術家。一般社団法人「文化遺産調査研究保存継承機構『ゆらび』」理事。
1980年からの13年間、大手電気通信会社に勤務し、アフリカのケニアを始めとする東南部諸国に滞在。93年に株式会社マスミ東京の代表取締役社長に就任。日本の伝統文化である表装文化を世間に広めるべく、国内はもとよりロシア、上海、オランダ、ロンドン、イタリア、フランスなどで、展覧会や公演、ワークショップを企画して、広く文化交流を行っている。
【会社概要】
社名:株式会社マスミ東京
設立:1968年12月2日
事業内容:表装・内装・襖材料の卸・小売・通信販売・海外輸出
展覧会企画(国内、海外)
掛軸・額・屏風の仕立、古書画修復請負
和のインテリア・和のアイテム企画提案
和の教室マスミ道場運営
スペースレンタル(ギャラリー・ホール・道場)
自然綿製品の企画・販売
本社所在地: 〒170-0002 東京都豊島区巣鴨4-5-2 TEL 03-3918-5401
ショールーム :〒170-0002 東京都豊島区巣鴨4-6-2 TEL 03-3915-4100
HP:http://www.masumi-j.com/
【転載元】
リーダーズオンライン(専門家による経営者のための情報サイト)
https://leaders-online.jp/
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