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経営戦略構文100選(仮)/構文20:状況志向/伊藤 達夫

INSIGHT NOW! / 2018年1月29日 7時15分


        経営戦略構文100選(仮)/構文20:状況志向/伊藤 達夫

伊藤 達夫 / THOUGHT&INSIGHT株式会社

状況にフォーカスすると、STPの考え方が状況ベースに転換するので、これまでの戦略/マーケティング/業務の考え方が大きく転換する。問題がある状況の特定とその発生頻度が市場規模となり、その状況の問題解決が価値となる。その状況の問題解決を試みるあらゆる商品/サービスが競合となり、価値を相対化する。価値提供はジャーニーによる一連タッチポイントにおける体験価値の提供となり、カスタマージャーニーを中心としたマーケティングが必要となる。そのタッチポイントを支えるために業務があり、機能生産と価値提供は峻別されるようになる。ただ、顧客にとってその状況における問題解決手段が「充分である/充分でない」という状況は時間が経つにつれて変わってしまうので、利益が出る場所はこの変化に合わせて変わり、業務も変わっていく必要が出てくることになる

今日の写真は女の子三人が海辺でハート型の風船を持っている感じです。「どういう状況だよ!」と突っ込みたくなります。愛を渡すのでしょうか?愛が渡されるんでしょうか?愛・・・。愛が欲しい・・・。誰か俺に愛を!!!あいうをおおおおおおお!!!!!

と、ちょっとテンションが変ですが、今日は状況志向のお話です。クリステンセンの思想は「状況志向」と言うべきものを基底というか、ベースとして成立しており、クリステンセンの言う「イノベーションのジレンマ」や「イノベーション」はここが理解できないとほとんど意味がないと思うわけですが、ほとんどの人が見落としていると思いますので今日はそこを解説していきます。

「イノベーションのジレンマ」を始めとするクリステンセンの著作は素晴らしいものです。イノベーションのメカニズムに対して1つのパースペクティブを提示したという意味で素晴らしい。

ただ、この「イノベーションのジレンマ」を読んだだけでは、どうやってイノベーションを起こすのかが分からないということで、「イノベーションへの解」や「イノベーションへの最終解」を書いたとクリステンセンは言っているわけですが、クリステンセン特有のパラダイムを理解できなければ、この2冊を読んでもどうやるかはわからないと思っています。

この2冊では、JTBDやバリューネットワーク、RPVなどの「状況志向」とも言うべき考え方をベースとしたフレームワークが導入されていて、既存のいわゆる顧客志向とか市場細分化とか、そういうものへの反論がなされているように私には読めます。

しかし、誰もそういうふうには解説しないので、次章以降で詳述していきましょう。クリステンセンの考え方の核心に触れることができます。

「イノベーションのジレンマ」自体は実証的な素晴らしい研究成果ですが、クリステンセンの考え方の核は全く別のところにある。私はそう思っています。そして、それがわからないと「イノベーション」を理解することはできないでしょう。近年流行の「エクスペリエンス」の理解にも役立つと思いますので、ぜひ、お目通しください。

さて、一般的な戦略策定はSTPから始まります。Sはセグメンテーションで顧客や商品を小さな集団に分けていく作業で、Tがターゲット設定で先に分けたどの集団をターゲットとしていくかを決める作業で、Pはポジショニング設定で、決めたターゲットに対してどのようなトレードオフ選択に基づく価値提供をするかを決めていく作業です。

しかし、クリステンセンはこれが違うと主張します。

一般的なセグメンテーションはセグメントごとに属性で平均化された人に対して価値を提供するものですが、それが違うと言うのです。そもそも、クリステンセンは人、モノにフォーカスしません。では、何にフォーカスするのか?

「状況」にフォーカスしろとクリステンセンは言います。それがあらゆる学問で行われる理論を導く正しい手法である。人の集団にフォーカスしても売れるという因果関係を導くことはできないと言うわけです。

これはマーケティングにおける経験的に語られる知見とも合致します。例えば、「意外と一人の顧客にフォーカスした方がいい商品ができる」という知見です。

平均化された顧客の集団に対して合わせて商品を作り、その集団に商品が売れることを狙うのだとすれば、平均化された顧客に向けた平均的な商品こそ理想の商品のはずです。しかし、マーケティング経験者はそれは違うと言います。「一人のお客さんをイメージした方が尖った商品ができて、その方が売れる」と。これは論理的には矛盾しています。

