『インターステラー』を読み解く/純丘曜彰 教授博士
INSIGHT NOW! / 2017年11月1日 8時46分
純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学
大学、それも芸術系の大学なので、通年講義で「SF論」なんていうのをやっている。その中で『インターステラー』を採り上げた。2014年、鬼才クリストファー・ノーランが自分で書いて撮った3時間近いハードSFの大作。
どうも近頃、本のSF小説は、生ぬるいファンタジー化、というより、科学を不勉強なうえに、凡庸なアイディアを使い回した商業的マニエリスムの結果、幼稚で陳腐なライトノベルと化してしまっている。映画でも、あいかわらずの『スターウォーズ』や「マーヴェリックコミック」のようなシリーズばかりが話題になる。だが、その一方、『ゼロ・グラヴィティ』(2013)、『オデッセイ』(2015)など、けっこうなハードSF、つまり、ガチ科学もので傑作が出ている。その中でも、『インターステラー』は出色だ。
しかし、映画だからといって、見えるものを見ていると、見るべきものが見えない。絵の具を見ていると、絵が見えないのと同じ。もちろん、映像スペクタクルとしても、とても出来がいい。砂嵐吹きすさぶ荒廃した広大な地上と、無音で無機的な密閉空間としての宇宙船の対比。そして、なにより、『デューン/砂の惑星』(1965、映画84)や『2001年宇宙の旅』(1968)をはじめとする、SFの名作のオマージュのてんこ盛り。というより、この作品そのものが、『2001年宇宙の旅』の解説として創られたと言ってもいいだろう。主人公の名前クーパーも、『ライトスタッフ』(1979、映画83)から取られている。
とはいえ、このあたりで気付くべきなのだ。この映画で言う「星」が何であるかを。なぜ本棚を挟んで、不在の父親クーパーは、育って大人になっていく娘マーフィと向き合うのか。なぜ学校は『カプリコン1』(1977)のようなチンケな月着陸隠謀論を正史とするのか。なぜ喰いものを争い、技術は衰えるのか。
宇宙だの、SFだのは、この作品の見せかけにすぎない。「星」は、物語そのもの。我々の頭脳は、いまや生ぬるく不勉強で凡庸な妄想とともに滅びようとしている。すでにダメになったというオクラは、科学とSFの象徴だ(米国のオクラは切り口が星形)。『フィールド・オブ・ドリームズ』(1989)に出てくるトウモロコシ畑のような夢の想像力も、ウィルスと砂に冒され、もはや枯れ果てようとしている。
このままでは、いずれ地上に食料も酸素も無くなるということで、主人公たちは別の星への人類移住計画を立てる。可能性のある星は三つ。津波の星は、読み切れないほどの文字に溢れ、人生を失うような物語。氷の星は、宣伝ばかりで作者が喰って帰るためだけの不毛の物語。ミヒャエル・エンデあたりなら、この生のテーマを、そのまま話にしただろう。ノーランのすごいのは、これをガチ科学で目に見えるイメージにして見せたこと。
物語は神秘的な体験だ。我々は、その世界の時間に没頭し、自分の時間を忘れる。戻ってきたときには、陽が暮れ、夜が更けてしまっている。しかし、我々の想像力は、この現実という諦めを飛び越え、別の「星」へ行くことができる。それこそが、人類を救う道。だが、いくら本を外側から表紙だけを見ていても、なにもわからない。中をくぐり抜けた者しか、報告を返すこと、道筋を伝えることはできない。
時空を越える五次元の中の四次元テサラクトは、図書館そのもの。「彼ら」というのは、物語の読者たち。読者たちこそが、主人公をテサラクトに導く。この話からして、もともとメタな物語。だから、空間に時間、さらにパラレルな物語を含む五次元。そして、この物語宇宙を横断する「図書館」を通じてクーパーは、未来の希望を、娘マーフィに本で伝える。父親のメッセージを、娘マーフィは本で受け取る。本を通じ、マーフィは、自分を置いて去ってしまった父親が、ずっとすぐそばにいてくれていたことを知る。
本として、クーパーは、約束通り、老いたマーフィのもとに戻った。だが、「彼ら」の一人、つまり、死を目前に控えたマーフィは言う、また行って、と。クーパーの同僚アメリアが一人降り立った第三の可能性の星は、作者も死んで忘れられた、しかし、いまなお多くの読者を待っている物語。そこへクーパーは、老いてなお、再び旅出つ。
ある意味で、すべては、娘マーフィの頭の中での出来事。失った父親が、彼女の想像力の中では、物語のヒーローとなり、宇宙を旅して、さまざまな星を遍歴し、それでいて、すぐそばにいていつでも知恵と勇気と希望をくれ、なおまた、いまも旅を続けている。本の力、物語の力とは、そういうものだ。この『インターステラー』もまた、先に『インセプション』(2010)を作ったノーランらしい構造。
SFの見せかけに騙されるな。安っぽい商品物語に耽り眠るな。穏やかな夜に身を委ねてはならない。陽が沈むときこそ、人が燃え上がるべきだ。絶えゆく光を断じて許すな、断じて許すな。我々に宇宙船もタイムマシンも必要無いのだ。人間の想像力は、いともかんたんに時空を飛び越えることができる。『ある日どこかで』(1980)のように、ただ念じるだけで、物語世界の中に没入することができる。しかし、我々は、帰ってくるのでなければならない。中の報告を返し、残る人々にも道筋を伝えるのでなければならない。だから、それを、ここにこうして書いておこう。そして、読書の秋(とき)、この現実という「星」を遠く離れ、別の「星」へと、きみも想像力の旅をしてみよう。
(by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka. 大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。近書に『アマテラスの黄金』などがある。)
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