この矛盾の原因としては、理屈がどこかで間違っていると捉えるのが自然です。クリステンセンは人、商品を属性で分けるのが間違っていると言います。では何が正しいのでしょう?クリステンセンは、商品が購入される状況で分けることが正しいと言うのです。

これは戦略の前提条件の抜本的転換を意味します。これまでは人、商品を分けることを前提に全てを考えてきたのですが、状況を分けることを前提に枠組みを作り直さなくてはなりません。

更にもう1つ抜本的な転換があります。

クリステンセンは「商品は人がたまたま状況に生じた問題を解決することに使っているに過ぎない」といった主張をしており、商品にフォーカスすることも否定します。では、どうすればいいかと言えば、クリステンセンは「ジョブ」という概念を使えばいいと主張します。

人、商品にフォーカスせずに、状況とジョブにフォーカスしろとクリステンセンは主張するのです。

最近は商品ではなく、価値や便益といった概念に着目することが増えておりますので、商品ではなくジョブというのは、比較的わかりやすいと思います。しかし、価値や便益は人とセットで捉えられることが多いので、ジョブと状況にフォーカスするのはとても難しいと思います。

ただ、ここではJTBDについては解説しません。以前に書いたJTBDという記事がありますので、そちらをご参照ください。

経営戦略構文100選(仮)/構文17:JTBD(https://www.insightnow.jp/article/9683

上記の記事で、状況とジョブにフォーカスすることで、戦略/マーケティングの考え方が抜本的に転換することを説明しています。

ただ、それだけではないのです。クリステンセンがの主張はもっと深い。

では、それ以外にもどのような転換が起こるのかを「破壊的イノベーション」に沿ってクリステンセンのフレームワークを使って解説していきましょう。

破壊的イノベーションは、性能はさほど優れていない「破壊的技術」を用いた商品がローエンドから市場全体を侵食し、徐々に既存の大手企業を追い詰め、ついには駆逐してしまう現象です。

そもそも大手企業は高い利益率を求めます。だから、利益率の低いローエンド市場の防衛モチベーションは低いんですよね。そして、既存顧客の要望に応え続けるため、過剰性能が発生します。

今売れている技術が漸進的に進化して徐々に過剰性能に、充分過ぎる形になっていきますが、こういった「漸進的イノベーション」に適した能力の保持、つまりは資源選択、プロセス構築、価値観形成が大手企業には合理的です。既存顧客の求めに応じて、利益率高く事業が遂行でき、成長できる。全く問題がありません。

クリステンセンはこの「組織がもつケイパビリティ」を資源、プロセス、価値観の3つに分解して、RPVと呼んでいます。このRPVで進出できるハイエンド市場への進出が大手企業の成長をもたらします。しかし、このRPVはいったん固定化されると抜本的な変化がやりにくくなります。

そして、クリステンセンは破壊的イノベーションと漸進的イノベーションを区別し、それぞれに必要なRPVは完全に違うと言っています。新規事業を開発したり、パラダイムが抜本的に違う商品をローエンド市場に投入する際には破壊的イノベーションに適したRPVが、事業が軌道にのって顧客の要望に応え続ければいいのであれば漸進的イノベーションに適したRPVが必要だということです。

つまり、既存市場にいる大手企業のありようは破壊的イノベーションに適していないと言っているわけです。

補足するならば、大企業では利益率基準に満たず、当社らしくないと言われ、見捨てられる事業も多々あると思いますが、それが破壊的イノベーションである可能性をクリステンセンは指摘している面もあると捉えられますね。

では、破壊的イノベーションをどう引き起こすか?については、JTBDの枠組みで商品を開発すること、VCEの考え方でプロセスを構築すればいいそうです。この考え方で既存市場における成長スピードが速くなることも主張されています。

JTBDは上のリンク先の記事を見て頂ければと思いますが、少し補足します。状況とジョブにフォーカスする考え方ですよね。状況に生じるジョブを解決するために商品は雇われているに過ぎない。それはつまり、商品はジョブに必ずしも合致しているわけではないということです。ジョブに対して商品が満たすことは、必ずずれや漏れが存在しています。

だからこそ、商品がジョブに対して過剰な状況、「過剰満足」を把握できますし、ジョブはあるけれど商品がなく、自力で解決している状況や我慢して何もしていない状況、つまり「無消費」を把握できます。

これら過剰満足や無消費が破壊的イノベーションの呼び水となりますので、状況/ジョブという視点での分析が、市場機会の発見につながるわけです。

そうすると、これまでの顧客や商品属性に基づいた市場の境界定義、それに基づく市場規模の算出、競合の設定、競争優位の源泉の特定とバリューチェーンの構築が抜本的に変わってきてしまうわけです。戦略は市場の境界定義がベースになって構築されますからね。

そして、顧客の一連のエクスペリエンスの把握の中に自社が重視すべき状況があり、どこからどこまでを自社で満たすか?どういう接点を確保するのか?がマーケティングの新しい論点になるわけです。いわゆるカスタマージャーニーの考え方です。

この状況とその大きさで見る市場機会を中心とした一連のエクスペリエンスを中心として業務を組むから業務の固有性が生まれ、それは独自のものとなり、他企業との差異になり、優位性の源泉ともなるわけですね。

では、見つけた市場機会に基づいてどのように業務を構築すればいいのでしょう?エクスペリエンスと状況、ジョブへの対応を中心に業務を組むことで、競合が真似できない業務構築が可能だとクリステンセンは言っています。いわゆるカスタマージャーニーにおけるタッチポイントを中心に業務を組むということです。顧客接点を軸に業務プロセスを組めばいいわけですね。

では、クリステンセンに特有の考え方として、VCE/バリューチェーンエボリューションという考え方があるので、それについてここでは見てみましょう。

破壊的イノベーションで運よく当初の顧客を見付けて市場が立ち上がった場合に、成長スピードを最大化し、既存企業をハイエンドへと追いやっていくためには、顧客にとって商品が充分であるか、充分でないかの状況判断の上で、統合か外注かの意思決定をしないといけません。

いわゆるメイクオアバイ、垂直統合か水平分業かの選択の問題です。つまり、バリューチェーンがあった時に、自前でどこまでやるのか、外注をどの程度使うかの判断が必要だということです。

一般的には垂直統合/水平分業の意思決定は競争優位の源泉となるプロセスとの補完性で決定されます。競争優位の源泉となるプロセスとの結びつきが強ければ内製、弱ければ外注という考え方です。当然、作ってくれる会社があるのかないのか?といったことも大事ではあります。

しかし、クリステンセンの表現はちょっと違います。「顧客にとって製品が充分でないならば内製、充分ならば外注」です。表現だけの問題なのか、これまで言われていることと実質的に違うのかをちょっと考える必要がある論点です。

結論を言ってしまうと、クリステンセンはプロフィットと垂直統合/水平分業の関係をけっこう大胆に言い切っているところがこれまでの論者とは違うように思います。「顧客にとって製品が充分でないならば、垂直統合によって利益が取れて、充分ならば標準化されたプロセスに特化することで利益が取れる」と言っています。

詳しく言えば、「顧客にとって製品が充分でないケースでは、全体プロセスを自社で統合し、独自仕様で勝負した方が利益が出るが、顧客にとって製品が充分なケースでは、標準化が進むので、自社が得意なプロセスに特化し、迅速なスピードや柔軟な納入条件などによって利益が出る」ということです。

この「充分である/充分でない」をサインポストとしてバリューチェーンを自在に組み替えていくというのがクリステンセンの言うバリューチェーンエボリューションなのですが、言うほど簡単ではないですよね。

よほど大規模なバリューチェーンを持っている企業の経営企画、業務企画部門がプロセスの再編成で悩んでいる場合には、1つの指針としてありえるわけですが、この法則を見越して使えているようなケースはあまり見たことがありません・・・。

長くなってきてしまったので、これぐらいでまとめましょう。状況にフォーカスすると、STPの考え方が状況ベースに転換するので、これまでやってきた戦略からマーケティング、業務の考え方が大きく転換してしまいます。

どう転換するかと言えば、状況に生じた問題を解決するコンセプトにフォーカスしますし、属性によるセグメンテーションが無意味となり、平均的な商品がいいという考え方を否定します。

状況における問題解決にフォーカスした一連のプロダクト/サービス提供へと移行するので、ジャーニーによる価値提供という考え方が必要で、ジャーニーを中心とした業務構築が必要となり、固有業務が必然的になってくる。ただ、顧客にとってその状況における問題解決手段が充分である/充分でないは変わってしまうので、利益が出る場所が変わり、業務も変わっていく必要が出てくることになります。

うまく伝わりましたでしょうか?それでは今日はこのあたりで。次回をお楽しみに。

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